2022年5月26日(米国時間)、米Broadcomは、仮想化技術やクラウド技術などを手掛ける米VMwareを約610億ドルで買収することで合意したと発表しました。現時点ではMicrosoftによる687億ドルのActivision Blizzard買収に次ぐ、今年2番目に大きなM&Aとなり、半導体業界では過去最大です。
本記事では、仮想化技術のリーディングカンパニーであるVMwareに注目して市場動向と各社の戦略を考察します。
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目次
サーバー仮想化とは
VMwareが扱う「サーバー仮想化」という技術について簡単に紹介します。
サーバー仮想化とは、物理的なサーバー上にソフトウェアで定義された仮想的なサーバー(=仮想マシン)を構築することです。サーバーが持つメモリやCPUなどのリソースを分割して割り当てることで、1台の物理サーバー上に複数の仮想マシンが稼働する環境を作ることが可能になります。
2006年にGoogleのCEOであったエリック・シュミットが提唱した「クラウドコンピューティング」は、現代的なITシステムを構築する上で必要不可欠な存在です。従来型のコンピューティングとの大きな違いは、コンピューティングリソースを必要な時に必要な分だけ利用できる柔軟性ですが、それを実現する技術の一つが「サーバー仮想化」なのです。
サーバー仮想化によって享受できるメリットは多数ありますが、ビジネス面では大きく二つあります。
メリット1)設備投資コストの削減
サーバー仮想化によって、複数台のサーバーを1台に集約し、CPUやメモリのリソースを最大限に有効活用できます。
一般的に、サーバーのCPU利用率は5%程度と低く、十分に性能を発揮していないケースが多数見受けられます。VMwareがグローバルで行った顧客調査によれば、集約率(物理サーバー1台あたり、何台の仮想マシンが稼働しているか)の平均は12.5です。これは、12.5台のサーバーを仮想化技術によって、1台の物理サーバーに集約・統合したということです。集約率を高めることで、サーバー機器等のハードウェアを購入する費用を削減できるだけでなく、運用保守費用・電気代・サーバー機器の設置スペースも削減されます。
メリット2)リードタイムの短縮
サーバー仮想化によって、新たなシステムを構築するために要する時間(リードタイム)を短縮できます。
これまでサーバーを導入するには、機種選定・発注・納品・各種設定など多くの工数と時間がかかっていました。しかし、仮想化されたサーバーを運用している場合は、ソフトウェア上で新しい仮想マシンを作成・起動するだけですぐに新しいサーバーを用意できます。これまで数週間かかっていたサーバーの準備が、数分で可能になるわけです。
仮想化ソフトウェアの市場動向
サーバー仮想化ソフトウェアの成長率は既に鈍化
サーバーの仮想化を行うには、専用の仮想化ソフトウェアが必要になります。2017年のIDCの調査によれば、仮想化ソフトウェアの業界最大手はVMwareで、世界シェア80.7%と圧倒的な強さを誇ります。2位以下には、IBM(5.3%)、Huawei(3.6%)、Hewlett Packard Enterprise(1.8%)、Oracle(1.5%)が続きます。
市場成長率は2.9%と既に緩やかになっており、新しく出現した「コンテナ化」や「オーケストレーションシステム」を既存の仮想化技術に統合できるかどうかが次世代のマーケットシェアを獲得する上で極めて重要となっています。
コンテナ化とオーケストレーションの市場が伸長
今注目されている「コンテナ」も仮想化技術の一種ですが、従来型の仮想マシンと比較して起動が早く、軽量で、さらにはパッケージ化により、自社のオンプレミス環境からパブリッククラウドまで場所を選ばず簡単にアプリケーションを移動可能です。
2018年の451 Researchの調査によると、コンテナ市場は拡大を続け、2019年には21億ドル以上、2022年には43億ドル以上の市場規模があり、年平均成長率(CAGR)は30%と予測しています。
2019年のIHS Markitによる調査では、商用コンテナソフトウェアの市場シェアは、Red Hatが44%を持ち、Dockerが23%、Pivotal(VMware)が6%、Rancher Labsが3%、Canonicalが2%と続きます。
※PivotalはVMwareが2019年に買収
コンテナには多くのメリットがあるものの、エンタープライズ環境で活用するには一定の課題をクリアする必要があります。そのために登場したのが、コンテナオーケストレーションツールであり、そのデファクトスタンダードであるKubernetesです。
Kubernetesはソースコードが公開されたOSS(Open Source Software)です。元々はGoogleによって設計され、現在は非営利団体CNCF(Cloud Native Computing Foundation)によって管理されています。
マイクロソフトがMicrosoft AzureでのKubernetesのサポートを発表して以降、オラクルやVMwareといった企業もCNCFに参加を表明し、Amazon Web Servicesも参加するなど、競合の垣根を越えて多くの企業がKubernetesへ参加したことで、コンテナオーケストレーションツールの中でのKubernetesの存在感が高まりました。
サーバー仮想化で世界を制覇したVMwareが今最も注力しているのがこのKubernetesです。
仮想化の覇者、VMwareの成長の軌跡
ハードウェアベンダーとの奇縁
サーバー仮想化のリーディングカンパニーであるVMwareは、1998年に米国カリフォルニア州パロアルトで設立されました。
最初の製品「Workstation 1.0」は1 台のPC上で複数のオペレーティングシステムを仮想マシンとして実行できるようにした世界初の製品であり、「デスクトップに選択の自由をもたらした」と Wall Street Journal で取り上げられています。
2004年には、ストレージ機器大手のEMC Corporationが6億2,500万ドルでVMwareを買収します。ハードウェアからソフトウェアへ領域を拡大するための戦略と見られています。
VMwareのダイアン・グリーンCEOはハードウェア・OSベンダーの傘下になれば、顧客に提供できるサービスの幅が狭まる危険性があると考えており、「VMwareはニュートラルな立場にいたかった。その考えから顧客に影響を与える可能性が少ないストレージベンダのEMCを選んだ」と話しています。
しかし、その12年後、2016年にサーバー機器最大手であり世界最大のハードウェアベンダーとも言えるDell Technologiesが親会社のEMC Corporationを670億ドルで買収したことにより、VMwareはDellグループとなります。
VMwareは、Dellグループに入った5年後の2021年11月に、スピンオフして独立した公開会社となりました。
スピンオフは特定の事業部門や子会社を切り離して独立させる事業分離のスキームですが、本件では既存子会社の株式を親会社の株主に現物分配する方法がとられています。
VMwareの存在はDellの競争優位性を高めていたと考えられますが、このような切り離しに踏み切った目的としては、2016年の旧EMC買収にともなう多額の負債を減らすこととが大きいようです。
このスピンオフに伴ってVMwareは全ての株主に115億ドルから120億ドルの特別現金配当を行い、DellTechnologiesは持ち分80.6%に相当する約93〜97億ドル(1兆円程度)を受け取り、純収入を負債の返済に充てました。
そして今回、半導体大手のBroadcomによるVMwareの買収が発表されました。ソフトウェア領域のなかでも特にハードウェアに近いレイヤーを扱っているためか、これまでの買手企業は全てハードウェア寄りの企業だったのです。
クラウド市場を賭けた成長戦略とM&A
VMwareは名実ともに仮想化技術のリーディングカンパニーとして、デスクトップ仮想化やネットワーク仮想化など、ITインフラに関わるソフトウェア技術を発展させてきました。コンシューマ向けの製品が少ないため、一般的な知名度は高くありませんが、現在では世界400,000社、Fortune100企業の100%の導入実績を誇っています。
一方、成熟したサーバー仮想化市場では圧倒的なリーダーですが、コンテナやマイクロサービスなどの新たな仮想化市場においては、企業向けオープンソースソリューションを提供するRed Hatに先行されています。
「コンテナ化」によって「サーバー仮想化」が不要になるという話もありますが、AWSのようなパブリッククラウドのコンテナサービスが物理リソースの効率運用のため仮想化レイヤーを持つように、これまで積み上げたVMwareの競争力が無くなってしまうことはないでしょう。しかし、VMwareが単なる仮想化技術からクラウドへ守備範囲を拡大していくためには積極的な投資が必要です。
VMwareはクラウドインフラストラクチャー市場を制するべく「クロスクラウド戦略」を掲げていますが、これは各ベンダーのパブリッククラウドや、各社のプライベートクラウドを統合し、ソフトウェアとネットワークでつないでいく戦略です。この戦略を実現するため、2017年から多数の企業買収を重ね、2020年3月にはその集大成としてkubernetesプラットフォーム「VMware Tanzu」を正式リリースしています。
VMwareのパット・ゲルシンガーCEOは同社がKubernetesに注力する背景について、以下のように述べています。
「Kubernetesの時代が訪れており、いまがチャンスである。VMwareはPivotalやHeptoicなどの買収によって、Kubernetesにおける最高のエンタープライズサプライヤーになることができる」
「全世界の仮想マシンを、Kubernetesフレンドリーにできるベンダーは、唯一VMwareだけである。KubernetesとvSphere(VMwareのプロダクト)をシームレスに統合できるのは、我々の大きな差別化要素になる。そして、オンプレミスではリーダーシップがあり、中立的なマルチクラウドパートナーとしての信頼もある。最も優れた戦略があり、それを実行することができる」
半導体からソフトウェアへ、Broadcomの買収戦略
Broadcomはヒューレットパッカードの半導体部門を源流に持ち、携帯端末を無線通信網と結ぶ半導体に強みを持つ世界第6位の半導体メーカーです。これまで積極的なM&Aで事業拡大してきたことが知られています。2016年にはファイバーチャネルスイッチベンダ大手のブロケードを買収し、半導体分野での拡大を加速します。翌年2017年には同じくファブレス半導体大手クアルコムの買収を提案すると発表しましたが、当局の介入によって失敗しました。
その失敗が影響したのか、拡大路線はソフトウェア分野へと移り、わずか半年後の2018年にはエンタープライズ向けソフトウェアを手掛けるCAテクノロジーズ(2兆1200億円)、2019年にはシマンテックの法人向け事業の買収(1兆1000億円)を発表。2021年には分析ソフトウェア大手のSAS Instituteの買収も試みています。
そして、今回Dell TechnologiesからスピンオフしたばかりのVMwareの買収を発表しました。BroadcomはVMwareの買収が完了し次第、同社のソフトウェアグループを「VMware」にリブランドし、過去に買収した既存のソフトウェアはVMwareの製品群に再編成すると発表しています。
この買収によって、Broadcomはソフトウェア事業の売上比率を大きく高めます。VMwareの年間売上高は現在約130億ドルと、Broadcomのソフトウェア事業売上高の約2倍に上り、総売上高に占めるソフトウェアの割合は約49%に達します。
Broadcomは投資家向けの説明で、 VMwareがBroadcomの戦略にフィットしている理由として、「確立され、成長する市場でリーダー的な存在であること」「大企業を顧客ベースとし、ミッションクリティカルなニーズに答えていること」「長い歴史と強固なIP(知的財産)基盤を有すること」「財務的に魅力な結果が得られる可能性があること」を挙げています。
そもそもBroadcomはクアルコムの買収失敗によって、半導体業界における支配的なシェア獲得が難しくなりました。そして、Broadcomがチップを供給しているAWSやAppleはチップの自社開発に取り組んでいます。こういった競争環境の変化に適用すべく、ソフトウェア領域に進出していると考えられるでしょう。
2019年には、VMwareの競合であるRedHatも340億ドルでIBMの傘下に入っています。Google、Microsoft、Amazon Web Serviceら、パブリッククラウドの大手三社に後塵を拝するエンタープライズベンダーの各社は、クロスクラウドでの新たなポジション獲得に向けて、競争を強めています。世界的なクラウド市場の競争は次のフェーズに入っていると言えるでしょう。
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