近年、テクノロジーの進歩とグローバル化により、日本の電機業界は変革期にあります。かつての高度経済成長期を支えた家電などの分野は、中国や韓国の企業に台頭され、大手企業であっても、従来の経営手法では成長を継続することは難しい状況にあります。
そこで、各企業はM&Aによって選択と集中を図ったり、積極的に最先端のテクノロジーを獲得したりするなど事業の強化、拡大を行っています。
本記事では電機業界の定義や現状、電機業界で行われるM&Aの動向や特徴、実際に電機業界で行われたM&A事例について解説します。
▷関連記事:M&Aとは?M&Aの目的、手法、メリットと手続きの流れ
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。
・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
電機業界の現状と市場動向
電機業界は、工業用である重電機器と家電などの軽電機器、また半導体などの電子デバイスや液晶パネルなど広範囲に渡ります。
国内の代表的な企業である株式会社日立製作所やソニー株式会社、パナソニック株式会社などは、それぞれブランドを持ち、家庭用から社会インフラまで広い範囲で事業を行うことから総合電機メーカーともよばれます。業界動向リサーチによると、2017年度の電機業界の市場規模は83兆5,832億円です。
しかし、近年は減少傾向が続いていて、特に家電の分野は国内需要が買い替え需要に支えられるのみで頭打ちの状態です。また、主な販路である家電量販店の寡占化が進み、メーカー側は有利な価格交渉が難しくなり、メーカーサイドは事業の絞り込みや他社との提携を積極的に行っています。
こうした状況を受け、新たな需要を求めて一部の企業は海外戦略に移行し始めていたり、自社の強みに注力するため事業の選択と集中を行い、事業の強化、拡大に努めている状況です。
電機業界のM&A動向
電機業界のM&Aは、ソニーなどを中心に積極的な海外展開が目立ちます。過去の大規模なM&Aを振り返れば、ソニーは1980年代にアメリカのCBSのレコード部門であるCBSレコーズと映画会社であるコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメントを買収し、音楽や映像といったエンターテインメントの分野においても世界的な企業になりました。
このM&Aにより、ソニーの持つ音響や映像機器、デジタル処理技術などのハード面での技術と、CBSレコーズやコロンビア・ピクチャーズが持つ音楽、映像分野でのソフト面での技術が融合し、シナジー効果が発揮されました。
ソニーのように、日本の電機業界の企業の中には世界的な企業として、日本経済を支えてきた企業が多くあります。こうした企業は総合電機メーカーとして、家庭で使われる白物家電や黒物家電といった軽電機器から、工場や病院などで使われる産業用の機械などの重電機器まで「電機機器」を幅広く扱っていました。
しかし、近年、国内での需要が頭打ちになっていることや、テレビなどの分野で安価な商品展開をする海外企業が進出してきたことで、幅広い事業に投資をするよりも、特定の分野に投資を集中し、業績を上げようとする動きが起こっています。
それに伴って、電機業界のM&Aは各社、自社の事業のどの部分を成長させたいのかが顕著にわかるものになっています。業界全体の特徴としては、海外展開とIoT事業の強化に焦点をあてたものが多く、海外企業との競争を含めて各社生き残りをかけて事業の強化、拡大に努めています。
IoTやAI事業での事業強化を目的としたM&A事例4選
1.ソニー株式会社によるイスラエルのALTAIR SEMICONDUCTORの買収
2016年2月、ソニー株式会社はイスラエルのAltair Semiconducto(以下、アルティア社)を買収しました。
ソニーは、複数のグループ会社を持ち、カメラやオーディオ、ゲーム、音楽、映像、金融などの多種多様な事業を展開しています。
また、M&Aによる海外進出を積極的に行い、1980年代にはアメリカの大手映画会社であるColumbia Pictures Industries, Inc.や大手レコード会社のCBS Recordsを巨額の資金で買収したことでも有名です。
アルティア社は、高速データ通信規格「LTE」に特化したモデムチップ技術を保有しており、またその関連ソフトウェアの開発、販売を行っている会社です。イスラエルに本社を置き、従業員数は約220人で、アメリカや中国、台湾に子会社を持っています。
アルティア社の通信用半導体は高性能かつ低消費電力、そして低コストであり、拡大が見込まれるIoT機器やウェアラブル端末などのデバイス分野との高いシナジー効果が期待され、今回の買収が行われました。
2.三菱電機株式会社によるスイスのASTES4 SAの子会社化
2018年8月、三菱電機株式会社はASTES4 SAの全株式を取得し子会社化しました。
三菱電機は重電システム、産業メカトロニクス、情報通信システム、電子デバイス、家電事業を展開する総合電機メーカーです。
1921年の設立以来、家庭用扇風機から人工衛星まで幅広い分野で日本の電機業界をリードしてきました。
ASTES4は板金レーザー加工自動仕分け装置メーカーです。さまざまな素材に柔軟に対応でき、素材の搬入、搬出機能も備えた自動仕分け装置は特許を取得しています。
今回の買収は、三菱電機の板金レーザー加工機にASTES4の自動仕分け装置を組み合わせた高付加価値な板金レーザー加工自動化システムを提案、販売することにより、更なる板金レーザー事業の売り上げ拡大を図ることが目的です。
実際に2019年に発表された自動仕分け装置では、オペレーターが素材やレーザー加工機による切断情報などを入力するだけで、AIが判断し最適な形で仕分けすることが可能になりました。重心計算やツール選択、仕分け先のパレット指定などの複雑な工程を自動化できることにより、更なる生産性の向上を可能としています。
3.株式会社日立製作所の子会社によるアメリカのVIDISTAR,LLCの買収
2018年1月、株式会社日立製作所の100%子会社で、アメリカにおけるヘルスケア事業の統括会社であるHitachi Healthcare Americas Corporationは、VidiStar, LLCを譲り受けました。
日立製作所はIT、エネルギー、工業用製品、家電、医療機器、ビルや鉄道など幅広い分野で事業を展開しています。
VidiStar社は、アメリカで約1,000施設の顧客基盤を持ち、医師自身でカスタマイズ可能な診断レポート作成機能、クラウドのデータ保管機能など、画像診断の改善に寄与する製品、サービスを提供している会社です。
今回の買収は、日立製作所のヘルスケア領域における画像診断分野の強化と、アメリカでのヘルスケア事業の拡大を目的に行われました。また、日立は2018年よりIoTプラットフォームであるLumadaを展開していて、このLumadaと組み合わせたデータ活用を行い、更なる医療の質向上を図っています。
4.双葉電子工業株式会社による株式会社カブクの子会社化
2017年9月、双葉電子工業株式会社は株式会社カブクの株式を取得し子会社化しました。
双葉電子は蛍光表示管、金型用部品、ラジコン機器などの開発、製造、販売を行うメーカーです。1948年に、ラジオ受信用などの真空管の製造、販売会社として設立されました。
カブクは企画、設計、デザインから、試作、プリプロダクション、量産フェーズまで分野問わず、開発サービスを行っている会社です。主に、産業用3Dプリンティングから切削、板金などにも対応可能なオンデマンド製造サービス「Kabuku Connect」や、工場向け受発注管理システム「Kabuku MMS」などのデジタル製造プラットフォームを提供しています。
今回の子会社化は、双葉電子にとってカブクが持つ製造業向けのICTを活かしたクラウドサービスを獲得し、事業領域の拡大に繋げることが目的です。双葉電子が持つ生産技術力や製造業ビジネス基盤と、カブクのデジタル製造プラットフォームやソフトウェア開発力を連携し、新たな製造ビジネスの創造を目指しています。
海外企業による国内の有名企業買収の事例3選
1.中国の青島海信電器股份有限公司による東芝映像ソリューション株式会社の買収
2018年2月、東芝映像ソリューション株式会社は株式会社東芝から中国ハイセンスグループの中核事業会社である青島海信電器股份有限公司に株式譲渡されました。
東芝映像ソリューションは、テレビおよびその周辺機器や業務用ディスプレイなどの開発、設計、製造、販売を行っている会社です。テレビのブランドの「REGZA」を中心に事業を展開しています。
海信電器は、中国のハイセンスグループの傘下にある企業で上海、深セン、香港の3つの証券市場に上場している企業です。ハイセンスグループは通信技術やAI、家電や不動産など幅広い分野でサービスを提供する企業です。
今回の譲渡は、テレビを軸とする東芝の映像事業の営業赤字が2011年度以降続いたことによります。親会社である東芝は、全ての赤字事業に対して徹底的に構造改革を行う方針を打ち出していて、その一事業であるテレビ事業の譲渡に踏み切りました。
ハイセンスグループとしても、今回の譲渡によりグローバル展開を加速することが可能になることや、テレビの画質やチップ、音響などの分野において豊富なノウハウを持つ東芝の映像事業を獲得できたことで、さまざまなメリットを期待しています。
2.美的集団有限公司による東芝ライフスタイル株式会社の子会社化
2016年6月、東芝ライフスタイル株式会社は株式会社東芝から美的集団股份有限公司の子会社であるMidea International Corporation Company Limitedに株式譲渡されました。
東芝ライフスタイルは冷蔵庫や電子レンジ、洗濯機、掃除機などの生活家電やエアコンや扇風機、加湿器、除湿器などの空調機器、ラジオや電池などの電子機器などの開発、製造、販売を行う会社です。
美的集団は、中国の家電メーカーで、エアコンや冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなどの開発、製造、販売しています。1968年に設立され、1993年に深センの証券取引所に上場しました。
今回の譲渡は、前の事例と同じく東芝の家庭電気機器事業である東芝ライフスタイルの赤字が膨らんだことによります。特に2014年3月期から2015年3月期の1年間の間に約40億円から約600億円へと膨れ上がりました。この赤字状態を改善すべく、東芝は他社との事業再編も含め、譲渡先の企業を探していました。
美的集団にとっては、日本国内だけでなくアジア市場でも事業を展開している東芝のブランド力を手に入れられることは大きな魅力となりました。
また、東芝と美的集団はエアコン向けのコンプレッサー事業での合弁事業をしていて1990年代から協業関係にありました。今回の譲渡は更なるパートナーシップの強化になったと考えられています。
3.鴻海精密工業股份有限公司によるシャープ株式会社の子会社化
2016年4月、鴻海精密工業股份有限公司は、子会社であるFoxconn (Far East) LimitedとFoxconn Technology Pte. Ltd.と共に出資し、シャープ株式会社を第三者割当増資の引き受けにより子会社化しました。この出資により鴻海精密工業およびFoxconn FE、Foxconn Technologyの3社でシャープの議決権を合計66%を取得しました。
シャープはテレビや冷蔵庫、スマートフォン、ロボットなどの電気通信機器や電気機器、電子応用機器の製造、販売をしている会社です。金属加工業から創業し、社名の由来ともなっているシャープペンシルの事業やラジオの事業を経て、日本有数の総合電機メーカーへと成長しました。
鴻海精密工業は、スマートフォンや薄型テレビなどの電子機器を受託生産する「EMS」とよばれる業態で展開する企業です。主な製品としてはApple Inc.のスマートフォン「iPhone」やソフトバンク株式会社のヒト型ロボットである「Pepper」などが挙げられます。
鴻海精密工業の出資前の2015年度のシャープは、2,559億円の最終赤字でした。この業績悪化などを理由に、第三者割当増資による子会社化が行われました。その後、2016年第3四半期より黒字に転じ、それ以来2019年の第1四半期まで黒字を継続しています。
半導体分野における業界再編が起こったM&A事例2選
1.加賀電子株式会社による富士通エレクトロニクス株式会社の子会社化
2019年1月、加賀電子株式会社は富士通エレクトロニクス株式会社の株式を70%取得し子会社化しました。今後、2021年を目途に段階的に残りの30%も取得する予定です。
加賀電子は、電子部品や半導体の販売から受託開発、製造サービスとパソコンおよび周辺機器などの完成品の販売を行うエレクトロニクス商社です。1968年の創業以来、世界各地に展開し国内外に50社以上のグループ会社を持っています。
富士通エレクトロニクスは電子デバイスの設計、開発および販売を行っている会社です。自動車やAV機器、通信機器など向けに電子デバイス商品の販売を行っているほか、アプリケーションボードやIoT無線通信モジュールの開発、販売などを行っています。
今回の買収により、加賀電子は売上規模5,000億円級の企業グループを形成することになり、中期経営計画で目指す「日本における業界No.1企業」への経営基盤を固めることに繋がりました。加賀電子、富士通エレクトロニクスともに電子部品と半導体ビジネスのシェアの拡大や海外市場の拡大、経営効率の向上といったシナジー効果を期待しています。
2.株式会社UKCホールディングスと株式会社バイテックホールディングスの吸収合併
2019年4月、株式会社UKCホールディングスと株式会社バイテックホールディングスは、UKCホールディングスを存続会社、バイテックホールディングスを消滅会社とする吸収合併を行い、株式会社レスターホールディングスに商号を変更しました。
UKCは、ソニー製半導体を中心に半導体モジュールやディスプレイ、バッテリーなどの製品を国内外問わず扱うエレクトロニクス商社です。中国や韓国、タイ、シンガポールなどに拠点を構え、EMS事業を展開しています。
バイテックは半導体や電子部品などの販売などを行っているエレクトロニクス商社です。
今回の経営統合により、製品ラインナップや販路の拡大、生産性の向上、高付加価値を持つビジネスの拡大などをシナジー効果として期待しています。合併後のレスターホールディングスは売上規模5,000億円規模のグループ会社となります
▷参考:成約事例 | fundbook(ファンドブック )M&A仲介サービス
まとめ
電機業界、特に家電の分野は高度経済成長期から90年代にかけて、日本製品は世界中で愛用されました。その中でも、テレビは圧倒的なシェアを誇り、「Japan as No.1」とまでいわれる黄金期を築きました。
しかし、近年では中国や韓国のメーカーにシェアを奪われ、東芝のように事業の整理に迫られる企業も現れるなど、変化を求められています。そのような中で、各社は生き残りをかけて、IoTの導入や事業の選択と集中のためにM&Aを行う動きが加速しています。電機業界ではM&Aは、経営戦略として重要になっていくでしょう。