「事業承継信託について内容をよく知らない」という方、いらっしゃるでしょう。
比較的新しい制度なので、知見がある方も周囲にはそういないはずです。
そこでこの記事では、現役のM&Aアドバイザーが事業承継信託とは何か、メリット・デメリットなどをお伝えします。
事業承継の方法で悩んでいる方・事業承継信託の利用を考えている方は、事業承継をどの方法で行うか、選択する際の参考になるでしょう。
事業承継で後悔しないためにも、ぜひ最後までご覧ください。
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事業承継信託とは
事業承継信託とは、事業の承継を後継者へ円滑に行う方法の一つです。「自社株信託」とも言います。
事業承継信託は、企業の経営者が、ケガや病気・死亡・認知機能の低下に備えて行います。
信託とは、信頼できる人に資産を預けて運用してもらうことです。
企業の株式を一定の割合以上持つと、その企業の経営権を持つことになります。そのため、現経営者は、自社の株式を後継者へ信託することで、後継者に経営権を譲ることができます。
信託においては、受託者・委託者・受益者がいます。
・受託者:委託者から信託される人のこと。資産を管理・運用する
・委託者:受託者に資産を信託する人
・受益者:信託された財産から発生する利益を受け取る人、多くの場合、委託者と受益者は同じ人物
事業承継信託には、大きく分けると、商事信託と民事信託の2つのケースがあります。
商事信託とは、受託者が信託会社や信託銀行のケース。管理や運営の見返りとして、信託会社や信託銀行は信託報酬を受け取ります。
民事信託は、家族や親戚が受託者になり、資産の管理・運用を行います。
商事信託とは異なり、信託報酬は発生しません。以前は、商事信託をするケースがほとんどでした。しかし、平成19年の方か法改正により民事信託が増えてきています。
事業承継信託の種類
事業承継信託には、以下3つの種類があります。
・遺言代用(型)信託
・他益信託
・後継ぎ遺贈型受寄者連続信託
それぞれ解説します。
遺言代用(型)信託
遺言代用(型)信託では、受託者を信託銀行や信託会社にします。現経営者は受益者のままです。現経営者が亡くなった後、後継者が受益者になります。
現経営者が生存しているうちに、後継者が受益者となることを決定します。これにより、現経営者の意思を反映させることが可能です。
後継者は、確実に経営権を持つことができ、事業承継がスムーズに進みます。議決権が分散することを防げるメリットもあります。
他益信託
他益信託では、現経営者である委託者は、経営権を持ち続けます。後継者は受益者となり、その地位を保証することができます。
受託者は信託銀行や信託会社です。信託終了の時期を「相続発生時」「信託設定から○年経過時」など、委託者の意思で決定できます。
後継ぎ遺贈型受寄者連続信託
後継ぎ遺贈型受寄者連続信託では、受益権を後継者に設定します。さらには、後継者の、その次の後継者も設定しておくものです。
後継者に万が一が発生しても、さらに次の後継者で争いになることが避けられます。
事業承継信託のメリット
事業承継信託のメリットは、以下が挙げられます。
1.経営者の意思を反映した事業承継ができる
2.後継者争いが防げる
3.経営者不在による、経営の空白期間が発生しない
4.節税になる
5.事業承継信託の場合は、撤回できる
順番に解説していきます。
1.経営者の意思を反映した事業承継ができる
事業承継信託では、経営者の意思に沿って、事業の承継ができます。経営者が後継者・事業継承される条件などを自由に決められるためです。
事業承継を行うには、相続でも対応可能です。しかし、相続では現経営者の意思を反映しにくくなります。相続の場合は、現経営者の死後に行われるためです。
経営者が思い描いた通りに、事業継承されないことも起こり得ます。事業承継信託であれば、経営者の願望通りに経営が続きやすくなります。
2.後継者争いが防げる
事業承継信託では、後継者を巡ったトラブルを防ぐことができます。
なぜなら、現経営者が、信託銀行や信託会社を介して、あらかじめ後継者を決めておくためです。たとえば、現経営者に息子が3人いたとします。事業承継信託で、現経営者が「長男を後継者にする」と決めたと仮定します。このケースにおいて、長男が後継者となることは確実です。
しかし、事業承継信託ではなく、相続によって事業承継となった場合はどうでしょう。配偶者・次男・三男も後継者になる権利があります。
さらには、親族間だけではなく、社外にまで問題が広がることもあります。融資を受けている金融機関が、後継者争いに口を出してくる可能性が考えられます。
事業承継信託で、自社株を一定数持っておくと安心です。
3.経営者不在による、経営の空白期間が発生しない
事業承継信託では、経営者が不在になることがなく、経営に空白の期間がありません。
現経営者が亡くなっても、後継者が決まっているので、すぐに経営者が経営を行えるためです。現経営者が亡くなれば、後継者に受益権と議決権がすぐに引き継がれます。
それに対して、相続の場合は遺産分割の手続きに時間と手間がかかります。
手続きの間に、経営で決めておきたいことや経営の危機が発生しても、経営者がいないため、今後の方針や対処が遅れてしまう可能性もあります。
結果、会社が傾いたり、従業員や取引先が不安を感じることもあるでしょう。安定した経営を維持するためには、事業承継信託は効果的な方法です。
4.節税になる
事業承継信託は、税金対策にもなります。事業承継信託に、税金はかからないのです。
通常、資産を贈与すると、もらい受けた側は贈与税がかかります。事業承継のケースで言えば、後継者が贈与税を払うことになります。
ただ、指定する受益者や受託者によっては、課税されてしまうこともあります。
例を挙げると、信託開始のタイミングで受益者と委託者が同じ、かつ相続後に後継者と受益者が同じとなるケース。
この場合、みなし相続財産となります。みなし相続財産の場合、相続税がかかります。
みなし相続財産になるか否かは、前もって予測できます。後継者に負担をかけずに事業承継を行いたい場合、事前に相続税の支払いが回避できるような指定を考えてもよいでしょう。
5.事業承継信託の場合は、撤回できる
事業承継信託は契約後、白紙にすることが可能です。信託契約では、指定した通りに事が進まない場合、契約をやり直せることになっています。
たとえば、後継者に指定した人物が適任ではない場合。契約を解除して、別の人物を後継者にすることができます。
契約を解除した場合、経営権や自社株は現経営者に戻ります。この時、相続税や自社株を買い戻す資金は不要です。
事業承継信託が撤回できるというのは、柔軟性があって、経営者も安心できます。
事業承継信託のデメリット
事業承継信託のデメリットは、以下の通りです。
1.信託契約の内容によっては、トラブルに繋がる
2.遺留分減殺請求に対する方針が明確ではない
3.事業承継信託は、現経営者の死亡が前提である
4.信託制度が普及していないので、理解が得にくい
この機会に把握しておきましょう。
1.信託契約の内容によっては、トラブルに繋がる
信託契約の内容をよく精査しておかないと、トラブルになりかねません。
信託契約は、何十年か先を見越して設定します。そのため、何十年か後に事業承継を行った際、後継者が不適任である場合も考えられます。
この時、もし信託契約に「後継者が不適任だった場合は解任する」旨を定めておかないと、現経営者の思惑通りに、経営が行われない可能性があります。
良くも悪くも、経営者次第なので、契約内容はよく吟味しましょう。
2.遺留分減殺請求に対する方針が明確ではない
遺留分減殺請求について、法的にどのような対処をするか、決まっていません。
相続財産では、遺留分といって、相続人が最低限の取り分を受ける権利を持っています。
遺留分減殺請求とは、特定の相続人にだけ有利な配分になった際に、他の相続人が遺留分を請求することを言います。
事業承継信託では、後継者に全株式を継がせることになります。よって、後継者以外の相続人が遺留分減殺請求を行う可能性は充分にあります。
しかし、遺留分減殺請求は専門家の間でも見解が分かれています。
「民法の特別法により遺留分はない」
「相続人の権利が侵害されるので遺留分減殺請求は認められる」
この2つの意見があります。
もし相続人が遺留分減殺請求を行った際は、どのような対応を取るか。判断は難しいものになります。
3.事業承継信託は、現経営者の死亡が前提である
事業承継信託は、現経営者が亡くなった後を想定しています。
存命中は、事業承継信託は利用できません。存命中に利用したい場合、相続や贈与を行う必要があります。
「まだ健康だけど、引退して後継に引き継ぎたい」という場合は利用できないので、注意しましょう。
事業承継信託は、急病や意思疎通が難しくなった場合の備えとして、特に有効です。あくまで現経営者が亡くなった場合を想定していることは、念頭に置いておきましょう。
4.信託制度が普及していないので、理解が得にくい
信託制度は、事業承継の中でも新しい手段です。平成19年に信託法が改正されてできたものです。
そのため、事業承継の関係者からは、理解されない恐れがあります。関係者を説得させるには、時間と労力がかかることが予想されます。
説得には、専門家の知見を頼り、粘り強く交渉が必要となりやすいです。
事業承継信託の設定方法
事業承継信託を設定するには、3つの方法があります。
1.前もって事業承継信託を結ぶ
2.事業承継信託について、遺言書に記載しておく
3.自己信託で宣言する
順番に解説していきます。
1.前もって事業承継信託を結ぶ
信託会社や信託銀行と契約し、信託契約をしておく方法です。
受益者である後継者には、受益者である旨を伝えるのみです。後継者は契約の場に居合わせず、利益を受け取るのみになります。
2.事業承継信託について、遺言書に記載しておく
事業承継信託の内容を、遺言書に記載しておく方法があります。
遺言書に記載しているため、遺言書の効力が発生した段階で、信託契約の内容も発生します。
現経営者が死亡した時点で効力を発揮します。
3.自己信託で宣言する
自己信託では、経営者が委託者と受託者を兼ねます。会社の株式を経営者が委託し、自分で管理・運用します。
平成19年の信託法改正から使えるようになりました。
自己信託では、法律・株式の管理・受託者と委託者の兼任に関して、経営者の知識が問われます。
委託者と受託者が同一人物であるため、信託契約を結ぶことはできません。現経営者は、自己信託を行う旨の宣言と意思表示を行います。
事業承継信託における注意点
事業承継信託を行うにあたり、以下の注意点があります。
1.親族の理解を得る
2.後継者以外の遺留分を考慮する
3.税制上の優遇を受けられないケースがある
重要な点なので、把握しておきましょう。
1.親族の理解を得る
まず「信託とは何か」を、親族が理解していないことも多くあります。その場合、経営者だけで親族を説得するのは厳しいでしょう。
専門家に協力してもらい、親族の理解を得られるように努めましょう。
2.後継者以外の遺留分を考慮する
事業承継信託では、全株式は後継者に渡ります。
そのため、後継者以外の親族に、どのような配慮を行うかが重要になってきます。
遺留分については、法的な見解が決まっていません。親族が遺留分減殺請求を行う可能性があります。
親族の状況や、事業承継信託への理解がどの程度なのか、状況を総合的に判断したうえで、遺留分をどうするか、考える必要があります。
法的な見解が決まっていない分、判断が難しいところです。専門家の力を借りて、対応を決めていきましょう。
3.税制上の特例の対象にならないケースがある
自社株式を信託する場合は、税制上の特例から外れます。
事業承継税制では、相続税と贈与税は、免除もしくは納税に猶予が設けられる特例があります。しかし、自社株式が信託財産のケースでは、特例が受けられません。
後継者の負担を軽減したいのであれば、自社株式を信託財産にすることはやめましょう。
事業承継信託を取り扱う銀行
事業承継信託を取り扱う銀行は、一例を挙げると以下があります。
・りそな銀行
・みずほ信託銀行
・三井住友信託銀行
上記以外の、証券会社・地方銀行・信用金庫でも、事業承継信託を扱う金融機関はあります。
利用し慣れている金融機関で、事業承継信託について相談に乗ってもらえるか、確認してみましょう。
まとめ
事業承継信託は、経営者の意思が反映しやすく、後継者の立場が守られることが主なメリットでした。
一方、まだまだ認知度が低く、遺留分を巡ってトラブルが起こる可能性も。
事業承継信託は手間と時間がかかるため、専門家のサポートを得て、できるだけスムーズに済ませたいもの。
とはいえ「事業承継信託がよく分かっていなくて不安」という方もいらっしゃると思います。
fundbookは事業承継の知見を持った専門家が相談に乗ります。初回の相談は無料になっています。
事業承継信託をお考えの方は、ぜひ一度ご相談ください。