近年、日本の中小企業では経営者の高齢化や後継者不在の問題が深刻化しており、廃業を余儀なくされる企業も多くあります。このような状況の中、事業承継の手段の1つとして、M&Aの活用が注目を集めています。
しかし、M&Aは税務や法務、財務などの幅広い知識が必要になるため、成功させるにはポイントを押さえておく必要があります。
本記事では、事業承継とM&Aの違いといった基本的なことから、M&Aを成功させるポイントまで詳しく解説していきます。事業承継の手段としてM&Aを検討している方は、ぜひ参考にしてください。
宮川 真一
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目次
M&Aと事業承継の違い
M&Aは、いくつかある事業承継の手段のうちの1つです。M&Aを活用した事業承継では、事業を第三者に譲渡できるため、後継者問題解決のための事業承継手段として注目を集めています。
M&Aとは
M&Aとは、「Mergers and Acquisitions」の略称で、「企業の合併・買収」を意味します。
合併:2つ以上の会社が1つになること
買収:ある会社が他の会社を譲受すること
M&Aのスキームには株式譲渡や事業譲渡、会社分割、合併など、いくつかありますが、日本国内のM&Aにおいて最もオーソドックスなスキームは、株式譲渡(譲渡企業の株主が保有する株式を譲受企業へ譲渡し、経営権を移行させる手法)です。
特に中小企業のM&Aでは、8割以上のケースで株式譲渡が用いられ、残りのほとんどが事業譲渡(譲渡企業が有する事業の一部または全てを譲受企業に譲渡する手法)といわれています。
一昔前までは、M&Aというと「身売り」や「敵対的買収」のイメージが強かったこともあり、よい印象を持っていない方もいるかもしれませんが、近年は事業承継手段の1つとしても活用されるなど、さまざまな目的でM&Aが実施されています。
事業承継とは
事業承継とは、会社の事業や経営権、資産など、会社に関わるあらゆるものを後継者に渡す手続きのことを指します。中小企業庁が策定する「事業承継ガイドライン」では、事業承継の構成要素は「人(経営)」「資産」「知的資産」の大きく3つに分類されています。
構成要素 | 内容 |
---|---|
人(経営)の承継 | ・経営権 |
資産の承継 | ・株式 ・事業用資産(設備・不動産等) ・資金(運転資金・借入等) |
知的資産の承継 | ・経営理念 ・従業員の技術技能 ・ノウハウ ・経営者の信用 ・取引先との人脈 ・顧客情報 ・知的財産権(特許等) ・許認可 等 |
上記の経営資源を適切に後継者に承継させていくことが、円滑な事業承継を実現するポイントとなるでしょう。
事業承継の種類
事業承継の手法には、後継者となる人の属性の違いによって、以下の3つがあります。
親族内承継:親族
親族外承継:親族以外の役員及び従業員
第三者承継(M&A):社外の第三者への引き継ぎ
ここでは、各手法について解説していきます。
親族内承継
親族内承継は、経営者自身の子どもをはじめとした親族に事業を引き継ぐ手法です。一般的には自身の子どもへ承継するケースが多くなります。
他の手法とは違い、経営者の身内に事業を引き継ぐため、心情面や長期間の準備期間の確保がしやすいこと、相続等による財産・株式の後継者移転が可能ということから、所有と経営の一体的な承継が期待できます。
親族外承継
親族外事業承継は、親族以外の役員や従業員に事業を引き継ぐ手法です。経営者自ら、経営者能力の高い人材を見極めて事業を承継できる特徴があります。
また、一般的に後継者候補となるのは、自社で長期間勤務してきた従業員のため、自社の経営方針や文化を理解しており、承継後も既存の従業員から受け入れられやすいというメリットがあります。
第三者承継(M&A)
第三者承継(M&A)は、株式譲渡や事業譲渡を活用して社外の第三者(企業や創業希望者等)へ事業を承継する手法です。
親族や社内に適任者がいない場合でも広く候補者を求めることができるため、近年は後継者問題解決のための事業承継手段として用いられています。
また、譲渡企業の経営者は、創業者利益を得られるため、新たな事業を起こすための資金やセカンドライフのための資金などを確保できます。
第三者承継(M&A)が増加している背景
近年、日本国内においてはM&Aに取り組む中小企業が年々増加しており、右肩上がりの状況が続いています。中小企業庁によれば、足下では年間3000~4000件程度の成約があると推計されており、また、今後もM&Aは活発化していくと予想されてます。
このような背景には、中小企業が抱える「後継者不足」の問題の解決手段として、M&Aの活用を検討する企業が増えてきていることや、事業承継に対する政府の後押しなどが大きな影響を与えていると考えられます。
後継者不足
中小企業庁によれば、中小企業の経営者年齢のピーク(2020年9月時点)は60代~70代となっており、経営者の高齢化が深刻化しています。
また、後継者不足の問題も深刻で、後継者不在率は一般企業のサラリーマンが定年を迎える年代の60代の経営者で約50%、70代の経営者でも約40%となっており、2011年より高止まりが続いています。
事実、廃業件数が増加する中、廃業の理由の3割が後継者不在によるもので、6割以上の企業が黒字にもかかわらず廃業しています。
また、東京商工リサーチの調査によると、2021年度の後継者不在に伴う倒産は404件で4年連続で前年度を上回り、調査を開始した2013年度以降では初めて400件を超えました。後継者不在に伴う倒産の構成比は、負債1,000万円以上の倒産全体(5,980件)の6.7%を占め、前年度の4.9%より1.8ポイント上昇し、過去最高を更新するなど、今後も後継者不足による企業の倒産が予想されます。
政府による後押し
日本の総企業数のうち99.7%を中小企業が占めており、日本経済は中小企業によって支えられていると言っても過言ではない状態です。
しかし、このまま企業経営者の高齢化が進むと、2025年には経営者年齢のピークが70歳を超え、そのうちの約50%が後継者不在になるといわれており、将来的に廃業を余儀なくされる企業の増加が懸念されます。
さらに、2019年末から流行した新型コロナウイルス感染症の影響を受け、中小企業の廃業は加速すると考えられています。日本経済の中核を担う中小企業の廃業は、雇用や技術などの貴重な経営資源が失われ、国家的な損失に繋がります。
こうした状況の中、中小企業庁では、事業承継税制の拡充や中小企業の事業承継をサポートする公的機関として、事業引継ぎ支援センターを全国に設置し、中小企業の事業承継を後押ししています。
個人事業でも第三者承継(M&A)は可能
事業承継は、事業の経営権を引き継ぐ相手によって、必要なステップや準備が変わってきます。ここでは、事業承継の中のM&Aについて流れを解説していきます。
事業承継型M&Aのおおまかな流れは、以下のようになります。
経営状況の確認や承継に向けた課題の把握
円滑な引き継ぎ
引き継ぎ後の経営改善
事業承継型M&Aは、各項目で確認すべきことや、やるべきことが多いので、しっかり内容を確認しておきましょう。
経営状況の確認や承継に向けた課題の把握
M&Aを成功させるためには、綿密な準備が必要になります。まずは承継に向けた課題、会社の経営状況の確認や分析、企業としての構想などを洗い出し、現状を把握して事業承継計画書を作成しましょう。事業承継に向けた準備が上手く進まない場合は、以下のようなツールを活用してみてください。
ツール | 用途 |
---|---|
事業承継診断 | 診断により事業承継の課題を抽出 |
ローカルベンチマーク | 会社の経営状況を確認・分析 |
経営デザインシート | これからの経営をデザインするためのツール |
上記のようなツールを活用することで、見えにくかった課題などが明確になります。また、現状を把握し、事業承継までに自社のブランドを向上させておけば、M&Aの成功率は高くなるでしょう。
円滑な引継ぎ
この項目は事業承継型M&Aの交渉から最終契約のフェーズが該当します。ここでの流れは以下のようになります。
1.企業価値評価・マッチング
2.交渉(基本合意・デューディリジェンスなど)
3.株式・事業用資産の買取り
各種資料を仲介業者に提出したら、企業価値評価を行いマッチングとなります。企業価値評価とは、会社またはその株式の価値を明確にするための手法です。譲渡価額の目安がないと譲渡側・譲受側で検討ができないので、企業価値評価は必要となります。
マッチングが成立した後は譲渡側・譲受側のそれぞれのトップ面談を経て、双方の同意のもと基本合意書を作成し、契約の締結となります。その後、正確に企業の価値を把握するためにデューディリジェンスを行って、承継先の譲受が確定・合意になれば、最終契約を締結し、株式・事業用資産の買取りになります。
引継ぎ後の経営改善
譲渡企業と譲受企業の合意があれば、M&A成約後も譲渡企業の経営者が会社に残り、社員として勤務してくれるケースがあります。
このようなケースでは、譲渡企業の経営者が取引先や従業員と譲受企業の間に入ってくれるため、M&A後に信頼関係を強化できる可能性が高くなります。
また、M&A後も譲渡企業の経営者が残ってくれる場合は、経営意欲が継続していることが多いです。経営者という重責から解放されたことで仕事に意欲的となり、元経営者の技術やノウハウを活かして企業の成長に大きく貢献してくれることもあります。
第三者承継(M&A)のメリット・デメリット
事業承継の手法にはそれぞれ異なったメリットやデメリットがあります。では、第三者承継(M&A)にはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。ここでは、第三者承継(M&A)のメリット・デメリットを紹介するので、確認しておきましょう。
第三者承継(M&A)のメリット
第三者承継(M&A)のメリットは、譲渡側と譲受側によって異なっているので、それぞれ確認してみましょう。
譲渡側の主なメリットは、以下のようになります。
・後継者が不在でも事業の引継ぎが可能
・従業員の雇用維持
・取引先との取引継続
・創業者利益の獲得
・個人の債務保証からの解放
第三者承継(M&A)によって、譲渡企業は後継者問題を解決できて廃業の心配がなくなるので、従業員や取引先に迷惑をかけず、関係を継続できます。
また、譲渡企業の経営者は、事業承継型M&Aによって、創業者利益でまとまった資金を得られるうえ、譲渡する会社に借入金がある場合は、譲受側に肩代わりしてもらうことで、個人の債務保証からも解放されます。
つづいて、譲受側のメリットを確認します。譲受側の主なメリットは以下のようになります。
・事業の拡大
・新規事業への素早い対応が可能
・ノウハウや技術、人材の獲得
事業を承継することで、譲受側はノウハウや技術、経験豊富な人材のように獲得に時間のかかる資源を直ぐに得ることができます。また、既存の企業のノウハウを活かすことで、新規事業への素早い対応も可能になります。
第三者承継(M&A)のデメリット
第三者承継(M&A)のデメリットも、譲渡側と譲受側によって異なっているので、それぞれ確認してみましょう。
譲渡側の主なデメリットは、以下のようになります。
・M&Aの成立まで長い時間がかかる可能性がある
・経営方針が変わる可能性がある
第三者承継(M&A)を行うこと、譲渡側の企業は譲受側の関連企業になるので、これまでの経営方針から変わってしまう可能性があります。
また、M&Aで事業を承継する場合は、譲渡先の企業がなかなか見つからないことがあります。仮に譲渡先の候補企業が見つかったとしても、条件次第では破談になる可能性もあります。
譲受企業の主なデメリットは、以下のようになります。
・資金調達が必要
・優秀な人材が辞めてしまう可能性がある
・期待していた効果が得られない可能性がある
M&Aには多額の資金が必要になります。また、経営方針や職場環境などが変わると、承継先の人材が辞めてしまうことや、文化・人材の融合が上手くいかないなどの理由で、期待していた効果が得られない可能性があります。
第三者承継(M&A)を成功させるポイントや注意点
第三者承継(M&A)では、法務や税務、財務など幅広い知識が必要です。また、M&Aの成約までさまざまな契約も締結しなくてはいけません。このように事業承継型M&Aは複雑だからこそ成功には欠かせないポイントがあります。
ここでは、第三者承継(M&A)を成功させるためのポイントや注意点を紹介します。
公的支援を活用する
後継者問題などから政府も事業承継を後押ししており、第三者承継(M&A)で活用できる公的支援は多数あります。
・事業承継税制
・事業承継・引継ぎ補助金
・事業承継・引継ぎ支援センター
・遺留分に関する民法の特例・所在不明株主に関する会社法の特例
・事業承継ファンド
・所在不明株主に関する会社法の特例
・経営資源集約化税制
・登録免許税・不動産取得税の特例
・承継円滑化法に基づく金融支援
上記のような公的支援を活用することで、事業承継にかかる費用の一部融資や、事業承継後の設備投資などにかかる費用の補助など、さまざまな支援を受けられます。詳しくは、中小企業庁のホームページを参照してください。
譲渡売却のタイミングを逃さない
第三者承継(M&A)を行う場合は、譲渡のタイミングが重要になります。
企業が廃業寸前になってから第三者承継(M&A)を行おうとしても、事業としての評価が低くなるので、高い売買価額は付かないうえに、譲受先が見つからない可能性が高いです。ですので、事業としての価値があるうちに譲渡することをおすすめします。
M&Aの専門家に相談する
第三者承継(M&A)では、価額・条件の交渉を行ったり、さまざまな契約を締結しなければならなかったりするため、専門性が高く幅広い知識と豊富な経験が必要です。そのため、第三者承継(M&A)を検討するのであればM&Aアドバイザーのような専門家に相談するようにしましょう。
fundbookでは、M&Aに関する幅広い知識と豊富な経験を持ったM&Aアドバイザーが在籍しています。M&Aの活用を考えている方はfundbookへ相談・依頼をご検討ください。
まとめ
事業承継にはいくつか手段があり、M&Aもその1つです。事業承継型M&Aでは、専門性が高く幅広い知識が必要となるため、M&Aについての豊富な知識と経験を持つM&Aアドバイザーのような専門家に相談・依頼するのがおすすめです。
M&Aが成功すれば譲渡企業、譲受企業の双方にさまざまなメリットをもたらすので、知識をしっかりと身に付けたうえで、成功のポイントを抑え、専門家と相談しながら事業承継型M&Aを進めましょう。
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出典:中小企業庁事業承継ガイドライン
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2016/161205shoukei1.pdf
本記事は上記ガイドラインを参考に作成しています。