医療業界での経営は、非営利であることや行政からの各種規制のもとに置かれていることなど、他業界での一般企業の事業経営とは異なる面が多々あります。しかし、少し視野を広げて見れば、同じ国で同時代に経営活動をしているのですから、経済社会の大きな流れによる影響という点では、同じような影響を受けざるをえない面があるでしょう。
M&Aによる第三者承継の増加もその1つで、他業界にはない独自の論点がありつつも、大きな流れとしては、先行する他業界を追いかけるような形で、医療業界でも今後増加傾向は続くものと思われます。
そこで本記事では、他業界を参考にしながら、医療業界独自のM&Aの現状と今後について考えてみます。
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目次
国内中小企業における休廃業・解散の現況
まず、他業界における事業承継の現況などについて、主に『中小企業白書』(2021年版、中小企業庁)のデータによりながら確認していきます。同白書掲載の「2020年『休廃業・解散企業』動向調査」(東京商工リサーチ調べ)によると、企業の休廃業・解散件数は、2019年までは4万件台の半ばで推移していたものが、2020年には、調査開始以降最多となる49,698件になったとあります。2020年に増加したのは、新型コロナウイルス感染症の影響もあるのかもしれません。
ここで、休廃業とは、特段の手続きをとらず資産が負債を上回る資産超過状態で事業を停止することをいい、解散とは、事業を停止し、企業の法人格を消滅させるために必要な清算手続きに入った状態になることをいいます。いずれも、いわゆる「倒産」(債務超過による法的な整理)は含みません。
(出所:『中小企業白書』2021年版、中小企業庁、<第1-1-42 図>より)
黒字なのに休廃業を選ぶ企業が大半
休廃業と聞くと、業績が芳しくない企業が仕方なく選択するものだとイメージしがちです。そのような企業も当然ありますが、実際には黒字にもかかわらず休廃業を決めた企業が大半なのです。同じ「2020年『休廃業・解散企業』動向調査」によると、「休廃業・解散した企業のうち、直前期の業績データが判明している企業について集計すると、2014年以降一貫して、約6割の企業が当期純利益が黒字」(中小企業白書)となっています。
さらに経営指標として売上高当期純利益率を見ると、直近では4分の1程度の企業が「純利益率5%以上」という高い収益を上げており、単に黒字というだけでなく、ある程度業績が好調でありながら、休廃業を選ぶ企業も少なからず存在することがわかります。
(出所:『中小企業白書』2021年版、中小企業庁、<第2-3-6図>より)
ちなみに、中小企業では課税対策の面などから、損金に計上できる支出を多くして、法人の利益を意図的に減らしていることがよくあります。決算書上は赤字の企業でも「実質黒字」の場合も多くあり、そういった企業を含めると黒字廃業率はさらに高くなるかもしれません。
休廃業する理由の多くは後継者不足
赤字が続いていて好転する目処が立たない、あるいは当初から自分の代で廃業を決めていたなどの企業は別ですが、黒字企業であれば、通常、経営者は自分の代が終わっても次の代に事業を継続してもらうことを望むものです。それにもかかわらず休廃業を選択するのは、後継者不在のケースが多いものと思われます。
『中小企業白書』では、後継者不在率(後継者不在企業の割合)の推移も示されています。それによれば、後継者不在率は2017年の66.5%をピークに近年は微減傾向にありますが、それでも65%を超える後継者不在率が常態化しています。
中小企業庁による別の調査レポート(「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」)では、後継者不在の状況を放置し廃業が急増した場合、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われる可能性があることが述べられており、日本企業における後継者不在は、非常に深刻な問題だと国も認識しています。
(出所:『中小企業白書』2021年版、中小企業庁、<第2-3-21図>より)
一般企業におけるM&A市場の概況
後継者不足により、黒字でありながら廃業を選ばざるをえ得ない中小企業が一定割合で存在していることを背景として、近年増加しているのが事業承継型のM&Aです。
『中小企業白書』によると、近年事業承継が実施された経営者の就任経緯においては、これまで主体であった親族への承継から、M&Aによる第三者承継も含め、親族以外への承継にシフトしてきていることがわかります。
(出所:『中小企業白書』2021年版、中小企業庁、<第2-3-20図>より)
医療経営においても、後継者不足は深刻な問題
日本の中小企業全般におけるM&A隆盛の流れは、他業界に遅れて、医療業界にも及んできています。まず、他業界同様に医療業界においても、事業を承継する後継者の不在は、近年大きな懸念事項となっています。
一昔前は、医療経営者の子が医師になった場合には、一時的に他の病院等で勤務していたとしても、将来的に親の病院等を継ぐことが常識でした。ところが、昨今では病院等の経営者の子が、次のような理由から事業の承継を望まないケースが増えてきているためです。
▼子が医師であっても医療経営の承継をこばむ背景
①医療経営への将来不安
少子高齢化の進展、診療報酬改定の影響などから、医療経営者となっても、これまでのように安定した高収入が得られる確証が持てない
②スタッフマネジメントへの不安
医師や看護師等スタッフの労務管理が難しくなっていることを理解しており、その上で今後は医師の働き方改革などへの対応も迫られることから、マネジメントへの自信が持てない
③借入金を負担することへの抵抗
病院に金融機関からの大きな借入金がある場合、あるいは病院の建て替えや設備の入れ替えなどのため、今後大きな借入金が必要となる場合、その連帯保証人となることに抵抗がある
④仕事に求めるやりがいなどの変化
大学病院などで自身の専門分野や技術を突き詰めていくことに働き甲斐を感じており、経営には関心が持てない
このような理由から、子が医師であったとしても、親の医療経営を承継しないケースが増えてきており、それに対処するための第三者承継=医療M&Aへの関心が高まっているのです。
後継者不在以外にも、M&A検討の背景となる医業承継の課題は多い
現在、医療経営者の中心である60代以上の方が若いときには、高度経済成長やバブル経済を経験なさっているでしょう。そのような経済状況は、日本では久しく途絶えており、「失われた20年、あるいは30年」ともいわれるように、現在は低成長あるいはマイナス成長が常態となっています。そして今後、その状況が短期間で変化する兆しもありません。
そのような状況下で、他業界と同様に、医療業界でも経営の先行き不安などから、経営を第三者にバトンタッチするM&Aを選択する医療経営者が増えています。
▼経営の先行きへの不安
まず、現経営者自身が、医療経営への先行き不安を感じているケースがあります。少子高齢化の進展や地方の過疎化、頻繁な診療報酬改定などにより、医療経営の利益率は年々低下しており今後の見通しが不透明であることから、自院を取りまく業界の先行きに不安を感じ、いわば「まだ利益が出ているうちに」と、早期の第三者承継を望むケースです。
▼大規模投資の必要性
病棟など建物の改修、建て替えや設備機器への投資など、大規模な投資が必要になってきたときに、経営者自身が高齢であったり、以前の借入が残っていたりすると、新たに大きな借入をして投資をすることが躊躇されるでしょう。資本力のある第三者に譲渡をして、しっかりと大規模投資をしてもらうという選択肢が考えられます。
▼人材採用、労務管理面
医師をはじめとした有資格者の不足は深刻化しており、医療経営の基盤を脅かすまでになっている場合もあります。たとえば、大手医療法人グループの傘下に入ることで、人員の確保・維持や最適配置が図れることは、事業継続のためのM&Aの大きな理由の1つになります。
▼業績改善や世代交代による成長のためのパートナーシップ
医師としては優秀な先生でも、経営については過去のやり方が通用しなくなり、業績の低迷に対応できない悩みに直面することがあります。地域医療構想など医業経営の環境が大きく変化する中、業績回復のために、適切な経営管理手法のノウハウを持つ者と提携したいというニーズは、当然生じてくるでしょう。また、現在の業績に問題がなくても、より積極的に医療経営の成長拡大を目指すために、新たな発想でさまざまな事業展開を実行している若い世代の経営者に自院を任せようという医療経営者も増えつつあります。
こういった状況は、多かれ少なかれ、ほとんどの医療経営者が感じているところでしょう。
今後は医療業界でも、M&Aに対する意識は変わっていく
後継者不足や経営環境の変化は、人口動態、マクロ経済状況などに規定されるものであり、医療業界だけがその環境から自由でいられるということはありえません。日本全体でM&Aを活用した第三者承継が、経営者の課題を解決する選択肢として当たり前のものになっている現在、医療業界においても、今後はそれを当然だと見なす意識変化が加速していくものと思われます。