老人保健施設やグループホーム、デイサービスや訪問介護など、近年では多くの介護サービスが提供されています。
サービスを必要とする高齢者の増加を背景に、介護業界は成長産業として期待されています。異業種からの新規参入も多く、M&Aが実施される件数も増加傾向にある業界です。
本記事では、介護業界における事業の譲渡・譲受を考えている方に向けて、介護業界の概要やM&Aの現状と動向を解説します。介護業界でのM&Aのメリットや事例も解説するため、ぜひご覧ください。
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目次
介護業界とは
高齢者や心身に障害を抱える方など、日々の生活でサポートが必要な方を支えるサービスを提供しているのが介護業界です。
事業形態は、大きく3つのサービス類型に分けられます。
| ・居宅サービス(訪問介護、通所介護、ショートステイなど) ・地域密着型サービス(グループホーム、小規模多機能型居宅介護など) ・施設サービス(特別養護老人ホーム、有料老人ホームなど) |
高齢化の進展を背景に需要が高まっている業界ですが、後継者問題や人材不足などの難しい課題も抱えています。
▷規制産業と設備産業としての側面がある
介護業界の事業特性として、規制産業と設備産業の2つの側面を持つことが挙げられます。
介護業界は、新規参入や事業拡大に制限がある規制産業です。介護事業を開始するには、都道府県あるいは市区町村に指定申請をする必要があります。民間企業が参入できる介護サービスは限られており、いくつかの規制をクリアしなければなりません。
また、設備産業の側面もあります。訪問介護や通所介護など、非施設型の事業では比較的シンプルな施設でサービスを提供可能です。
しかし、老人ホームや介護老人保健施設の運営などの施設型介護事業では、利用者が生活するための設備が必要です。そのため、施設型の介護事業では初期投資が大きくなる傾向があります。
介護市場の傾向と業界が抱える課題
介護市場は、高齢化の進展を受けて市場拡大の見込みがある一方、介護サービスに携わる人材不足が業界全体の課題となっています。
以下では、介護市場の傾向と課題について詳しく紹介します。傾向と課題を把握したうえで、現状について考えましょう。
▷高齢化の進展を受け市場は拡大の見込み
高齢化の進行を受け、介護業界では今後さらなるニーズの増加や市場の拡大が見込まれています。内閣府『令和7年(2025年)版高齢社会白書』によると、2024年10月1日現在の65歳以上人口は3,624万人にのぼり、高齢化率は29.3%となっています。2000年の高齢化率17.4%と比較すると、10%以上の伸び率です。
特に、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる2022年以降、介護サービス利用者数や要介護認定者数はさらに増加すると想定されています。
2040年には団塊ジュニア世代(1971~1974年生まれ)が65歳以上になり、人口の3人に1人が高齢者になると考えられます。高齢者1人につき、生産年齢人口が1~2人必要です。
後期高齢者数の増加傾向は2054年頃まで続くと予想されており、介護業界に対する高いニーズは今後も継続するとみられています。
▷介護サービスの人材不足は深刻化している
介護業界のニーズが増加する一方、介護サービスの担い手となる人材の不足は深刻な状態です。少子化が進み、労働者人口そのものが減少している状況に加え、介護職の給与や待遇が恵まれているとは言えないことが原因と考えられます。各介護サービスでは、人材確保に困難を抱えています。
厚生労働省の「一般職業紹介状況」によると、2024年5月の介護サービスの有効求人倍率は3.61倍となっています。全職種の平均倍率1.05倍と比較すると非常に高い水準です。さらに、介護職は離職率が高いことも人材不足の深刻化に拍車をかけています。
厚生労働省は、今後必要な介護職員数を次のように推計しています。
| 年度 | 必要数 | 1年あたりの不足数 |
| 2025年度 | 約243万人 | 5.3万人 |
| 2040年度 | 約280万人 | 3.3万人 |
高齢化がピークを迎える2040年前後以降は、介護職員の不足数も減少すると見られています。この先20年の人材確保が大きな課題です。
介護業界のM&Aの現状
市場拡大を受け、介護業界を成長分野と捉える企業や施設によるM&Aが増加傾向にあります。M&Aによって事業を拡大し、既存の介護ビジネスの収益性を向上させることが狙いです。
M&Aの譲受企業は、介護業界の企業や施設だけではありません。介護業界の成長を見込み、他業種からの新規参入・経営の多角化によるM&Aも実施されています。
例えば、2018年の野村不動産ホールディングスによるJAPANライフデザインへの資本参加が挙げられます。その他、証券業の大和証券グループや運輸・倉庫業のセンコーグループなど、異業種からの参入は増加傾向です。
異業種によるM&Aの背景には、介護業界ならではの新規参入リスクがあります。成長産業である介護業界ですが、規制産業・施設産業としての側面があるため、ゼロからの参入には高いリスクを伴います。
そのため、すでに介護事業を展開している企業をM&Aで取得するケースが増加していると考えられます。特に、総量規制があるため新規開設が難しい有料老人ホームの運営事業に需要が集まっています。
また、介護業界の特徴として、人材確保を目的としたM&Aの存在も挙げられます。前述のように、介護業界の人材不足は深刻な問題です。M&Aで介護人材やケアのノウハウを譲受することにより、問題を軽減できます。
介護業界のM&Aの動向
介護業界のM&Aの動向として、介護施設経営者の高齢化に伴う事業承継の問題が注目されています。
介護保険制度が開始された2000年から20年以上が経過した現在、介護施設の経営者もまた高齢化が進んでいます。介護施設は中小規模の事業所も多く、後継者の不在に悩む経営者が多数存在します。
従来、中小規模の事業所の事業承継は、親族内あるいは社内で行われるのが一般的でした。しかし、少子化による後継者不足のため、近年ではM&Aでの社外承継が増加しています。このように、後継者不足を解消したいという譲渡側のニーズによるM&Aは、今後さらに増加すると想定されています。
さらに、今後は同業種による事業領域の切り替えを目的としたM&Aも増える見込みです。
介護業界は、サービス類型によって必要な経営資源が大きく異なります。事業売却による資源の選択と集中や、買収による事業の多角化などを目的とするケースが見られます。
なお、政府は介護事業所の統合・再編、経営の大規模化や資源集約化に向けた方針を示しています。この方針は事業所の統合によって経営の安定化を図り、利用者へのサービス向上や職員の待遇改善を目指したものです。政府のこのような方針から、介護事業所の大規模化、それに伴うM&Aは今後一層増えると考えられます。
介護業界のM&Aのメリット

介護業界でのM&Aには、どのようなメリットがあるのでしょうか。譲渡側と譲受側の両方の視点からメリットを解説します。
▷介護業界のM&A<譲渡側のメリット>
介護事業をM&Aで売却した譲渡側には、次の4つのメリットがあります。
| ①不安定な経営状況の解消 ②従業員の雇用確保・キャリアアップ ③後継者問題の解決 ④介護DXの推進 |
それぞれのメリットを詳しく解説します。
譲渡側のメリット①:不安定な経営状況の解消
介護事業の収益の多くは、介護保険を財源とする介護報酬に依存しています。しかし、介護報酬は3年に1度改定されるうえ、マイナス改定となる場合もあります。
介護報酬改定によって経営状況が不安定になったり、経営難に陥ったりする事業所も少なくありません。特に、経営規模の小さい事業所の場合は廃業に至るケースも存在します。
M&Aによって経営体力のある大手企業、あるいは経営の安定した施設に事業が譲渡されると、厳しい経営状況からの脱却が期待できるかもしれません。介護サービスの利用者にとっても、経営の安定性が確保されることで安心してサービスを利用できる点は大きなメリットです。
譲渡側のメリット②:従業員の雇用確保・キャリアアップ
事業を譲渡して継続可能な状態にできれば、従業員の雇用も確保できます。
譲渡先が大規模な事業所である場合、従業員の働き方の幅が広がり、キャリアアップにつながる可能性もあります。通所介護や訪問介護など未経験のサービスへの従事、大規模事業所ならではのケアのノウハウ学習など、従業員にとってプラスとなる経験が生まれるかもしれません。
譲渡側のメリット③:後継者問題の解決
M&Aによる事業承継は、後継者問題の解決策となる可能性があります。前述のように、介護業界の経営者も高齢化が進んでいます。後継者の不在は事業の存続に関わる重要な問題です。M&Aにより事業継続が達成できれば、廃業を回避できます。
経営者本人にとっても、譲渡による創業者利益の獲得、事業所経営のための借入金の個人保証契約の解消など、多くのメリットがあります。
しかし、事業の売却後の経営側の方針によって、利用者への一方的な契約変更や今までと同じサービスを受けられなくなるケースなどが存在するのも現実です。道義的側面を考慮するならば、買収後も同じサービス内容を提供し続ける判断も重要かもしれません。
譲渡側のメリット④:介護DXの推進
介護業界では、他業界と同様にDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されています。介護サービスは今後需要の増加が見込まれますが、人材不足が課題であり、サービスを維持するために業務の効率化が求められるからです。
ただし、DXの推進には、設備の導入や業務フローの変更、ITスキルに精通した人材など多くの手間と労力が必要であり、小規模法人では対応が難しい場合もあります。
大手介護法人などとのM&Aで大規模化が進めば、DXのノウハウや人材、システムなどの共有を通じて、DXに必要な負担の軽減が期待できます。
▷介護業界のM&A<譲受側のメリット>
譲受側の主なメリットは次の3つです。
| ①サービス拠点にかかる費用や労力を軽減 ②人材の確保と利用者の受け継ぎ ③介護事業における許認可の引き継ぎ |
それぞれのメリットを詳しく解説します。
譲受側のメリット①:サービス拠点にかかる費用や労力を軽減
M&Aによって介護事業を買収すると、施設建設や設備購入などにかかる初期費用や労力を大幅に削減できます。
事業所の新規開設には、サービス拠点となる土地の入手、施設の建設などに様々な費用や労力が必要となります。サービス開始までに、一定の資金と期間を確保しなければなりません。
M&Aで既存の施設や土地を引き継ぐと、サービス開始までの費用や時間、労力の軽減が可能です。また、事業拠点となる土地や建物を一括取得できるため、未進出エリアへの展開も比較的容易となります。異業種から新規参入する場合にも有用です。
譲受側のメリット②:人材の確保と利用者の受け継ぎ
M&Aによる事業承継に成功した場合、譲渡企業で働いてきた従業員も受け継ぐことができます。人材不足が深刻化する介護業界において、スタッフを確保できるのは見逃せない利点です。当該施設での介護サービスに熟練した従業員を引き続き雇用できるため、人材育成にかかる期間や費用も削減できます。
また、施設の利用者も合わせて引き継げるため、新規開拓の必要もありません。すでに利用者がいる状態でサービスを開始できるため、運営開始から一定の売り上げを確保できるメリットもあります。
譲受側のメリット③:介護事業における許認可の引き継ぎ
M&Aが株式譲渡によって実施された場合、株式の所有者が変わるだけであるため、介護事業における許認可も引き継ぐことができます。土地や施設、人材や利用者に加えて、許認可も引き継ぐことで、スムーズな事業展開が可能です。
ただし、事業譲渡や会社分割などによるM&Aはこの限りではありません。介護事業指定申請などの手続きを行う必要があることを覚えておきましょう。
介護業界のM&Aの価格相場
M&Aの譲渡価格は、算定された企業価値の金額を基準として、譲渡企業と譲受企業の交渉で決定されるケースが一般的です。企業価値の算出方法は複数ありますが、中小規模の法人では、時価純資産に数年分の利益を加えた金額が目安となります。
| 譲渡価格の目安=時価純資産+3~5年分の営業利益 |
例えば、時価純資産が1億円で、営業利益が1,000万円の介護法人の場合、譲渡価格の目安は以下のとおりです。
| 1億円+1,000万円×3~5年=1億3,000~5,000万円 |
M&Aでは、このような企業価値評価で算出された金額を交渉のベースとして、その他の要因を考慮しつつ、最終的な譲渡価格が決定されます。介護業界では、居宅サービスや施設サービスなどの事業形態、土地・建物の保有状況、人材の数などが譲渡価格に影響を与える要因です。
なお、上記の算出方法は「時価純資産法+営業権法」と呼ばれる方法であり、企業価値評価には、DCF法や市場株価法などの算出方法もあります。企業価値評価を詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
▷関連記事:「企業価値評価(バリュエーション)とは?M&Aで使用する算出方法をわかりやすく解説」
介護業界のM&A事例
これまで、介護業界ではどのようなM&Aが行われてきたのでしょうか。
大手企業による介護事業のM&A事例をご紹介します。
▷リビングプラットフォームによるエムズコンサルティングのM&A事例
2025年6月末、株式会社リビングプラットフォームは、株式会社エムズコンサルティングの全株式取得を通じた完全子会社化を取締役会で決議しました。
株式会社リビングプラットフォームは、101の介護施設や45の有料老人ホームなどを全国展開する企業です。一方、株式会社エムズコンサルティングは、愛知県内で住宅型有料老人ホームや訪問介護ステーションを運営しています。
株式会社リビングプラットフォームは、未進出である愛知県エリアでの事業拡大を検討していました。株式会社エムズコンサルティングが保有する介護施設の譲受によって、同エリアでの拠点づくりを行い、事業展開を進める予定です。
▷日本生命保険によるニチイホールディングスのM&A事例
2024年6月、日本生命保険相互会社は株式会社ニチイホールディングスのほぼ全ての株式を買収しました。2023年11月末にアメリカの投資ファンド、ベインキャピタルが間接的に保有していたニチイホールディングスの発行済株式の取得合意を締結し、およそ半年後にM&Aが完了しました。
ニチイホールディングスは、医療・介護・保育事業を手掛ける株式会社ニチイ学館を傘下に持つ企業です。日本生命保険は1999年にニチイホールディングスと業務提携を結んでおり、さらに強固な関係を築いて事業の生産性・持続性を向上させることを目的としてM&Aを実施しました。
▷揚工舎によるヒューマンライフケアのM&A事例
2023年9月、株式会社揚工舎はヒューマンライフケア株式会社の事業の一部譲受を決議しました。ヒューマンライフケアが運営している有料老人ホーム事業・小規模多機能型居宅介護事業の一部をM&Aによって取得しています。
揚工舎は、2003年から高齢者の通所・訪問介護、居宅介護支援などを中心に行ってきた企業です。今回のM&Aは、介護業界の中堅事業者である揚工舎が、ヒューマンライフケアが運営する首都圏の有料老人ホーム・小規模多機能型居宅介護施設の取得によって事業拠点を増加させることを目的に実施されました。
▷SOMPOケアによる東京建物シニアライフサポートのM&A事例
2020年12月、SOMPOケア株式会社は東京建物シニアライフサポート株式会社の発行済株式を全て取得して完全子会社化し、翌年2021年3月に同社を吸収合併しました。
SOMPOケアは、SOMPOグループの介護事業を担う介護業界の大手企業で、在宅介護サービスから施設介護サービスまで総合的な介護サービスを提供しています。東京建物シニアライフサポートは、東京都・神奈川県・埼玉県でサービス付き高齢者向け住宅や介護付き有料老人ホームなど19ヶ所を運営する会社です。
SOMPOケアは首都圏における介護事業の強化を考えており、東京建物シニアライフサポートを傘下におくことで、事業の拡大と既存事業とのシナジー効果を狙っています。
▷ソニー・ライフケアによるゆうあいホールディングスのM&A事例
2017年7月、ソニー・ライフケア株式会社は株式会社ゆうあいホールディングスの転換社債型新株予約権付社債の新株予約権を行使すると同時に、同社の発行済株式を全て取得して完全子会社としました。
ソニー・ライフケアは2014年に設立されたソニーフィナンシャルグループの傘下企業です。ゆうあいホールディングスは、「はなことば」という商号で介護付き有料老人ホームを運営する子会社を有していました。
ソニー・ライフケアは、介護業界の中でも後発グループに属するため、M&Aによるスピーディな事業拡大を企図しています。ゆうあいホールディングスの子会社化は、その一環として実施されました。
まとめ
介護業界は、高齢者の増加といった人口構造の変化を受け、今後も多くの需要が見込まれる業界です。異業種からの新規参入も多く、近年多数のM&Aが実行されています。介護サービスの後継者不足の問題も、M&Aが増加傾向にある一因です。
介護業界でのM&Aでは、譲渡側には不安定な経営状況の解消、従業員の雇用確保などのメリットがあります。譲受側でも、事業拡大・参入にかかるコストや期間を大幅に短縮できるうえ、人材や利用者を引き継いだ状態でのサービス開始が可能です。
fundbookには、ヘルスケア業界のM&Aに特化したヘルスケアチームがございます。着手金などはなく無料でのご相談が可能なため、お気軽にお問い合わせください。