従業員持株会への関心は年々高まっていて、上場会社においても9割以上の会社が実施しているといわれています。
持株会の形態としては、従業員持株会が最も一般的といえますが、この他にも、役員持株会、取引先グループ持株会などがあります。
本記事では、持株会の中でも従業員持株会に着目し、その株式を取得させる方法や、メリット・デメリットなどを、従業員持株会を利用した事業承継と関連させて解説していきます。
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持株会とは
持株会制度とは、会員に資金を拠出させ、場合によって会社が奨励金などの特別の便宜を与えて、株式を共同購入して共有し、拠出額にもとづいて持分を配分計算する制度をいいます。
この持株会の設立形態にはさまざまな方法がありますが、実施されている方法としては個別契約方式や証券会社方式、信託銀行方式などがあります。
従業員持株会
従業員持株会は、従業員の経営参加意識の向上や財産形成などを目的として、従業員に株式を取得させる制度です。この制度は、従業員が会社の株式を取得または保有するに際して、会社がその方針として特別に便宜を与え、奨励する制度をいいます。
つまり、従業員が会社の株式を取得する場合でも、会社とは無関係に特別の便宜もなく、従業員の意思のみで取得する場合には、従業員持株制度とはいいません。
近年では、従業員持株制度に関する関心が各企業で急速に高まり、この制度を採用する会社が増加しています。その理由は、従業員に対する労務政策の一環としての認識のみならず、会社にとってもメリットがあるためと考えられています。
会社が従業員に株式を取得させるために便宜を与える方法としてはさまざまなものがありますが、最も実施されているのは、常設機関として制度的に組織化された従業員持株会です。その理由は制度・運営ともに持株会として組織するのが合理的でありトラブルも少ないからです。
従業員持株会の一般的なメリット・デメリット
上場を予定していない非公開会社の一般的な従業員持株会のメリット・デメリットを見てみます。
●メリット
会社・オーナー側
・相続税の節税
オーナーの持株を従業員持株会へ譲渡することで、支配権を維持しつつも、財産の評価を減らすことができます。第三者割当方式でも可能です。
・事業承継対策
従業員のモチベーションを図るツールとなり、安定した会社を構築できます。親族承継が減少している近年、親族外承継の有効な手段となり、株式の社外流出を防止することが可能です。
・株主構成の変更・グループ法人課税の回避
デッドロック状態の株主構成を解消させたり、グループ法人課税の適用を回避することも可能です。
・自己株式の受け皿
株主からの自己株式取得要請の際の難問である「トリプル課税」回避の手段となり、株主・会社・オーナーの課税問題を解決することが可能です。
・従業員福利厚生
高額配当を優先的に支払い、奨励金を支給することによる従業員の福利厚生面での支援が可能です。
従業員側
・資産運用
高額配当を優先的に受領することと、奨励金を受領することができます。
途中退会でも元本の回収ができます。倒産しない限りキャピタル・ロスはありません。
・モチベーションの向上
職場を長期的に維持する視点を持てると働きがい・モチベーションが向上しやすいといわれています。
●デメリット
会社・オーナー側
・自身の判断のみでの経営が困難
従業員持株制度の設計を間違えるとリスクを負担することになります。従業員持株会が株主となるため、株主代表訴訟を誘発することも考えられます。
また、オーナーの支配権確保の議決権割合の設計や、将来の承継方法、買取価格などについて、経営と税務とを両立させないと、逆効果になる可能性もあります。
・配当の継続
業績低迷で高額配当が実現できないと不信感を招き、新規加入者がいなくなる可能性があります。
また、高齢化などによって退会者が増加し、結果退会などによる換金が集中すると維持ができなくなる可能性があります。
従業員側
・職場と財産とを一緒に失う可能性
倒産時には、職場と財産とを一緒に失うことになります。
・高額配当は保証されない
業績によっては高額配当は見込めません。
・キャピタルゲインはない(社団を除く)
株式投資のようなキャピタルゲインはありません。
会社株式の承継を行う3つの方法
事業承継において、会社株式を承継させる方法としては、相続・遺贈、生前贈与、譲渡が考えられます。また、承継先としては、相続人や同族以外の個人のみならず持株会社等資産管理会社、従業員持株会などが考えられます。
そこで、これらの場合にどのような方法となるかを見ていきます。
後継者への株式譲渡
まず、経営者から後継者に対し、当該株式を譲渡することが考えられます。最も直接的な考え方です。
しかし、贈与による株式の承継の場合、相続において紛争となった場合には、問題となることが多くあります。また、後継者が相続人の場合、生前贈与された株式が遺留分を構成することが考えられるため、後継者の権利が不安定になります。
他方で、当該株式が適正価格で譲渡された場合には、当該株式は当然相続財産から外れますし、遺留分の計算において持ち戻されることもなく、後継者にとっても安定的な方法と解されます。また、株式が現金化されるので、遺産分割協議も容易となり、相続税支払いの資金にもなります。
株式を売却した際には、譲渡益に対して課税がなされます。また、廉価で譲渡した際には、相続税評価額との差額が贈与とみなされて課税される可能性がありますため注意が必要です。
資産管理会社への譲渡
資産管理会社とは、文字通り資産の管理を目的とする会社であり、子会社やグループ会社の株式管理を目的とする場合には、特に持株会社と呼称されています。
資産管理会社に譲渡する場合のメリットとしては、当該会社株式を保有する資産管理会社の株式は、経営者の相続財産となるものの、相続税評価額の計算においては、利益の蓄積による含み益に対し法人税の税率を掛け合わせた分が控除されるため、当該会社株式を保有するよりも、株価の評価を抑えることができるという点があります。
従業員持株会への譲渡
従業員持株会は、非常に簡単に設立することが可能です。例えば、組合の場合、組合の規約を作ればよく、組合なので登記は不要で、収益事業を行わなければ税務申告も不要です。
従業員持株会へ株式を譲渡する場合には、従業員持株会は同族関係者ではないので、税務上配当還元価格(通常と比して廉価)で譲渡することが可能です。
それでも、オーナーには譲渡代金分のキャッシュが入りますし、譲渡した分の株式が減少することから、相続対象資産としての評価額が大きく減少します。よって相続税を節税することができるのです。
また、従業員持株会へ譲渡する株式の割合を調整することで、支配権を維持することができますし、譲渡対象株式を議決権制限株式にして譲渡することもできます。
従って、従業員持株会の活用で相続財産を圧縮しながら、支配権を確保することもできるのです。
持株の売却に従業員持株会を活用する方法
オーナーの保有する株式を従業員持株会に譲渡する場合には、譲渡価格を配当還元価格とすることができることから、相続税の節税になる他、次のようなメリットもあります。
・後継者の税負担の軽減で事業余裕資金を確保できる
相続税の節税により手元に資金が残るため、事業資金への再投資が可能になります。
・カリスマ性の弱い後継者に従業員との関係を築くことができる
後継者は先代よりも、カリスマ性が弱いことが多いものの、従業員持株制度により従業員と会社との結びつきが強いものとなりますから、カリスマ性を補い従業員との関係を構築することができます。
・親族外承継が容易になる場合がある
現在、親族内に後継者が不在なケースが多くあります。このような場合、従業員等親族外への承継において、従業員持株制度がその橋渡し的な役割を担うことがあります。
・投資育成会社の並行活用
投資育成会社は組合ではなく、法律の裏付けのある半公的な会社で、行政の監督下にある、外部の安定株主のようなものです。この制度も並行的に利用することができます。
譲渡の方法
オーナーから従業員持株会への株式譲渡の方法は、通常の株式譲渡の方法と変わりありません。
譲渡制限株式である場合には、株主総会決議などが必要となります。通常の株式譲渡と異なるのは、株式の評価額です。この点については次で詳しく説明します。
流れとしては、次の図のようになります。
1.オーナーから支配権を維持できるように設計した株式を、従業員持株会へ配当還元価格で譲渡します。このとき、譲渡制限株式である場合には、会社の承認が必要となります。通常はオーナーが支配株主であるため、特段問題はないでしょう。
2.従業員持株会が譲渡にかかる対価をオーナーに支払います。従業員持株会は、同族関係者ではないので、支配権を得られない株式を取得することになり、税務上配当還元価格で取得することができます。
3.オーナーの相続財産である保有株式は、従業員持株会に譲渡した分が減少し、他方で、その分の対価が現金で入ってくることになります。この点、譲渡益があった場合には、譲渡所得税と住民税がかかります。
4.オーナーに相続が発生したときには、その減少した株式と、減少分の対価である現金が相続財産となります。この場合、相続人は対価である現金の相続における税金などの支払いに充てることができます。
株価:配当還元価額 (持株会への移転)
課税:譲渡所得税・住民税 (20%)
コスト:譲渡対価は従業員が負担(通常より有利な価格)
その他:従業員持株会設立の準備が必要
従業員持株会に譲渡するメリットと注意点
これまで大まかに述べてきたとおり、オーナーが従業員持株会に保有株式を譲渡すると、オーナーの相続にかかる相続税が節税でき、またキャッシュができることで、会社への再投資や相続税の支払いがしやすくなります。
ここでは、具体的にどのような流れになるのかを考えてみます。
従業員持株会に譲渡する2つのメリット
メリット1:配当還元価格
発行済株式1,000株で10億円を全株オーナーが所有している会社を想定し、考えてみます。この会社の従業員は50人とします。また相続税は単純に財産の50%としてみましょう。
この場合、1株あたりの評価額は100万円です。このままでは、相続税は5億円です。
ここで従業員持株会を作り、オーナーから従業員持株会に対して、30%(300株)の株式を譲渡したとします(割合は従業員の人数などで検討することになります)。
従業員持株会は同族関係者はないため、税務上は配当還元価額(例えば5万円)で譲渡できます。このように廉価での譲渡が可能になります。
オーナーには譲渡の対価として1,500万円(=300株×5万円)が入ります。結果として、オーナーの財産は7億円の株式(=700株×100万円)と、代金の1,500万円の合計、7億1,500万円となります。この場合の相続税は約3億5,000万円ですから、おおよそ1億5,000万円の節税となります。
そして、オーナーは議決権の70%を保有したままですから、議決権の3分の2以上を維持していて、特別決議も単独で可能なため、会社の支配権を失いません。
また、場合によっては、従業員持株会に譲渡する株式を議決権制限株式にして譲渡することも考えられます。
メリット2:自社株の持ち出し禁止
会社株式の社外流出防止策として、従業員持株会では、規約による株式の譲渡制限、株式の不所持制度などを定めるのが一般的です。
従業員持株制度は、法人税が課税されず、構成員が配当金に対して一定額の控除(配当控除)を受けられる民法上の組合として、設立されることが一般的です。
民法上の組合では、契約にもとづく個人の集合体であるため、組合の財産は組合員の共有財産となり、各組合員は組合の財産に共有持分を持つことになります。
また、法人でない組合は、株式を保有することができないため、従業員持株会では、組合の理事長(代表者)に管理が信託され、代表者名義で一括管理されます。
従業員の持株制度は、持株会方式によらず、従業員が各自が直接株主になる方法でもよいものの、この方法によった場合には株主総会、議決権行為、配当金の支払いなどの株式事務が個々の従業員を対象とするため煩雑になります。また、社外流出対策も個々の株主(従業員)を対象として直接行い、退職時に株式を会社に返還させる旨の念書の差入や規約を承認させなければなりません。
これに対し、従業員持株制度においては、個々の従業員を対象とするものの、株式は持株会の代表者名義で一括管理されるため、株式事務も簡単です。
また、持株会制度では持株会規約を作成し、従業員は持株会規約を承認したうえで持株会への加入が認められますから、この持株会規約に会社株式の社外流出防止の内容を盛り込むのです。
例えば、次のような規定を盛り込むことが考えられます。
・退会時の処理
会員持分を持株会が定めた時価で引き受け、現金を交付する。
・会員持分の引き出し
会員持分が単位株になっても、引き出しを認めない。
・株式の管理
株式は代表者名義で一括管理する。
・会員資格
会員資格は従業員に限定する。
・現物組み入れ
従業員個人の保有する株式を、持株会に組み入れることができるようにする。
このように持株会の規約を定めることで、社外の第三者に株式が流出することを防止することができます。
従業員持株会への株式譲渡における税務上の注意点
上記の従業員持株制度を利用したスキームは、あくまで従業員持株制度という制度趣旨を踏まえて認められているものです。
そのため、専ら課税を免れる目的で実態のない従業員持株会を設立して、スキームを利用した場合には、有効な取引と認められない可能性があります。
場合によっては、課税を不法に免れたとして、いわゆる脱税と認定され、延滞税や加算税、刑事罰などが課される可能性もあります。
まとめ
事業承継などにおいて、株式を譲渡する方法としては、後継者に譲渡・資産管理会社に譲渡・従業員持株会に譲渡などの方法があるところ、従業員持株会への譲渡を利用することで、相続税などを節税しながら事業承継を行うことができ、スムーズな事業承継をすることが可能な場合があります。
従業員持株会制度にはメリットがある一方で、制度設計を誤ると取り返しがつかなかったり、配当の継続を求められるなどのデメリットもあります。
従業員持株会自体は簡単に設立できるものの、そのメリット・デメリットの判断や、制度設計等が非常に重要となりますから、弁護士やM&Aアドバイザーなどの専門家に相談しながら進めていくべきでしょう。
※この記事は執筆当時の法令等に基づいて記載しています。