出版業界の調査研究機関である全国出版協会・出版科学研究所の調査によると、2018年の紙と電子を合わせた出版業界の市場規模は、前年比3.2%減の約1兆5,400億円でした。
出版の媒体別にみると、紙媒体の市場は5.7%減の1兆2,921億円、電子の市場は11.9%増の2,479億円となりました。依然として紙市場が大きな割合を占めていますが、減少傾向は変わらず、電子書籍市場の拡大は今後さらに進むと考えられます。
本記事では出版業界の現状や最新の業界動向を説明したうえで、出版業界で行われたM&Aの事例について紹介します。
▷関連記事:M&Aとは?M&Aの目的、手法、メリットと手続きの流れ
企業価値100億円の企業の条件とは
・企業価値10億円と100億円の算出ロジックの違い
・業種ごとのEBITDA倍率の参考例
・企業価値100億円に到達するための条件
自社の成長を加速させたい方は是非ご一読ください!
出版業界の現状と市場動向
出版業とは、販売・頒布する目的で文書や図面を複製し、書籍、雑誌、電子媒体などの形態で発行することを指し、業界の市場規模は紙媒体と電子媒体の2つの販売額を合わせて算出されます。
紙媒体は1996年をピークに減少傾向が続き、2018年は書籍が2.3%減、雑誌が9.4%減と、前年と比べて1桁台の減少でした。市場縮小の一途をたどっており、今後の成長を見込むことは難しいと見られています。
一方で、電子媒体の成長は続き、2018年は雑誌が9.8%減となりましたが、コミックは14.8%増、書籍においても10.7%増と伸長しています。
また、電子コミックとは別に、インターネット上で無料で読めるアプリやサービスの利用も拡大し続けています。今までになかったインターネットを通した新たなサービスの拡大とともに、業界構造の変化への対応を求められています。
このような状況に対して、漫画を日本の文化、いわゆるクールジャパン*1のひとつのコンテンツとして海外に発信するなど、出版各社は積極的な海外展開に動いています。
業界全体として純粋な紙媒体のみで、事業を続けていくことは厳しいと認識し、各社対応をしています。
*1 クールジャパン:世界から「クール(かっこいい)」と捉えられる(その可能性のあるものを含む)日本の「魅力」。
出版業界のM&A動向
出版業界では、後継者不在の企業の増加や紙媒体の市場縮小による業界構造の変化などによって、M&Aによる業界再編が加速しています。
日本の多くの中小企業が抱える後継者問題は出版業界においても進んでいて、事業継続のためのM&Aは増加しています。
また、すでに後継者がいる企業も、市場の縮小による業界再編に対応するため、より資本の大きな会社の傘下に入ることも、経営戦略として有効であると考えている企業は増加しています。
一方、大手企業においても市場縮小、業界再編への対応を求められ、M&Aによってコンテンツ制作から販売までを自社で一貫して手掛けられる体制を作り、中間コストの削減を狙うといった動きもあります。
▷関連記事:M&Aにおける買い手の狙いは?目的・メリット・成功事例を紹介
電子化への対応を目的としたM&A事例2選
1.株式会社メディアドゥホールディングスによる株式会社出版デジタル機構の子会社化
2017年2月、株式会社メディアドゥホールディングスは株式会社出版デジタル機構の株式を取得し子会社化しました。
メディアドゥホールディングスは電子書籍流通事業とメディア・プロモーション事業を展開している大手の電子書籍の取次企業です。
出版デジタル機構は電子出版ビジネスの支援を目的に2012年に設立されました。その後、電子コンテンツ流通大手の株式会社ビットウェイを買収・統合し、電子取次事業に進出しました。
メディアドゥはコミックを中心としたコンテンツや電子書店向けのサービスパッケージを得意としていて、テキストコンテンツを中心に展開する出版デジタル機構と事業を行うことで、シナジー効果を期待できるとしています。
2.株式会社富士山マガジンサービスによる103R株式会社の子会社化
2018年11月、株式会社富士山マガジンサービスは、103R株式会社の株式を第三者割当増資によって取得し、子会社化しました。
富士山マガジンサービスは、雑誌・定期購読のサービスに特化したオンライン書店「Fujisan.co.jp」を運営している会社です。
103Rは、企業・団体がリアルタイムでメディア担当者や、プロモーターと情報共有できるプラットフォーム「メディキュレ」や、WEB動画メディア「マガジンサミット」「カバーガールTV」の運営、テレビ番組制作、オウンドメディア構築・運営支援などを手掛けています。
富士山マガジンサービスと103Rは「マガジンサミット」や「カバーガールTV」の運営などを共同で行っていましたが、富士山マガジンサービスの経営戦略のひとつである雑誌のデジタル化、WEBメディア化による出版社のオウンドメディア化支援を加速させるために、第三者割当増資を用いて連結子会社化しました。
異業種によるM&A事例2選
3.日本BS放送株式会社による株式会社国土社と株式会社理論社の子会社化
2018年1月、日本BS放送株式会社は株式会社国土社と株式会社理論社の全株式を取得し、完全子会社化しました。
日本BS放送は、BSデジタル放送を行っている衛星基幹放送事業者です。地上波とは異なる放送コスト構造により、低コストで広告を全国に放送可能なことや、独自のコンテンツ作成などで収益を伸ばし続けています。
国土社は主に、児童向けに児童図書や教育図書を出版しています。1998年8月期の売上高は約11億9,000万円でした。しかし、近年は出版不況や少子化の影響を受けて、14年12月期の売上高は約3億円に減少していました。2015年には自力再建での業績回復の目途が立たず、東京地裁に民事再生法の適用を申請していました。
理論社も主に児童向けに児童図書や教育図書を出版している会社です。学校図書館などへの販売搬入で業績をあげてきました。しかし、少子化の影響により市場が落ち込み、2010年には負債総額22億を抱えて東京地裁に民事再生法の適用を申請していました。
日本BS放送は、2社ともに負債を抱えながらも、それぞれが持つ児童向け図書を優良コンテンツと捉え、買収を行いました。日本BS放送グループの出版事業を担う企業として成長・発展させることにより、事業基盤の拡大と多角化を目的としています。
4.図書印刷株式会社による株式会社桐原書店の子会社化
2017年10月、図書印刷株式会社は株式会社桐原書店の株式を取得し子会社化しました。
図書印刷は、製版や印刷、製本、マーケティング、教育と幅広く事業を行っている会社です。
桐原書店は高等学校向け英語、国語検定教科書、学習参考書などの企画、出版を行っています。その他にも、語学留学、デジタル教材、小論文事業などを展開しています。
今回の子会社化は、桐原書店の持つ教科書、教材の編集、制作ノウハウを活かして、図書印刷の子会社で小・中学生向けの教科書や教材を発行している学校図書株式会社とのシナジー効果を期待したものになります。
図書印刷は2018年1月には、学校図書株式会社および桐原書店の持株会社として、株式会社KGエデュケーションホールディングスを設立しました。今後は、両社の持つ教育事業の幅広さを活かして、更なる事業強化を目的としています。
事業強化、事業拡大を目的としたM&A事例4選
5.カルチュア・エンタテインメント株式会社による株式会社主婦の友社の子会社化
2017年12月、カルチュア・エンタテインメント株式会社は、株式会社主婦の友社の全株式を大日本印刷株式会社より取得し子会社化しました。
カルチュア・エンタテインメントは、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)グループにおいて、出版や映像、音楽などエンターテインメント分野やライフスタイル分野における企画・制作を主な事業としています。
また、CCCグループとしては「TSUTAYA」や「蔦屋書店」といった店舗の運営や、「Tポイント」のデータベース事業を中心に、様々な領域におけるサービス展開をしています。
主婦の友社は、料理、育児、ファッションなどに関する雑誌、書籍を発行する出版社です。近年は、「Ray」や「mina」などの女性向けにファッションカルチャーの提案や、ライトノベルのレーベルとしてヒーロー文庫を創刊するなど、幅広い読者層へ向けたライフスタイル提案を行っています。
このM&Aの目的は、ひとつは主に女性向けに魅力的なライフスタイルの提案を強みとする主婦の友社を子会社化することで、主婦の友社が培ってきたノウハウや取引先、読者との信頼関係を活かしながら、カルチュア・エンタテインメントの持つグループリソースを組み合わせて、顧客への提案の幅を広げることです。
この書店事業の強化の背景には、DVDなどのレンタル店の運営状況が芳しくないことがあります。映像配信サービスの普及とともにレンタル店の業績は落ち、閉店を余儀なくされている店舗もあります。
6.株式会社KADOKAWAによる株式会社ドワンゴの子会社化
2019年4月、株式会社KADOKAWAは、株式会社ドワンゴを子会社化しました。
KADOKAWAは、出版事業の他にも映像やゲーム、ウェブサービスなどを行う会社です。「角川書店」や「アスキーメディアワークス」などのブランドを持ち、50社にものぼる子会社が出版やエンタメなどそれぞれの部門に別れ、グループ会社としての形をとっています。
ドワンゴは、多彩なデジタルコンテンツやサービスを展開しているインターネットの総合エンタテインメント企業です。動画サービス「ニコニコ動画」「ニコニコ生放送」をはじめ、ゲームの企画開発・販売、「超会議」や「闘会議」などイベントの企画・運営、VRや教育サービスの企画制作、音楽配信コンテンツなどを提供しています。
もともと、KADOKAWA、ドワンゴはともにカドカワ株式会社の子会社でした。今回の買収によりカドカワを親会社、KADOKAWAを子会社、ドワンゴが孫会社とする組織再編を行いました。
この再編の背景には、ドワンゴが展開しているWebサービス事業の業績の低迷が挙げられます。KADOKAWAの主要な事業領域である、出版や映像・ゲーム領域は好調を維持しているのに対して、「ニコニコ動画」などの動画サービスを中心としたコンテンツにおいては、近しい事業領域を扱う競合が増えたため、見込んだほどの業績にはなっていませ
ん。
そこで、業績改善のための組織再編を行うために、ドワンゴをKADOKAWAの子会社化し、取締役などの人事を大幅に刷新することで収益向上を図りました。
7.株式会社講談社による株式会社一迅社の子会社化
2016年10月、株式会社講談社は株式会社一迅社の全株式を取得し完全子会社化しました。
講談社は、「週刊少年マガジン」や「ViVi」「FRIDAY」などの雑誌や、「講談社文庫」や「青い鳥文庫」などの書籍といった多くの人気コンテンツを持つ大手出版社です。近年では、出版事業だけにとどまらず海外事業や電子書籍事業、ドラマや映画、アニメなどのコンテンツ展開の幅を広げています。
一迅社は、「ヲタクに恋は難しい」「最遊記 RELOAD BLAST」などのコミック作品、漫画雑誌、ライトノベルスを刊行する出版社です。女性向け漫画雑誌やゲーム・アニメの関連書籍がコンテンツの多くを占めます。
今回の買収は、一迅社が持つ独自性のあるコミックやライトノベルスなどのジャンルにおいて、講談社としては顧客の増加が見込める点、一迅社においては、講談社が持つ電子書籍や海外展開などのノウハウの活用が見込める点で、両社が強みを活かし更なる事業強化を目的としたM&Aです。
8.株式会社フレーベル館による株式会社JULA出版局の子会社化
2019年4月、株式会社フレーベル館は株式会社JULA出版局の株式を100%取得し完全子会社化しました。
フレーベル館は、児童書を中心とした出版を行っている会社です。「アンパンマン」や「ウォーリーをさがせ!」などのコンテンツを有しており、遊具や教材の販売も行っています。
JULA出版局は童謡詩人「金子みすゞ」のコンテンツや、ロングセラー絵本「プータンシリーズ」、しかけ絵本などを1982年より36年間出版し続けてきました。特に小学校の教科書などでも扱われる金子みすゞの詩は、JULA出版局が出版した「金子みすゞ全集」が初出であり、全国に根強い人気を持っています。
今回の子会社化はお互い児童書を扱う親和性の高さと、金子みすゞという大きなコンテンツを吸収することで、貴重な文化的な遺産を後世に残すことや更なる業容拡大を目的としたものになります。
まとめ
出版業界では、さまざまな目的でM&Aが行われています。紙媒体から電子書籍への移行や、コンテンツの多様化による業界再編の動きもあるため、慎重にM&Aの実施時期を検討する必要があります。
また、クールジャパンのひとつとして漫画などを積極的に海外に輸出し、盛り上げていく流れもあり、海外展開も視野にしたM&Aが増加するでしょう。
出版業界のM&Aは、譲渡企業・譲受企業の双方に大きなメリットがあります。M&Aの相手やタイミングについては、M&Aアドバイザーなどの専門家を交えて検討することをお勧めします。