現在、1980年代に建てられた多くの病棟が、建て替え時期を迎えています。
本記事では、医療施設の中でも特に病院を対象として、その病棟の建て替えをめぐる状況や、建て替えを検討する際の課題などを確認していきます。
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目次
多くの病棟が建て替え検討期を迎えている
第2次大戦後、我が国の医療政策は、「医療基盤の整備と量的拡充の時代」(『厚生労働白書』2007年)として、一貫して医療の拡大を目指す政策が採られてきました。その方針の大転換を告げたのが、1985年の第1次医療法改正です。同改正においては、都道府県ごとの医療計画の策定により、はじめて病床数に総量規制が導入されることになりました。
それ以前は、極端にいえば病院は「建て放題」(一定の認可は必要)であり、自院の拡大を目指したい医療経営者は、その意欲と能力に応じて、病棟を増やしていくことが可能でした。その背景もあり、高度経済成長期以後、病院の建築数はほぼ一貫して増加していた(第1次オイルショック期を除く)のですが、そのピークとなったのが、総量規制が導入される直前の1980年前後の時期です。これには、法的な規制が実施されれば、それ以前のような拡大路線は不可能になるために「駆け込み建築」も多かったのではないかといわれています。
その後の病院建築数の動きですが、実際の規制実施(1989年)直前の1986~87頃に一旦増加してからは、1990年半ばまで減少を続けて反転し1998~99年頃にふたたび増加してピークを迎え、その後は多少の増減を繰り返しながら、緩やかに減少を続けています。
なお、病院数自体も1990年には1万件を超えてピークを迎えましたが、その後は緩やかな減少が現在に至るまで続いています。
この1980年前後と1980年代後半に大量に建設された病棟が、建築後35~40年程度を迎えて、現在建て替え時期となっているのです。
<図表1>病院着工件数の推移
病棟建て替えにはどれくらの費用がかかるのか
病院建て替えを検討する際に、確認しておかなければならないポイントがいくつかあります。重要なポイントは、建設費を中心とした建て替え費用です。
近年、建築資材の高騰や建築職人の不足などにより、建設費は全般的に上昇の一途をたどっています。
独立行政法人福祉医療機構が発表している「2020年度(令和2年度)福祉・医療施設の建設費について」(2021年7月8日)によると、2020年の病院の「1平米あたりの建設費」は370千円でした。おそらくはコロナ禍の影響もあり、前年(392千円)を若干下回ったものの、直近の建設費の底だった2011年には208千円だったので、約10年間で2倍近くまで上昇しており、依然として高止まりしています。
<図表2>病院建設費(平米単価)の推移
次に、同資料より「定員1人(1床)あたりの延べ床面積」を確認すると、2012年から微減を続けていましたが、2017年から少しずつ反転上昇を続けており、2020年は59.6平米となっています。
<図表3>定員1人(1床)あたりの延べ床面積
ここから、病院の定員1人(1床)あたりの建設費は、上記の平米単価×定員1人(1床)あたりの延べ床面積で求めることができます。2020年は、21,844千円と、過去最高を記録しています。
<図表4>病院建設費(定員1人(1床)あたり)の推移
たとえば、300病床の病院を建てる場合は、21,844千円×300≒26.2億円の建設費が見込まれることになります。これは建物だけなので、ここに、医療機器、ITシステム、什器・備品などの設備費を加えた費用が、2020年時点の直接的な建て替え費用ということになります。
上述のように、リーマンショック後の2011年を底として、建設費は上昇の一途をたどってきました。このような上昇傾向が今後も続くかどうかは不透明ですが、少なくとも近い将来、に大幅に下落傾向に転じることは考えにくいでしょう。もし、今後も上昇した場合は、事業費の総額もその分上昇し、病棟の建て替え規模(病床数)が大きければ大きいほど、建設費高騰の影響も大きくなる点には留意しておくべきでしょう。
現地で建て替えるか、移転するか
病棟の建て替えには、別の土地を用意してそちらに新病棟を建てて移転する方法と、現在の病棟がある敷地(現地)で建て替える方法とが考えられ、どちらにも一長一短があります。
▼別の土地に建設して移転する場合
この場合のメリットは、無駄のないスムーズな建て替えが可能なことです。新病棟が完成するまでは、現病棟で普通に業務を続け、新病棟が完成したら引っ越し、あとは旧病棟を建て壊せばいいだけだからです。引っ越し期間を除いて、病院の業務を休止したり、縮小する必要はありません。
また、建設に要する期間や費用も、現地建て替えに比べれば抑えられます。土地代については、移転後に現在地の土地を売却することで、移転先の土地代を相殺できるかどうかがポイントになりますが、これは地域にもよりますので一概にはいえません。少なくとも、一時的には移転先の土地を手当てする資金は必要になります。
一方、デメリットは、特に都市部の病院においては移転先となる代替地を手当てすることが非常に難しいことです。
病院の移転については、地域によって規制が異なります。たとえば東京など、多くの都市部の場合、移転は二次医療圏内に制限されます。ただでさえ土地が不足している都市部において、一定のまとまった面積で、周辺住民の理解も得られるような病院建設適地を二次医療圏内で探すことは、かなりの困難が予想されるでしょう。
適地が出てくるまで、5年、10年といった長い時間がかかるかもしれません。すると今度は、上述した建設費高騰の問題も考慮しなければなりません。10年後には建設費がどれだけ高騰しているかわからないのです。
▼現地建て替えの場合
現地建て替えの最大のメリットは、いうまでもなく代替地を探す必要がないことです。建設適地を見つけることが難しい都市部においては、実質的に現地建て替えを選ばざるをえないことも多いでしょう。
デメリットは、建て替え期間中、病院業務を休止、または縮小せざるをえないことです。建物の建て替えという観点からは、建て替え期間中は完全に業務を休止してしまうことがベストです。しかし、入院患者さんをどうするのか、医師や看護師の雇用をどうするのか、という点を考えると、実際には完全休止は難しいでしょう。
すると、病棟規模にもよりますが、現在の病棟の一部を残すか仮病棟を建て、縮小しながら病院業務を続けつつ、部分的に建て替えを進めていくことが一般的でしょう。しかし、そのようなやり方でも、患者さんの受け入れや診察にある程度制限が生じることはやむを得ません。また、何もない土地にゼロから建てる場合と比べて、建設期間も、建設費も上昇します。
大病院グループとの提携も一法
都市部で現地が比較的狭隘な土地の病院だと、建て替えを部分的に進めていくことは技術的に困難で、しかも移転できる代替地が見つかる可能性も低いという状況に陥ってしまうこともありえます。もし、休止もできないということになれば、老朽化した病棟で修繕だけをしながら続けていくしかない、ということになりかねません。
そのような場合、規模の大きな医療法人グループと提携することで、患者さんや医師、看護師などをスムーズに他院に転院、配置転換しながら病棟の建て替えを図るという方法は、検討に値するでしょう。
その他、建て替えにおいて留意しておくべき事項
ご存じのように、病棟の建設にあたっては、医療法や診療報酬の施設基準による面積基準など、各種の基準が設けられており、それは時代によって変化しています。たとえば、医療法による面積基準では、以前に比べて1床あたりに必要な病床面積がより広くなっています。(一般病棟の場合、旧基準1床あたり4.3平米以上 → 新基準6.4平米以上、など)また、廊下幅なども以前より広さが求められています。
さらに、診療報酬の基準では、病棟の機能によって求められる病床の面積などが異なり、たとえば緩和ケア病棟では、一般病棟に比べてより広い病床面積が求められ、基準を満たしてなければ緩和ケア病棟としての診療報酬点数を請求することができません。
ここからいえることは、旧基準時代の病棟と同じ病床数の新病棟を建てる場合は、以前よりも広い床面積の建物が必要になる可能性があるという点です。たとえば、緩和ケア機能に力を入れていくために適した病棟を建設しようとするなら、相当に面積を増やした病棟を建設しなければならないということになるでしょう。すると、同じ広さの土地では、同じ病床数の病棟が建設できなくなる可能性も生じてきます。
そこで、病棟建て替えにあたっては、将来にわたって自院をどのような病院にしていきたいのかという経営戦略が起点にならなければならないのです。
大プロジェクトとなる病棟建て替えの考え方
病棟は、規模や工法などにもよりますが、一般的には30~40年程度で建て替え時期を迎えます。30年~40年周期ということは、ほとんどの医療経営者にとっては、自分が経営者に就いている間に1回遭遇するかしないかのプロジェクトになるということです。そのため、多くの医療経営者は、何をどう準備すればいいのかよくわからないというのが本当のところでしょう。では、どのような順序で考えればいいのでしょうか。
病棟建て替えを検討する際のもっとも基本となるのは、病院が存在している地域医療の将来をどのように見据えて、その中でどのような病院経営を目指すのかという将来にわたる経営戦略です。地域医療構想や包括ケアシステムが今後導入されていく中で、自院を地域の中でどのような役割を持つ病院として位置付け、地域住民にどんな医療サービスを提供していきたいのかという点が、もっとも基本になります。
その上で、それにふさわしい病棟はどんな機能を持つ病棟であるべきなのかという建物機能の視点が必要です。上述したような診療報酬の建設基準も考慮が必要でしょう。
また、そういった建物を建てるのに費用がいくら必要で、かかった費用をどのように回収していくのかという財務やキャッシュフローの分析やシミュレーションも必要になります。
さらに、経営者が高齢で、近い将来に事業承継や相続が予測される場合は、その点も加味して、いつ、どのように建て替えをおこなうのがいいのか、場合によっては改修にとどめて建て替えはしないという選択も含めて、慎重に検討しなければなりません。
医療経営者は、医療に関しては知見や経験があっても、建物の建て替えを伴うような大きな経営プロジェクトの専門家ではありません。まして、建築についてはほとんど知らないのが普通でしょう。
そのため、上記のような検討をするに際して、病棟建て替えへのアドバイス経験が豊富な医療経営コンサルタントなど専門家の力を借りながら進めていくのが一般的です。まずは、信頼できる専門家を探すことが、病棟建て替えの第一歩となるでしょう。