M&A(Mergers and Acquisitions)を行う際には、さまざまな面で高度な知識や情報が要求されます。
元々お互い面識のある会社との取引であったり、取引先の紹介などにより話を持ちかけられた場合を除き、どの会社がM&Aの対象となっているのかの情報は、M&A仲介会社や金融機関を介さないと入手が困難なものになります。
またM&Aを行うことを決定した後にも、財務的、法務的にそのM&Aが適切なものなのか、適切であったとして、取引価格やどういった取引方法がベストなものなのか、などの判断は専門家のアドバイスを必要とすることが多いと考えられます。このうち、M&Aにおいて公認会計士が主に果たす役割を解説します。
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目次
M&Aで公認会計士が果たす役割は財務デューディリジェンスの実施
M&Aは企業の合併または買収を指し、会社が他の会社を自社内または自社のグループ内に取り込む取引であり、以下のような検証をすることが必要になります。
1.自社または自社グループの事業にとってプラスとなるか(シナジー効果が得られるか、メリットを生み出す資産などを得られるか、など)
2.取り込むことがマイナスになってしまうような要素がないか
3.いくらまで支払う価値があるのか
4.どのようなスキームを採ることが財務上や税務上の観点からベストなのか
5.M&A後はどのように統合するのがスムーズか
①の事業上のメリットについては、自社の属する業界に精通する譲受企業の経営陣が判断することとなりますし、その判断の過程においてM&Aアドバイザーの助言を得るケースもあります。
②~④については公認会計士が主要な役割を果たすケースが多く、⑤についても公認会計士が関与するケースもありますが、多くの場合PMI(Post Merger Integration)に精通するM&Aアドバイザーが関与します。
②においては、公認会計士は主に財務DD(デューディリジェンス)を行いますが、他にも法務DDを弁護士が、労務DDを社会保険労務士が、税務DDを税理士が行うこともあります。
法務DDにおいては、M&A後に譲受企業にとってリスクとなる契約などが存在していないかなどを弁護士が確認し、労務DDにおいては将来的に支払いを要してしまう未払い残業代や、労務上のトラブルのリスクが無いかを社会保険労務士が確認します。
税務DDにおいてはM&A後に税務調査などで、追徴課税となってしまうような税務上のリスクがないかなどを税理士が確認します。公認会計士も税務まわりを確認することはできますが、税務に関しては税理士の方がより精通しているため、税務上のリスクが存在している可能性がある場合には税理士にDDを依頼することを選択するケースもあります。
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M&Aにおける公認会計士の業務、協力してもらうメリット
譲渡額を算定する際には、譲渡企業の純資産価値から算定する純資産方式や、譲渡企業の類似企業の株価から推定する類似企業比準方式、譲渡企業の事業計画などから将来のキャッシュ・フローを算定し、それを現在価値に割り引いて計算するDCF方式などがあります。
純資産方式
このうち、純資産方式については譲渡企業が提出した財務諸表をそのまま用いるのではなく、財務諸表上の各項目の実際の価値がいくらなのかを計算したり、財務諸表に反映させるべき簿外債務などが無いかを確認したうえで、実質的な純資産価値を計算したりすることとなり、この算定の際に財務DDが重要となります。
財務DDにおいては、貸借対照表の資産に計上されている項目が、実際の価値を表しているのか、負債には網羅的に全ての項目が表示されているか、などを公認会計士が確認します。公認会計士の専門業務のひとつは、上場会社の財務諸表が適正に作成されているかを検証する会計監査であり、公認会計士の実務経験として必要な業務となります。
財務DDは会計監査に類似した業務であり、例えば売掛金が回収可能性も勘案されたうえでの金額となっているか、有価証券や固定資産などが実際の時価とかけ離れていないか、将来生じる費用が引当金などの形で負債に計上されているか、などをチェックします。
これにより算出された「実質的な純資産額」をもとに取引価格を決めるのが純資産方式となります。客観的な価値を算定することが可能となりますが、将来の利益や、数字に現れない価値などを反映させることが難しい方式となります。
類似企業比準方式
類似企業比準方式は、マルチプルなどともよばれる方法ですが、市場価格などの存在しない非上場株式の時価総額を算定する際に、上場していて市場価格のある類似企業の時価総額から、対象企業の株価を推定する方法です。
類似企業のEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization、利息・税金・減価償却前利益)などと時価総額の割合を算定し、それを対象企業のEBITDAに当てはめて企業価値を算定することとなります。
この方法は類似企業の選定に客観性を持たせるための議論が必要なこと、株価と利益指数の比率にブレが生じてしまう結果、株価の算定が変動してしまうこと、あくまで企業価値を推定する方法のため、取引価格の合意のために客観性を持たせる必要があることが課題となります。
類似企業の情報を入手するためのデータベースや、算定にあたって使用する数字の把握、また実際の時価総額の算定などにおいて公認会計士が作業を行うことがあります。
DCF方式
DCF方式は、譲渡企業の事業計画などをもとに将来の収入額を算定し、その合計を現在価値に割り戻して、企業の価値を算定する方法です。その企業が将来得る収入額が、当該企業の価値になるという考え方になります。
3~5年程度の中期事業計画と、現在価値に割り戻す際に使用する割引率、3~5年以後の成長率などを用いて現在価値を計算します。
この方法においては、事業計画の蓋然性の検証が重要となり、公認会計士などが過去の業績推移や今後の業界の状況、M&Aによる人材流出などの影響を加味しながら事業計画を調整することになります。
それでも事業計画には主観性が入り込んでしまうことや、どこまで詳細に検証しても将来の業績は不確実であることから、正確な価値算定が困難となってしまうのがこの方式の課題となります。
しかし、独立した立場の公認会計士などが事業計画の評価を行い、客観的な割引率や成長率などを用いて算出することで、合意を形成しやすくなる可能性が高まると考えられます。
上述の通り、これら3つの方式にはそれぞれメリットとデメリットがあるため、どれかひとつの方法による算定ではなく、複数の方式を組み合わせて企業価値を算定することもあります。
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M&Aで公認会計士に依頼した際の費用
M&Aにおいて公認会計士が果たす役割はさまざまあり、全てを合わせて譲渡額の数%で報酬を決める場合や、それぞれについて見積額を算出し報酬とする場合、さらにはタイムチャージでの報酬の取り決めとする場合などがあります。
報酬の額は公認会計士により、また業務の複雑さにより変わるため、一概にはいえないため、個別に公認会計士に見積もりを依頼するべきですが、財務DDも価値算定も数百万円程度となる場合が多いように見受けられます。
ただし、大型のM&A案件では数千万円となることもあるため、M&Aの規模に応じた予算を確保しておくことが望まれます。
財務・税務の専門的な知識が必要
M&Aは財務アドバイザーの領域であり、価格算定においてファイナンスの知識が要求される他、財務DDにおいても財務的な観点からの検討が欠かせません。
M&Aのための必要資金についても、借り入れとするのか、株式交換とするのかなどの選択肢から、最善の方法を選んだほうがメリットが大きいでしょう。また、一口にM&Aといっても吸収合併、会社分割、事業譲渡などさまざまなスキームがあり、それぞれの状況に応じて適したスキームを選択する必要があります。
そのため、専門的な知識を持った公認会計士などのサポートを受けたほうが、よりM&Aの効果を大きくできる可能性があります。またM&Aのスキーム次第では、その後の税金費用を大きく抑えることができる場合もあり、税務的な観点からのアドバイスも重要となる可能性があります。
このようにM&Aにおいては、公認会計士などの専門家が重要な役割を果たす場合が多いことから、専門家に依頼することが、有用となることが多いと考えられます。
M&Aを成功に導くには
M&Aは企業同士の結婚といわれることもあり、適切な相手を見つけ、M&A後もスムーズなオペレーションに移行できるようにする必要があります。
M&Aの相手を調査し、M&Aすること自体が問題ないのか、また譲り受ける場合の適正価格がいくらなのかの算定をすることも重要ですが、M&Aが自社にメリットをもたらすのか、またしっかりとシナジーを得るために準備ができるか、なども非常に重要になります。前述の①や⑤の業務です。
譲り受けたものの譲渡企業のキーマンが退職してしまったり、取引先を失ったりしてしまっては、M&Aの目的を果たせなくなってしまう可能性が高まります。
適切なM&Aの相手を見極めることや、成約後のPMIもしっかりと行わなければなりません。M&Aに関する疑問点やアドバイスなどは、広い知見と経験を有するM&Aアドバイザーに相談することも有用と考えられます。