2018年6月、市販酒を対象にした国内最大の日本酒コンペティション「SAKECOMPETITION 2018」が開催され、今年も世界一の日本酒が決定しました。いま、世間では空前の日本酒ブームが到来しています。2013年12月に和食が「ユネスコ無形文化遺産」に登録され、これをきっかけに世界中から和食への関心が高まり、日本酒の海外展開も進んでいます。また、日本酒造組合中央会が実施した「日本人の飲酒動向調査」よると、日本酒は料理の美味しさを引き出してくれることが広く理解されてきており、日本酒を「食前酒」から「食中酒」として飲む人が増えていることが報告されています。
しかし、日本酒ブームが広がるその裏で、酒蔵の廃業が問題となっています。また、日本酒の国内消費の低迷や若年層の酒離れなど、時代の変化につれて日本酒を取り巻く環境も変わりつつあります。本記事では、日本酒ブームの影にある蔵元の廃業に焦点を当てて、その伝統を受け継ぐ日本酒業界のM&A事例を紹介していきます。
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酒蔵の廃業
清酒の消費量がピークであった1975年に3,229場あった製造免許場は、2016年には1,615場へと半減しました。廃業という選択は、伝統のある酒蔵の材料や商品、機械設備といった資産、また、従業員の雇用も取引先との関係も失われ、地域への影響はとても大きいものとなります。昨今、このようなリスクのある廃業の解決策としてM&Aが注目されています。
M&A(エムアンドエー)は、「Mergers and Acquisitions」を略した言葉で、日本語に訳すと「合併と買収」となります。複数の会社が1つになったり、ある会社がほかの会社を譲り受けたりする経営戦略のことです。現在、大企業のみならず中小企業においてもM&Aに注目が集まっており、メディアでも幅広く取り上げられているため、耳にしたことのある人は多いのではないでしょうか。M&Aを行うことによって後継者不在の問題を解決すると、今までの事業を存続させることができ、従業員の雇用を守ることができます。また、昨今M&Aが後継者不在の解決策としてだけでなく、新たな事業展開などに活用されることも増え、国内においてさらに活発化しています。
しかし、「本当に事業を存続することはできるのか?従業員の雇用を守ることはできるのか?」と、疑問に思う人もいるのではないでしょうか。より具体的に分かりやすく、酒蔵のM&Aについて事例を紹介していきたいと思います。
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酒蔵のM&A事例8選
1.老田酒造
「鬼ころし」で知られる株式会社老田酒造は、株式会社ジャパン・フード&リカー・アライアンス(JFLA)が設立した子会社、株式会社タオイ酒造に事業を譲り渡しました。老田酒造店は江戸時代中期の創業より辛口の地酒を造り続け、まるで「鬼をころすような」お酒として、「老田の鬼ころし」とも呼ばれ親しまれています。経営赤字が続いていた老田酒造は譲渡によって得た売却益で負債を返し、会社を清算しました。従業員13人はタオイ酒造へ移籍し、タオイ酒造は「老田酒造」に改名されました。このM&Aにより、何百年も昔から飛騨の人々に飲まれてきたお酒がなくなることなく、これからも造り続けられることとなりました。
2.榮川酒造
業歴約150年を誇る福島県の株式会社榮川酒造は、2016年に株式会社ヨシムラ・フード・ホールディングスの子会社となりました。榮川酒造は、売り上げの減少や過去に行った設備投資に係る返済によって財政状況が悪化し、経営不振に陥っていました。2016年、榮川酒造は地域経済支援機構より金融支援を受け、第三者割当増資を行いました。それにより、「榮川」のブランドと従業員の雇用を守る形で事業を再生したのです。ヨシムラ・フード・ホールディングスはグループ会社の桜顔酒造とともに、両社の販路の共有や、グループの販路活用により売上の拡大を見込んでいます。榮川の140年のこだわりが詰まった「榮四郎」は継続して生産され、M&A後の2017年にも、前年に続いてモンドセレクションの最高金賞を受賞しています。
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3.かづの銘酒株式会社
秋田県の「千歳盛」で知られるかづの銘酒株式会社は、居酒屋「半兵ヱ」などを全国展開する株式会社ドリームリンクの完全子会社となりました。かづの銘酒は明治5年創業、昭和13年に全国品評会で名誉賞を受賞するなど長い歴史を持ち、日本最古の鉱山であり、1978年に閉山し1300年の歴史に幕を閉じた尾去沢鉱山で今なお熟成を行う酒造です。後継者不在に悩んでいたかづの銘酒社長の田村清司氏は、秋田商工会議所の「秋田県事業引継ぎ支援センター」に相談。登録民間支援機関の秋田銀行がドリームリンクを紹介したことにより、M&Aが行われました。
2017年12月、田村氏は秋田市で記者会見し「地域に戦後5軒あった酒蔵が今は1軒になったが、鹿角の酒造りの火を消してはいけないと思っていた」と語っています。2018年8月、「千歳盛」の原酒をブレンドした新商品「チトセザカリKKB」を3種類発売することも発表され、ドリームリンクは千歳盛の販路を拡大するほか、酒蔵ツアーを企画したりなどのシナジー効果を図っています。
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4.白龍酒造株式会社
2014年8月、白龍酒造株式会社は盛田株式会社に全ての株式を譲渡しました。白龍酒造株式会社は、新潟県において1839年より営まれてきた伝統のある酒蔵です。1994年以来、現在まで「大吟醸 白龍」は22回、「純米大吟醸 白龍」は20回モンドセレクション金賞を受賞しています。白龍酒造株式会社は盛田株式会社の「日本の伝統的な食文化の継承」というグループの創業理念に共感し、2008年11月にグループ入りをしました。加入以降、白龍酒造は盛田株式会社の支援のもと更なる品質の向上を追求しており、M&Aを機により一層の成長を見込んでいます。
2017年のモンドセレクションでは、白龍酒造は長期間にわたり高い品質を維持する努力を続けた企業として認められ、プレステージトロフィーを獲得しました。白龍酒造の清酒は、現在も韓国をはじめ欧米や東南アジア各国で流通され、国内外で広く愛されています。
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5.綾菊酒造
2014年、香川県の株式会社綾菊酒造が、酒類や食品の製造販売などを手掛ける株式会社飯田にすべての株式を譲り渡しました。1790年創業、200年余りの伝統を誇る綾菊酒造は「国重」「綾菊」などの醸造元で、「国重」は全国新酒鑑評会で13年連続金賞を受賞しています。経営者の高齢化が進む一方で、後継者が不在で存続の危機にあった綾菊酒造は、酒類関連の幅広い事業を展開する株式会社飯田とのM&Aを行いました。その結果、綾菊酒造は綾菊ブランドを失うことなく、経営を再建することができたのです。
6.株式会社SAKEアソシエイツ
旧・株式会社田中文悟商店は、兵庫県神戸市の阪神酒販売株式会社のグループ会社です。2018年3月に名称変更をし、株式会社SAKEアソシエイツとなりました。田中文悟商店で代表取締役社長を務めていた田中文悟氏は「酒作という日本の伝統文化を正しく継承させる」をモットーに、阿桜酒造株式会社や富士高砂株式会社などの酒蔵を中心とした企業のM&Aを行いました。グループ内で資材の共有や米の仕入れを一緒に行えるため、経費を抑えることができるようになりました。また、蔵同士の情報共有が活発化されるなど、人材間の連携も可能となっているということです。
7.瀬戸酒造店
2017年6月、株式会社オリエンタルコンサルタンツは神奈川県開成町にある慶応元(1865)年創業の酒蔵「瀬戸酒造店」の全株式を取得して子会社化しました。瀬戸酒造店は、最盛期には600石を製造していた神奈川県内の老舗の造り酒屋でしたが、蔵人を集めることが難しくなり、1980年に自家醸造を断念していました。オリエンタルコンサルタンツは、開成町の活性化を支援する事業を進める中で、瀬戸酒造の再生を決めました。今後は地域住民や開成町と連携し、事業の展開を図っていきます。
8.株式会社CLEAR
日本酒専門メディア「SAKETIMES」(サケタイムズ)を運営するClearは、1965年創業の老舗酒屋有限会社川勇商店(世田谷区)を完全子会社化しました。このM&Aの目的の一つとして、川勇商店の保持する「酒類小売業免許」にありました。国内でお酒を販売する場合、免許が必要となります。川勇商店の保持する酒類小売業免許には小売業において販売する酒の種類に特に制限がありません。(この免許は1989年5月以前に発行されていたもので、現在は新規で取得することができません)そのため、M&Aを行った後、Clearは幅広く事業を展開していくことが可能となりました。
また同社はM&Aを機にオリジナルの日本酒開発を行い、2018年7月よりスタートした高価格帯の日本酒に特化したサイト「SAKE100」で販売を行っています。「SAKE100」が扱うのはすべてオリジナル商品で、代表の生駒龍史氏は「唯一無二のものであるかどうか」を重視し、「少数精鋭の高品質なラインナップにする」と話しています。
日本酒業界の今後
世界中での日本酒ブームに伴い、関連するさまざまな新しいサービスも生まれています。新しい取り組みや海外展開を行うことで、多くの企業が差別化を図っています。しかしながら、日本酒の消費量の減少や高齢化が加速する現在、日本酒業界の酒蔵の減少や従業員の高齢化などが問題視されています。業界の継続的な成長のためには、M&Aなどによって日本の伝統産業を次の世代に承継し、時代の変化に沿って更なる発展を目指す必要があります。
1.パ酒ポート
パ酒ポートとは、日本酒やワイナリー、ブルワリー、ウイスキー醸造所、焼酎醸造所などを巡ると、たくさんの特典が受けられる大人のスタンプラリー帳のことです。地域を活性化するコンテンツの一つとなっています。これは、北海道のJTBが道内のお酒業界全体を盛り上げようという目的で始めました。パ酒ポート発行後には、休日のお手軽な過ごし方としてこのスタンプラリーに着目した人もいます。北海道に新たな人の流れが生まれ、各地に人と人との交流が生まれ、地域に経済効果が出ているそうです。
2.ミス日本酒(MISS SAKE)
ミス日本酒(Miss SAKE)は、伝統ある日本酒と日本文化の魅力を日本国内外に発信する美意識と知性を身につけたアンバサダーを選出する目的で、一般社団法人ミス日本酒が主催しています。外務省、農林水産省、国税庁、観光庁、日本酒造組合中央会等の後援のもと、2013年9月よりスタートしました。
2013年10月には「初代ミス日本酒Miss SAKE」が決定し、日本国内だけでなく、ハワイ、ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、バルセロナ、シドニー、香港など世界各国において、日本酒を切り口にした日本の食や文化に関する啓発や、日本への観光誘致活動を年間400件以上行っています。主な活動内容は、日本酒および日本の魅力を伝える事業、地域の食・農産業に関する事業、日本の伝統文化に関する事業です。
「2018 ミス日本酒(Miss SAKE)」が、内閣官房東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部が進める「beyond2020プログラム」に認証されました。今後さらに日本酒の人気が高まると言え、日本酒の海外進出も加速していくことでしょう。
【専門家によるコメント】
日本酒業界のM&Aはこれからどんどん伸びると予測しています。日本酒の消費量が年々減少しているため、それに伴い酒蔵の数も減少傾向にあります。
特に地方の場合、酒蔵を個人で経営していることが多いです。大手の企業は個人で経営している酒蔵と比べて、1回に仕入れるお米の量が多いため、その分安く仕入れることができます。今回紹介した事例のように、営業力がある企業とM&Aを行うことにより、独自のブランドや、築き上げた伝統をより多くの人に届けることが可能となります。そのため、M&Aを行うことによって企業を存続できると同時に、販路の拡大を狙うことができます。
インターネット通信最大手として知られている「アマゾンジャパン」が、酒蔵を譲受けたことによりお酒の直接販売を始めました。今回の事例でも紹介しましたが、国内で酒類を販売するためには免許が必要となります。アマゾンジャパンは、その免許を目的に酒蔵を譲受けました。その結果、アマゾンジャパンはお酒を販売することができ、譲渡企業は伝統や従業員の雇用を守ることができました。日本酒業界においてこのような事例は、今後もますます増加すると考えられます。
まとめ
世界中で日本酒ブームが到来しており、日本酒の海外進出も積極的に行われています。しかしながら、この背景に日本酒を製造する酒蔵が廃業という選択肢を迫られているということは強固な事実です。近年、何百年もの歴史に幕を閉じる酒蔵が急増し、日本酒業界は事業者や酒蔵の減少、従業員の高齢化や事業承継問題など、多くの問題を抱えています。多くの酒蔵が廃業を余儀なくされる中、M&Aはこれらの問題を解決する一つの手段と成り得るのではないでしょうか。加えて日本酒業界のM&Aは日本から世界に進出し、新たに事業を展開させるための武器にもなり得ます。日本酒ブームが加速していくなか、日本の伝統産業をどのように守っていくのかという点にも注目が集まっています。