人材業界は、人材派遣業や人材紹介業、求人広告業、人材コンサルティング業など、人材に関する幅広いサービスを提供する業界です。中でも、人材派遣業と人材紹介業の売上が主なものとなっています。
厚生労働省が発表した労働派遣事業報告書によると、2016年度の人材派遣業界の年間売上高は6兆5,798億円となり、リーマンショック以降では最高の数値となりました。また同省が発表している職業紹介事業報告書によると、2016年度の人材紹介業の年間売上高は約3,876億円となっていて、こちらもリーマンショック後、最高となりました。
これらの背景には多くの会社の人手不足があり、2016年度12月の有効求人倍率は1.43倍と、バブル期のピークである1990年7月の1.46倍に近づく高い倍率となっています。
また、2020年の東京オリンピックによる建設需要の増加やIT人材の需要の増加により、今後も人材不足が加速し、より人材派遣や人材紹介業界が成長していくと予測されています。
本記事では、人材業界の定義や動向を簡単に紹介した上で、人材業界で行われたM&Aの事例について、業界大手の事例や2019年度に実施された事例、注目の事例などをご紹介したいと思います。
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目次
人材業界の定義と業界動向とは?
人材派遣業の定義と動向
人材派遣業とは、厚生労働省の許可を受けて求職者(派遣社員)を求人者(派遣先企業)に派遣する業態のことを指します。
人材派遣業界の動向として、2008年までは規制緩和や少子化、若年女性の人材不足などを背景に需要が増大し、急成長を遂げました。2008年度の人材派遣市場全体の売上は過去最大の7兆7,892億円となっており、2003年度の売上の3倍以上になっています。しかし、2008年秋のリーマンショックを皮切りに景気が後退し、雇用環境が悪化して大きく売上が落ち込んだ他、派遣先企業が契約満了前に一方的に派遣契約を打ち切る問題、いわゆる「派遣切り」が社会問題となりました。
2013年頃からアベノミクス等の影響による国内景気の回復によって、徐々に市場は堅調さを取り戻してきました。また、近年は国内の労働人口の減少や企業の事業拡大により様々な業界で慢性的な人材不足となっており、人材業界の需要は高まっていくと考えられます。
人材紹介業の定義と動向
人材紹介業とは、求人および求職の申し込みを受けて、求人者と求職者の間における雇用関係の成立をあっせんする事業のことです。その中でも紹介手数料を受け取る有料職業紹介事業者のことを人材紹介業とよびます。
人材派遣業と人材紹介業の違いとしては、求職者の雇用契約先が異なります。人材紹介業では求職者は就業先の会社と雇用契約を結びますが、人材派遣業では派遣する会社との間で雇用契約を結び、給与も派遣する会社から支払われるという点で違いがあります。
人材紹介業界も人材派遣業界と同様に、近年は景気回復や、IT人材、グローバル人材の需要の活発化などを背景として市場規模が拡大しています。しかし、2020年以降は将来の見通しが不透明になる中で、採用を控える会社が増えることが懸念されています。
人材業界の大手企業による5年以内のM&A事例3選
1.株式会社リクルートホールディングスによる米GLASSDOOR社のM&A
2018年6月、株式会社リクルートホールディングスは、求人関連の口コミサイトを運営するアメリカのGlassdoor社を12億米ドル(約1,360億円,2018年11月時点のレートで換算)でM&Aを行いました。
2012年に買収したIndeed社の求人サービス「Indeed」と組み合わせることで、より充実したHRサービスの提供を目指すとしています。具体的には、従来の求人サイトの情報に求職者の口コミ情報を加えていくことにより、オンラインHR領域におけるポジションをより確固たるものにすることが目的です。
2.テンプホールディングス株式会社(現パーソルホールディングス株式会社)による株式会社インテリジェンスホールディングスの子会社化
2013年4月、総合人材サービスを提供するテンプホールディングス株式会社は、同じく幅広い人材サービスを手がける株式会社インテリジェンスホールディングスを約510億円で子会社化しました。
テンプホールディングスは、自社が持つ豊富な求職者情報とインテリジェンスの持つ人材紹介サービスの「DODA」や求人情報サービス「an」といった強いブランドが結びつくことで、多様化する会社や求職者のニーズに応えることが可能になるとしてM&Aを行いました。
テンプホールディングスはこの他にも多くの買収を行っており、M&Aが成長戦略の一端を担っています。その結果、2008年創業にも関わらず、人材業界において現在はリクルートホールディングスに続く業界2位の売上を誇っており、今後もM&Aを通じて事業基盤強化及びサービス領域の拡大を行っていくとしています。
3.株式会社パソナグループによるNTTグループ人材会社の子会社化
人材業界第3位の株式会社パソナグループは、2017年8月、NTTグループの人材サービス会社であるNTTヒューマンソリューションズ株式会社とテルウェル・ジョブサポート株式会社を子会社化しました。この他にも、NTTグループ4社の人材派遣事業を譲り受けており、買収価額は総額約54億円にものぼります。
今回の買収でパソナグループは、NTTグループ内の人材紹介会社と人材派遣事業が持つ、高い信頼と認知度を活用して地方圏での営業を強化することを図っています。また、NTTグループ内の企業に対する業務の委託や請負、教育、研修などのサービス提供の拡大を狙いとしています。
人材業界2019年のM&A事例3選
1.株式会社マイナビによる株式会社ブレイブの子会社化
2019年2月、株式会社マイナビは、人材派遣業を行う株式会社ブレイブを子会社化しました。
マイナビは新卒採用サイトの「マイナビ」をはじめ、アルバイト求人サイトの「マイナビバイト」、人材紹介サービスの「マイナビAGENT」など、人材領域で幅広いサービスを提供しています。
一方ブレイブは介護士や看護師の人材派遣サービスを中心に行っており、全国に18拠点、約2,300人の稼働スタッフを持っています。
高齢社会となる中で、介護業界では人手不足が深刻な問題となっていて、今後より加速すると予測されています。また、介護業界では、直接雇用と比較して、就業日数や勤務時間の選択肢の多さ、高時給などの条件面でメリットがある派遣雇用を選択する求職者も多く存在し、より介護派遣市場は成長すると見込まれます。
そのような状況の中、マイナビはブレイブを子会社化することで、今後成長が見込まれる介護派遣市場に参入し、人材サービス企業としての総合力の強化を目指しています。またブレイブも、マイナビグループに入ることで、採用力の強化や拠点の拡大に繋がるとしています。
2.株式会社ウィルグループによるU&U HOLDINGS PTY LTDの子会社化
2019年4月、株式会社ウィルグループはシンガポールの子会社のWILL GROUP Asia Pacific Pte. Ltd.を通して、オーストラリアのu&u Holdings Pty Ltdの株式を60%を取得して子会社化しました。また、同時にu&u Holdingsの連結子会社のu&u NSW Pty Ltdの株式の19%も取得しています。
ウィルグループは国内外で人材派遣、業務請負、人材紹介事業などを展開していて、近年では海外展開も積極的に行っています。またu&uは、エグゼクティブサーチ(ヘッドハンティング)、IT、経理・ファイナンス、ヒューマンリソースなどの12分野で人材紹介や人材派遣事業を行っています。
ウィルグループは、中期経営計画「Will Vision 2020」において海外HR事業の強化を掲げていて、このM&Aはオセアニア地域での人材サービス事業の強化を目的に行われました。
3.エンジャパン株式会社による株式会社JAPANWORKの子会社化
2019年7月、エンジャパン株式会社は株式会社JapanWorkの発行済株式のうち51%を取得して子会社化しました。また、2022年までに、株式交換の手法を用いて残りの株式を取得する予定です。
エンジャパンは、「エン転職」をはじめとする求人、求職サービスサイトの運営や、人材紹介事業を行なっている会社です。
JapanWorkは、外国人向け求人一括サイトの「JapanWork」を運営しています。また、日本に住む外国人向けに、AI(人工知能)が最適な仕事情報を提供し、面接から採用まで、困ったことをチャットで問い合わせられる「チャットコンシェルジュサービス」も提供しています。
エンジャパンは、中期経営計画において、新たな成長戦略としてテクノロジー分野におけるM&Aの強化を掲げています。
飲食業界や宿泊業界では慢性的な人手不足が問題となり、また2019年に改正出入国管理法が施行されたことで、今後外国人労働者市場がより成長すると見込まれています。今回のM&Aにより、エンジャパンは外国人労働者事業を通じて、より企業価値向上につなげるとしています。
人材派遣・人材紹介会社による異業種のM&A事例4選
近年、人材派遣業界のM&Aの中には異業種の会社を譲受する事例が見受けられます。ここでは、M&Aを用いた人材派遣業界の会社の異業種への参入事例を3つご紹介します。
1.株式会社フルキャストホールディングスによる家事代行サービスのミニメイド・サービス株式会社の子会社化
2018年8月、短期間での人材派遣を強みとしている株式会社フルキャストホールディングスは、日本初の家事代行サービスの認証を受けた事業者であるミニメイド・サービス株
式会社を子会社化しました。
フルキャストホールディングスは軽作業におけるサービス提供を行う人材派遣領域を得意としており、家事代行サービスとの相関性が高く、シナジー効果が見込めると判断して子会社化に踏み切りました。
▷関連記事:譲渡企業側こそ意識しよう。企業選定で欠かせないポイント「シナジー効果」とは
2.株式会社エクストリームによる株式会社EPARKテクノロジーズの第三者割当増資引受 による子会社化
2018年5月、WEBサービス事業者などへ向けた技術社員の派遣事業を行う株式会社エクストリームが、順番予約サイト「EPARK(イーパーク)」の運営などを手がける株式会社EPARKテクノロジーズを第三者割当増資引受によって子会社化しました。
株式会社エクストリームは、一般消費者に身近な順番予約サービスの開発業務に関わることで、技術人材採用において訴求力及び採用力の強化や、継続的に技術社員を採用することで人材ソリューションサービスの事業規模の拡大が期待できるとして子会社化を行いました。
3.株式会社ワールドホールディングスによる西肥情報サービス株式会社の子会社化
2018年2月、研究者の派遣を行う株式会社ワールドホールディングスが、子会社である株式会社ワールドインテックを通じて、路線バスの運行システムの開発、保守を長年手がけてきた西肥情報サービス株式会社を子会社化しました。
西肥情報サービスは特にシステム開発において高い技術力を持ち、官公庁や大学等の案件を数多く手掛けています。ワールドホールディングスは西肥情報サービスの高い技術力とワールドインテックの動員力を融合することで、大きな事業成長の可能性を有するとしています。
4.株式会社クイックによる株式会社クロノスの子会社化
2019年10月、株式会社クイックは株式会社クロノスの株式のうち90.79%を追加取得して、全株式を取得することで完全子会社化しました。
クイックは、人材紹介を中心とした人材サービス事業や、求人広告を取り扱うリクルーティング事業を中核にさまざまな事業を行っています。クロノスは、2002年に創業し、システム開発事業と教育事業を中心に事業を展開しています。
クロノスは、近年、AI関連のシステム開発や導入支援を積極的に行っていて、またAI分野のエンジニアの育成研修にも注力しています。クイックが持つ人材サービスのノウハウと、クロノスが持つIT・AI分野のテクノロジーを活用して顧客企業の人手不足の解消やIT化推進を支援していくとしています。
人材業界におけるM&A活用のメリット
人材業界において行われるM&Aには、譲渡企業、譲受企業それぞれにとって以下のようなメリットがあります。
譲渡企業のメリット
・大手企業の研修を活用できることもあり、派遣社員への教育体制を強化できる
・大手グループ傘下に入ることで、経営基盤を強化できる
・後継者問題を解決できる
譲受企業のメリット
・登録数が増えることで、求職者と求人者のマッチングがしやすくなる
・高い専門性を持った派遣人材を確保できる
・在庫がなく、利益率が高い人材紹介事業を獲得できる
・事業規模の拡大とスケールメリットの享受が可能になる
専門家からのコメント
人材派遣業は設備投資が不要であるため、資産の多くが現金という特徴があります。現金を内部留保するよりも投資をしたいと考える経営者や株主が多く、M&Aは投資先の1つとして活用されています。多くの場合、同業を子会社化して派遣先のエリア拡大と職種の補完を行うことが一般的ですが、異業種や派遣先企業を子会社化する事例も増えています。一方で、人材派遣業は資産が明確であることから譲受企業からの需要も高く、人材派遣業界は長年M&Aが活発に行われてきた業界です。
人材派遣業界の今後の課題としては①ロボットやAIの技術の進展による単純作業の代替、②海外からの人材の流入、③無期転換ルールへの対応、が挙げられます。
①については、将来的に事務作業や製造業の仕事など、単純作業や危険な作業はロボットやAIに代替されると予想されているため、これらの人材に特化した派遣会社は厳しい状況に置かれる可能性が高いです。一方でソフトウェアの開発業務や、アナウンサーといった専門26業種に代表される「人だけができる仕事」への需要がより高まってくると考えられます。専門職の人材を派遣する事業は今後も売上の確保が見込め、M&Aもより活発化していくことが予想されます。
②に関して、近年人材を確保することを目的として海外進出を図る企業も増えています。人件費が安い東南アジア、その中でも人口の多いインドネシアやベトナムなどが特に注目されており、効率的に人材を確保するために海外の専門学校や日本語学校などを子会社化する会社も出てきています。
最後に③についてですが、2018年から全ての業種において、派遣社員が同じ派遣先で働ける期間の上限を3年とする「3年ルール」や、同じ派遣元会社で働ける期間を5年に定めた「5年ルール」が適用されるようになりました。これらのルールにより定期的に新しい人材を確保する必要が出てくるため、優秀な人材の獲得競争の過熱が予想されます。
以上のような課題がある中、業界全体として業績好調という訳ではなく、事業所数が増えている一方で、業界全体の売上があまり変動していないという事実もあります。むしろ業界の景気が良くないからこそ、将来を見据えた投資としてM&Aが活発に行われており、今後もこの傾向は続いていくと考えられます。
まとめ
2018年時点で、国内では多くの企業において人材不足が問題となっていることから、人材派遣に対する需要が伸びており、人材派遣業界は業績が上昇傾向にあります。派遣事業の拡大や、派遣業種の多様化を図る目的のM&Aだけでなく、海外進出を目的としたM&Aや、人材サービスとのシナジー効果に期待した異業種へのM&Aも見られます。このように今ある事業の拡大だけでなく、今後も見据えた事業展開を考え、目的に合ったM&Aを行っていくことが大切となるでしょう。