事業譲渡とはM&Aの手法の一つであり、会社の一部または全部の事業を第三者に譲渡することを指します。一定の権利義務を包括的に承継する合併や会社分割と異なり、事業譲渡はあくまで当事者間の契約に基づいた権利義務のみが譲渡企業から譲受企業に移転します。そのため、個別財産の移転の際には、所有権の移転手続きをする必要があります。
本記事では、会社の事業財産の移転を伴う行為という点で同一である吸収合併と比較しながら、事業譲渡の登記手続きについて説明します。登記とは、権利関係などを公示するため、一定の事柄を法務局に備える登記簿に記載すること、またはその記載をいいます。登記事項に変更があるときには登記変更手続きが法律上義務付けられており、登記にはよく知られているものとして「商業登記1」と「不動産登記2」があります。
なお、本記事の「会社」は株式会社を指し、吸収合併を行った後に存続する会社を「合併会社」、吸収合併を行った後に消滅する会社を「被合併会社」とします。
1*商業登記:会社の商号や本店所在地、事業内容、代表者が誰なのかといった会社の重要な情報を記録したもの
2*不動産登記:不動産の所有権は誰が所有しているのか、どのような担保権が設定されているのかなど、その不動産に関する権利の内容を記録したもの
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事業譲渡では、登記が不要?
事業譲渡を行う際に登記は必要なのでしょうか。具体的に説明していきます。
会社合併では、登記が必要
合併を行うことが決まり、その法的効力が発生した場合、合併によって被合併会社は解散することになります。つまり、解散登記をしなければなりません。一方、合併会社でも登記が必要となり、会社の事業内容などの変更の登記をすることになります。
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事業譲渡では商業登記は不要
会社合併の場合と異なり、基本的には事業譲渡の場合は商業登記は必要ありません。なぜなら、事業譲渡をする分の資産に変更が生じるだけで、一般的にその対価は金銭として受け取るからです。つまり、貸借対照表(B/S)上の処理で完了します。
ただし、事業譲渡の際に商号や現状の会社の登記内容を変更する場合は、登記をし直す必要があります。
事業譲渡で必要な登記原因証明情報を確認
一般的に、事業譲渡に伴い、不動産などの有形資産を引き受けることが多くあります。その場合の注意点は、登記原因証明情報をしっかりと確認することです。
登記原因証明情報とは、登記の原因となった事実や法律行為に基づいた権利変動が生じたことを証明する情報を指します。不動産の登記情報を正確に反映させるために、登記の原因に至った事実関係が登記官に一目でわかるようにする必要があります。
2005年から登記原因証書から登記原因証明情報に変更
2004年以前にマンションや一戸建ての購入といった不動産売買をした経験のある方は、登記申請の際に「登記原因証書」として、売買契約書や売渡証書等を申請書に添付した記憶があるかもしれません。
登記が完了すると、添付書類は登記済の印が押されて新たな権利者に「登記済証」として還付されます。このとき手元には、この登記済の印が押された権利証が残ります。
ところが、不動産登記法が2004年に改正し2005年に施行されるまでは、法務局には登記原因情報が書面として何も保管されず、事実関係を把握する手段がありませんでした。
不動産登記法の改正によって、従来の登記原因証書の制度は廃止され、「登記原因証明情報」を申請書に添付する制度に変わり、法務局で保管されるようになったのです。この「登記原因証明情報」は利害関係人は閲覧可能であるため、取引の安全性が図られるようになりました。
事業譲渡では、所有権移転登記は必要
事業譲渡に伴い譲渡される資産の中に不動産(土地や建物)がある場合、所有権移転登記を申請することになります。
この登記によって、同一不動産を譲り受けたといって所有権を主張してきた第三者に対して自己の所有権を対抗できます。事業譲渡の場合も同様ですが、この章では不動産の売買に関する所有権移転登記について、その流れや費用、必要書類について解説します。
所有権移転登記の必要書類
所有権移転登記をするには、原則として以下の書類が必要です
・「登記申請書」
登記申請書は、司法書士などに依頼せずに法務局のホームページから書式をダウンロードすれば、自分でオンライン申請が可能です。
・「登記識別情報」
登記識別情報とは、登記名義人を識別するためのものです。具体的には登記所が無作為に選出した12桁の英数字で、これは従来の権利証に代わるものになります。この登記識別情報により登記名義人を特定します。登記識別情報は、申請をすれば書面でもオンラインでも取得できます。
・「印鑑証明書」
印鑑登録をしていれば、誰でも市区町村の役所等で取得が可能です。また、マイナンバーカードまたは住民基本台帳カードを持っている人は、コンビニエンスストアなどでも取得することができます。
・「住民票」
住民登録をしている市区町村の役所に身分証明書(免許証やパスポートなど)を持参すれば取得できます。役所に行けない場合は、郵送や電子申請、コンビニ交付*4という手段もあります。
コンビニ交付*4:マイナンバーカードまたは住民基本台帳カードを利用して市区町村が発行する証明書(住民票の写し、印鑑登録証明書等)が全国のコンビニエンスストア等のキオスク端末(マルチコピー機)から取得できるサービス
・「固定資産税評価証明書」
当該不動産を管轄する市区町村の市民税課、および都税事務所で申請して取得できます。また、郵送でも可能です。ただし、交付の際には身分証明書が必要です。
事業譲渡の免責登記と注意点
事業譲渡における債務は、当事会社が合意した債務のみが、譲渡企業から契約によって引き受ける譲受企業に移転します。しかし、譲受企業が譲渡企業の商号を継続して使用する場合、会社法22条1項に基づいて、譲渡企業の当該事業により生じた債務を、譲受企業はともに弁済する責任を負わなければなりません。
そこで、譲受会社が事業を譲り受けた後に発覚した想定外の債務を負担することを避けるために、上記債務を弁済する責任を負わない旨の登記をすることが可能です(会社法22条2項)。これを「免責登記」といいます。
譲渡対象事業に関連して取引を行っていた取引先などの債権者は、譲受企業が事業を承継した以上、譲受企業に対して債務の弁済の請求をすることができると期待する場合があります。譲受企業が免責登記をする場合、前提として譲渡人の承諾が必須です。債権者等その他第三者の承諾は不要となります。
免責登記の注意点
譲受企業が譲渡企業の商号を継続使用しない場合でも、店舗名(屋号)を引き継ぐことがあります。「商号を使用しないから大丈夫だろう」と免責登記を行わず、後から問題が生じた事例が過去にあるので注意が必要です。
店舗名(屋号)を引き継いだために、商号の継続使用と同様に譲受企業が譲渡企業の債務を負う、と認めた判例があるのです。免責登記は、債権者に対し債務を引き受けない旨を明らかにするものですから、債務を引き受けたと誤信されるような類似商号を使用する場合も免責登記を行った方がよい場合もあり、注意が必要です。
ただし、この事例のような免責登記は、法務局(登記官)の判断に依拠するところが大きく、事前に管轄法務局と十分な協議をしたうえで、免責登記が可能であることをしっかりと確認しておきましょう。
まとめ
事業譲渡を行う際には商業登記を申請する必要はありませんが、不動産の移転が伴う場合は所有権移転登記が必要となります。また、取引先が譲受企業に債務の弁済を請求してしまうことを回避するために、免責登記の知識を身につけておくといいでしょう。今回は、事業譲渡において登記が必要になる際の必要な手続きや書類を紹介しましたが、不明な点や、自分で行うには不安があるという方は専門家に相談して手続きを行うようにしましょう。