昨今、印刷業界は変革の時代を迎えています。インターネットの普及によるメディアの多様化により、紙媒体への需要が減っていることが大きな要因です。
このような状況を受け、大手印刷会社は積極的に海外進出を行ったり、印刷領域以外に拡大した事業展開を行ったりすることによって、時代の変化に対応しようとしています。
本記事では、印刷業界の現状や市場動向について解説したうえで、印刷業界で実際に行われたM&Aの事例について紹介していきます。
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目次
印刷業界の現状と市場動向
印刷業界は主に書籍や雑誌などを扱う「出版印刷」と、カタログやチラシなどを印刷する「商業印刷」に分かれます。出版印刷、商業印刷ともにインターネットの普及に伴うデジタル化により市場は縮小傾向にあります。
2019年8月に経済産業省が発表した調査結果によると、印刷業界の2017年の製品出荷額は5兆2,378億円でした。10年前の2007年は7兆1,417億円だったため、この10年間で1兆9,039億円の減少となりました。
割合にして27%の減少となり、他の業界と比べても落ち込みが顕著です。今後もこの減少傾向は続くと考えられるため、印刷会社は売上を維持、向上する努力が求められています。
そこで、業界大手各社は対策の一環として海外進出を積極的に行っています。特に、近年はアジア地域での事業拡大を目指しています。
また、印刷事業以外の新たな分野での収益モデルを確立しようとする動きもあり、各社積極的に業容の拡大を進めている業界でもあります。
印刷業界のM&A動向
ステップ1:M&A対象企業の選定
近年、印刷業界ではM&Aが活発化しています。その理由のひとつに、業界最大手である凸版印刷株式会社と大日本印刷株式会社が印刷業だけにとどまらず、海外企業の買収などを通して幅広い事業を展開しようとしていることがあげられます。
この大手2社にとどまらず、印刷業界全般で海外進出も積極的に行われていることもあり、各社新たな市場の獲得に注力しています。
既存の印刷事業だけでは、今後の収益向上に期待できないことを各社共通で認識していて、それに伴って、電子書籍への対応や事業の多角化のためのM&A事例が増えています。
海外企業とのM&A事例4選
1.凸版印刷株式会社によるスペインのDECOTEC PRINTING, S.A.U.の子会社化
2017年9月に、凸版印刷株式会社の現地法人であるTOPPAN EUROPE GmbHは、スペインのDECOTEC PRINTING, S.A.U.(以下、DECOTEC PRINTING)の株式を過半数取得し子会化しました。
凸版印刷は191社のグループ企業を持つ、日本最大級の印刷会社です。2019年3月期の連結売上高は1兆4,647億円にのぼります。国内のみならず海外にも拠点を持ち、アジア、欧州、北米、中東、南米、オセアニアとグローバルに事業を展開してます。
DECOTEC PRINTINGは、スペインのカタルーニャ州にある建装材メーカーです。1997年に創業し、家具や床への装飾用の印刷紙の製造を行っています。
今回の買収により、凸版印刷は欧州における初の製造拠点を手に入れました。1998年にアメリカのジョージア州に北米初の製造拠点を設けて以来、積極的に海外での製造、販売体制を強化してきており、2019年の12月にはドイツのInterprint社を完全子会社化予定であるなど、海外での更なる事業の拡大を図っています。
また、凸版印刷はグループ会社を通して印刷事業以外のさまざまな事業に取り組んでいます。事業内容は人材派遣や保険、スクール事業など多岐に渡り、M&Aを積極的に行うことでグループ会社を増やしています。今後も事業拡大のために、印刷業以外の分野や海外展開に向けて、M&Aをすることが予想されます。
2.共同印刷株式会社によるインドネシアのPT ARISU GRAPHIC PRIMAの子会社化
2017年4月、共同印刷株式会社はインドネシアのPT Arisu Graphic Primaの株式を取得し子会社化しました。
共同印刷は、雑誌、書籍などの出版印刷やカタログ、カレンダーなどの商業印刷を製造、営業する情報メディア事業部の他にも、高機能フィルムなどの医薬、産業資材、建材などの製造など多岐に渡る事業を行っている会社です。
PT Arisu Graphic Primaは、インドネシアでフレキソ印刷*1を行っている会社です。歯磨き粉や食品、薬品などの容器として使われるラミネートチューブの製造を行っています。
共同印刷は、さまざまある事業のうちのひとつとして、化粧品向けラミネートチューブ事業の拡大に取り組んでいました。今回の子会社化は、インドネシアなどの東南アジア市場での積極的な市場拡大を目指して行われました。
*1フレキソ印刷:主に水性インキとゴム・樹脂などの弾性物質でできた版を用いる凸版印刷方式
3.朝日印刷株式会社によるマレーシアのHARLEIGH(MALAYSIA) SDN.BHD.とSHIN-NIPPON INDUSTRIES SDN.BHD.の子会社化
2019年8月、朝日印刷株式会社はマレーシアのHarleigh(Malaysia)Sdn.Bhd.(以下、HL社)およびShin-Nippon Industries Sdn.Bhd.(以下、SN社)の各々の株式を65.0%取得し、子会社化しました。
朝日印刷は、医薬品や化粧品の包材であるパッケージや添付文書、ラベルなどの製造、販売といった印刷包材事業および包装システムの販売事業を中核に行っている会社です。
HL社およびSN社は、マレーシアに製造拠点を持つ会社です。同国における医薬品市場において、パイオニア的な存在として国内外に強固な顧客基盤を持っていることが特徴です。
朝日印刷はASEANを中心とした販売・製造拠点の確立、人材交流などを通じた人財の育成などを目的に行いました。
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4.株式会社小森コーポレーションによるインドのINSIGHT COMMUNICATION AND PRINT SOLUTION INDIA社の子会社化
2018年2月、株式会社小森コーポレーションはインドのInsight Communication and Print Solution Indiaの株式を取得し、子会社化しました。
小森コーポレーションは、主にオフセット印刷機やデジタル印刷機を含む多種多様な印刷機を製造、販売する印刷機械メーカーです。1923年の創業以来、1982年のアメリカ進出を皮切りに、積極的な海外展開も行いながら事業の強化、拡大を行ってきました。
Insight Communication and Print Solution Indiaは、インドのデリーを拠点として小森コーポレーションの販売代理を行っています。同社の印刷機械を中心に、インドにおける直近3年間のオフセット印刷機の台数において、最大の市場シェアを獲得しています。
インドは13億人の人口を持つうえ、50%が24歳以下という人口構成から、今後も高度経済成長のポテンシャルが高いと予想されます。さらに小森コーポレーションの主力製品であるオフセット印刷機の市場についてもGDP成長率を上回る10%以上の成長が見込まれています。
このM&Aは、収益の期待できるインド市場により展開し、さらなる事業強化を目指したものになります。
事業強化を目的としたM&A事例3選
1.大王製紙株式会社による三浦印刷株式会社の子会社化
2017年4月、大王製紙株式会社は三浦印刷株式会社の株式を公開買付けによって取得し子会社化しました。
大王製紙は、洋紙や板紙、段ボール、ティッシュペーパーや紙おむつなどあらゆる種類の紙を製造、販売する総合製紙メーカーです。国内外に約80か所の拠点を持ち、印刷、加工、運輸、流通を自社で行っています。
三浦印刷は、パンフレットやカタログ、ポスターなどの商業印刷の分野を中心に、販促支援やインターネット関連のサービスを行っています。
大王製紙は傘下に100%出資の連結会社であるダイオープリンティング株式会社を有していて、同社は印刷領域の中でも主にチラシ、タブロイド、シール、ビジネスフォームなどに強みを持っています。
三浦印刷の主な顧客は上場企業や百貨店、金融機関、メーカー、広告代理店などであるのに対し、ダイオープリンティングの顧客層はスーパーや通販会社、同業印刷会社などです。また、設備面においても、印刷物の違いから異なる印刷機械を保有しています。
このように、同じ印刷業であっても両社の顧客網、領域が異なるため、シナジー効果が見込めるという判断のもと、子会社化が行われました。
2.共立印刷株式会社による株式会社西川印刷の子会社化
2015年7月、共立印刷株式会社は株式会社西川印刷の株式を取得し子会社化しました。
共立印刷は、オフセット輪転印刷による商業印刷物や出版印刷物の製造を中心に行っている会社です。また、企画やデザイン、撮影などといった制作全般や印刷や製本、加工、その後のラッピングや発送代行までといったように、印刷に関わる多様なサービスを行っています。
西川印刷は、九州を拠点としてオフセット印刷をする会社です。主に、チラシやカタログ、パンフレットといった商業用の印刷物を取り扱っています。
共立印刷は主に拠点を関東に、西川印刷は九州に置いていることから、両社の営業活動が競合することは少なく、物流を考慮した生産体制においても、地理的な面や所有する設備において相互にシナジー効果が期待できることから、今回の子会社化に至りました。
3.光村印刷株式会社による新村印刷株式会社の子会社化
2018年9月、光村印刷株式会社は新村印刷株式会社の全株式を取得し子会社化しました。
光村印刷は、関連会社に小学校の教科書などを発行している光村図書を持つなど、印刷事業を中核として行っている会社です。近年は、映像コンテンツ制作や電子部品製造事業など、他の事業領域にも拡大しているのが特徴です。
新村印刷は、商業印刷や包装、パッケージ、証券印刷、地図の出版といった印刷事業を主として行っている会社です。また、「All in One」という構想のもと、全国各地を網羅した納品、デリバリーシステムを体制として整えていることも特徴です。
また、新村印刷は包装、パッケージ分野で強みがあり、製薬やヘルスケア関連を中心に有力な取引先を抱えています。今回の買収により、光村印刷はこれまで事業分野になかった商品包装などへのパッケージ印刷といった新分野への進出を目的としてます。
他分野を含めた事業拡大を目的としたM&A事例3選
1.株式会社日本創発グループによる日経印刷株式会社の子会社化
2017年1月、株式会社日本創発グループは、日経印刷株式会社の完全親会社であるグラフィックグループ株式会社の株式の一部を取得後、株式会社日本創発グループを存続会社として、グラフィックグループ株式会社を消滅会社とする吸収合併を行いました。これに伴い、日経印刷株式会社を2018年1月より完全子会社としました。
日本創発グループは、純粋持株会社である株式会社日本創発グループと各事業領域における事業会社から構成されています。印刷、製造事業のほかにデジタルコンテンツ、マーケティング、セールスプロモーション、文具やおもちゃなどといった幅広い領域に渡って展開しています。
日経印刷は、東京都内に拠点を構える印刷会社です。早くから印刷データの電子化を進めていて、印刷物をWebや電子書籍として展開することやAR技術を応用し印刷物の付加価値向上に取り組んでいるという特徴があります。
今回のM&Aでは、日本創発グループのグループ情報の電子書籍化を行うなど、幅広い事業を抱える日本創発グループにおけるデジタルコンテンツの強化に繋がりました。また、印刷事業で複数のグループ企業を抱える同社にとって、市場への対応力が一段と強化されることなど、同グループにとっての企業価値の向上が実現できると考えられています。
2.図書印刷株式会社による株式会社シー・ティー・エスの株式取得
2018年11月、図書印刷株式会社の連結子会社である株式会社KGエデュケーションホールディングスは、株式会社シー・ティー・エスの全株式を取得して子会社化し、この取得に伴い株式会社シー・ティー・エスは図書印刷株式会社の孫会社となりました。
図書印刷株式会社は、製版や印刷、製本、マーケティング、教育と幅広い事業を行っています。特に、教育における教科書出版事業は、1948年に学校図書株式会社を設立して以来、精力的に取り組んできました。
シー・ティー・エスは、主に企業や官公庁向けの語学研修サービスを提供している会社です。ビジネス英会話やEメールライティング研修、グローバル人材育成研修など多くの企業に導入実績を持っています。
このM&Aは、KGエデュケーションが進める教育事業の拡大に対して、シー・ティー・エスが持つ語学研修サービスとのシナジー効果を期待したものになります。
図書印刷が持つ学校図書株式会社や株式会社桐原書店などの教科書事業が持つノウハウや販売チャネル、システム開発力を生かし、語学研修サービスを新たなサービスラインナップに加えることで、同社グループ全体の企業価値向上と事業拡大に寄与しているといえるでしょう。
3.竹田印刷株式会社による東京プロセスサービス株式会社の子会社化
2016年8月、竹田印刷株式会社は東京プロセスサービス株式会社の株式を取得し子会社しました。
竹田印刷株式会社は、中部地方を地盤として商業印刷事業を中心に通販やBPO、半導体マスク事業など多岐に渡る事業を展開しています。特に、半導体マスク事業については1987年より印刷事業で培った高精度の製版技術を活かして進めています。
東京プロセスサービスは、スクリーンマスクやフォトマスク、メタルマスクの製造および販売を行っている会社です。これらの製品は、タッチパネルや基盤といった電子部品を印刷をする際の原版となり、それぞれ用途や素材ごとに使用するマスクが異なります。
竹田印刷では、過去にも同様にメタルマスク事業を行う株式会社プロセス・ラボ・ミクロンの子会社化を行い、半導体マスク事業の強化を行っていました。今回の買収により、竹田印刷が持つマスク製造における設備やノウハウの共有が可能となり、更なる半導体マスク事業全般の強化に繋がりました。
▷参考:成約事例 | fundbook(ファンドブック )M&A仲介サービス
まとめ
印刷業界では、今後を見据えてのM&Aを通した事業強化、事業拡大が積極的に行われています。しかし、ただM&Aをすれば良いわけではなく、しっかりとした事業戦略を立ててから行うことが重要です。
今回挙げた事例のように、同じ印刷事業を行っている場合でも地理的条件や設備の条件でシナジー効果が期待できることもあれば、異なる事業間でも関連事業を見越したシナジー効果が見込めるケースなど、期待できるシナジー効果はさまざまです。
また、積極的な海外展開や他業種への進出がされているM&Aが活発な業界ではありますが、海外や他業種の景気動向についてなど専門的な知識が求められるため、M&Aの相手やタイミングについては、M&Aアドバイザーなどの専門家を交えて検討することをお勧めします。