業界毎の事例

2023/12/18

医療経営における積極的M&A活用

医療経営における積極的M&A活用

国民の生命と健康を支える医療業界は、その適切な体制の維持のため法や規制で守られている面があります。結果として、他業界に比べて競争環境が緩やかで、変化のスピードも遅い傾向があります。

しかし、経済社会に大きな構造的変化が生じた時、医療業界だけがそれと無縁でいることはできず、やはり変革を迫られます。その構造変化とは、たとえば人口動態であったり、それと関連した国の予算配分であったり、あるいは人々の意識の変化だったりと、さまざまです。

本記事では医療経営の将来を考える際の参考として、他業界で現在トレンドとなっている変化に目を向けながら、今後の医療機関経営のあり方について考察します。

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後継者不在問題解決のためだけではなく、成長のためのM&Aが増えている

昨今、中小企業の後継者不足の深刻化を背景に、事業承継の一手段としてM&Aによる第三者承継を選ぶ経営者が増え、M&A市場が隆盛の一途をたどっています。

しかし、現在のM&A市場の隆盛は、必ずしも後継者不足・事業承継問題の解決手段だけが理由ではありません。

後継者問題が顕在化していない企業においても、自社を成長拡大させるための手段として、他社に経営支配権を譲り、戦略的なパートナーシップを組むことを選択する経営者が増えているのです。これは「成長戦略型M&A」などと呼ばれることもあります。

通常、成長拡大のためのM&Aと聞くと、事業領域拡大を企図して自社に不足するリソースを補うために他社を買収する「買い手」の戦略がイメージされます。しかし、売り手にとっても、M&Aが成長戦略になることがありえます。

たとえば、業務シナジー(相乗効果)を見込めそうな大手企業に買収されることにより、大手企業のリソースを最大限活用しながら自社の成長と発展を図るというのも立派な成長戦略といえます。

サプライチェーンの上流または下流にある取引先のグループ傘下に入ることで、市場における競争優位性を高めるという戦略もあります。

さらには、PEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)が買い手となるM&Aも選択肢となりえます。PEファンドの持つ経営ノウハウやネットワークを活用することで、自社だけでは成しえなかった会社の成長や、将来のIPOを目指す経営者もいます。

経営者に求められるさまざまな資質

一般的な中小企業において、成長のためのM&Aが増えてきたことには、経営の専門性、いわば「プロ経営者」に対する意識の変化もあります。

かつては、斬新なアイディアや行動力で新しい市場を生み出す、いわゆる「0→1」のベンチャー起業をした経営者が、そのまま企業を成長させて、やがてはIPOで上場企業となるというのが、典型的な企業家の成功モデルでした。

古くは、本田宗一郎氏(ホンダ)、盛田昭夫氏(ソニー)から、稲森和夫氏(京セラ)、小倉昌男氏(ヤマト運輸)、孫正義氏(ソフトバンク)など、立志伝中の経営者のモデルです。これらのスーパー経営者は、自らが起業し、一貫して経営トップで指揮しながら、零細ベンチャーを世界的大企業まで育て上げたという点で、まさに例外的な才覚を持つ経営者でした。しかし、その影には、画期的なアイディアや行動力で、事業の起ち上げには成功しながら、その後の成長過程で失敗して消えていってしまった同時代の経営者が何十倍、何百倍といたはずです。

普通に考えて、新しい発想で新規の市場や製品を作る、いわゆる「0→1」を成功させるための資質や才能と、組織を効率的にマネジメントして育てていくための資質や才能は、かなり異なるものだと想像がつくでしょう。それらの両方での突出した成果を1人の経営者に求めることは、かなりハードルが高い課題です。だからこそ、事業の誕生から世界的規模での成長まで常にトップで指揮を続けた、上のような例外的な名経営者たちは賞賛されているわけです。しかし、多くの経営者は、そういった資質や才能を持ちません。そのことが、成長のためのM&A増加の背景にあります。

経営の専門分化が成長戦略型M&A増加の背景に

成長戦略型のM&Aが増えているのは、自らの資質に気づいて、経営者としての役割分担を変える選択をする人が増えているということでもあります。
「自分は、新しい発想で新しい製品や市場を作ることが好きだし、得意でもある。でも、大きな組織をマネジメントすることは苦手だ」と気づいたときに、自分が苦手とする部分は、それが得意な人に任せて、自分は再び新しい市場や製品を作る「0→1」の仕事に取り組もう、と考える経営者が少しずつ増えているということです。
これは、「起業家」と「経営者」の専門分化だといってもいいでしょう。そこから、最近は、「起業」だけを連続で実行する「連続起業家」(シリアルアントレプレナー)という存在も生まれています。
それは起業だけの例ではありません。より広く、会社の成長段階に応じて、適切な経営のプロに会社の指揮を任せようという考え方は広まっています。10人の組織を動かすことと、100人、1000人の組織を動かすことは、異なる仕事だからです。10人の組織はうまく指揮できても、100人の組織を動かすことは難しいと考えるのなら、それが得意な人にバトンを渡すことは、経営者自身にとっても、組織にとっても良い選択になりえます。
そこでのM&Aは、かつてのような“身売り”のイメージと異なることはもちろんですが、事業承継のイメージとも多少異なり、会社も経営者自身も、より高いステージに進むための「登竜門」として、M&Aが捉えられています。

医療経営にも、専門のプロが求められる時代へ

以上説明したように、他業界において、経営の専門分化を背景にした成長戦略型のM&Aが増加しているのと同様に、今後は医療業界においても、医療経営を専門とするプロ経営者に経営を任せるケースが増えていくものと思われます。

現在まで、病院経営においては、理事長が医療と経営の両面に責任を負ってコミットし、担っていくことが当たり前になっています。しかし、今後は、医療機関においても「医療のプロ」と「経営のプロ」が、専門分化して、経営のプロが求められてくるケースが増えると考えられるということです。それには、次のような背景があります。

▼経営環境の変化や営業ノウハウの取得

一昔前の医療機関経営では、ある程度立地のよい場所に病院・診療所を構え、適切な医療体制を整えていれば、一定の高い収益、利益を確保することができました。ところが、現在では度重なる診療報酬改定や人口減少などにより、同じような環境で、以前ほどの収益性を確保することが難しくなっています。

このような状況下では、医療機関といえども一般の事業会社のように積極的な集患、営業活動をおこなっていく必要が増えるということです。いままでまったくそういったことに関心がなかった理事長が、そのような知識やノウハウをゼロから学んでいくことは難しい面があります。

▼経営管理

2004年4月に医師の新臨床研修制度が必修化されて以降、医師の採用確保が難しくなったといわれる状況が続いています。医師だけではなく、看護師その他の有資格者の確保も年々難しくなっています。構造的な人手不足に加えて、2024年には、医師の時間外労働に条件を設けるなどの「医師の働き方改革」が法整備化される予定です。人材の採用・確保も含めて、細やかな人材マネジメント体制を築くことは、医療機関経営にあたり今まで以上に重要な経営課題となっています。

総じて、これからの時代の医療経営には、一般の事業会社のように営業活動や計数管理、労務マネジメントといった通常の医師があまりおこなわず、ノウハウも有していない分野の知見がより一層必要となってきます。しかし、ただでさえ多忙な医師にとって、これらのノウハウを学び、身につけるために多くの時間を割く余裕はない(また、意欲もない)というのが実情ではないでしょうか。

内部から高度なプロ経営者を育てることは難しい

かつては、医療と経営の両方を1人で高度にこなす、いわゆる「スーパースター理事長」が全国に存在しました。いまでもそういった理事長は現存しますが、今後は生まれにくくなってくるのではないでしょうか。

たとえば、長年理事長の右腕として医療現場を統括してきた院長や副院長の医師がいたり、理事長の子が診療科長などとして勤めていたりしても、その人たちが前述した営業活動などの経営面のことをしっかり理解して、経営改革を実行できるかというと、一般的には難しいものと思われます。上述のように医師に求められる専門知識・専門技術が高度化し、オンライン診療などの新しい医療領域も登場してくる中で、さらに経営やマネジメントについて学び、経験やノウハウを積んでいくことは、長い時間を要し、医療機関や本人にも大きな負担となるでしょう。それは、働き方改革の流れとも逆行するものです。

そこで、医療と経営の分業体制を敷くというのが1つの解となるのです。医療機関経営の中でも「餅は餅屋」の発想で、特に営業活動や計数管理、労務管理などの、医師が得意ではない課題に対しては、これらの課題への取り組み実績があり、十分なノウハウを有している外部の「プロ経営者」と手を組んでいくことは、有望な方法です。

M&Aによるプロ経営者との連携も選択肢の1つ

プロ経営者との連携といっても、具体的にはさまざまな形が考えられますが、その1つが、医療施設の成長戦略型M&Aです。つまり、M&Aによって、経営ノウハウを持つ病院グループに加わる、あるいは、事業会社と連携して経営ノウハウを提供してもらうということです。

ここで、「他の病院グループの傘下に入るならともかく、事業会社に医療経営のことがわかるのか?」と疑問を持たれる経営者もいるかもしれません。しかし、マーケティングやコスト管理、人材マネジメントなど、経営の根幹部分はどの業界でもある程度共通しています。他業界において効率的で収益力の高い経営を実現している事業会社が、そのノウハウを医療施設に応用することは、現実的な方法です。もちろん、医療業界独自の知識はありますが、それは事務長などと情報共有をすればよいだけのことです。

医療業界ならではの成長戦略として、積極的にM&Aを目指すケースも

医療経営者の中には、自身が理想とする医療を普及させるために、自院の収益性の向上させ、さらに病院、診療所や介護施設を増やしていくなど、量的な拡大を積極的に図っていきたいという考えの方もいらっしゃるでしょう。それももちろん、経営者のあり方として正しいものです。

そういった量的拡大を目指す場合、株式会社であればIPO(株式市場への上場)という手段によって、短期間で一気に経営拡大を加速させる可能性が開けます。しかし、医療法人にはそれができません。

さらに、病院の場合は新規開業にしても増設にしても、許認可の壁があります。そのため、医療法人が迅速に経営拡大をしようと考えた場合、M&A(譲渡、譲受けの双方)が最適解となるケースが多いのです。

IPOが選択肢にならないという点では、積極的な成長拡大を目指す場合、むしろ他の業界よりも、医療業界のほうがM&Aを選ぶべき理由があるといえるのです。

他業界に遅れて、事業承継目的のM&Aが浸透し始めた医療業界ですが、今後は、成長戦略としてのM&Aも、積極的に採用されていくのではないかと思われます。

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