医療施設経営者を悩ます後継者不在問題
医療施設(病院やクリニック)の経営者を悩ませる問題はたくさんありますが、近年、増加しているのが、病院の次代への引き継ぎをどうするのかという事業承継問題です。その背景には、現在医療施設を経営している経営者の高齢化が進んでいること、および後継者不在が増加していることがあります。
それぞれについて確認してみましょう。
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医療経営者の平均年齢は64.3歳
日本社会全体の高齢化が進行している中、経営者も年々高齢化が進んでいます。帝国データバンクが調査している「全国社長年齢分析」の2021年分によると、日本の経営者の平均年齢は調査開始年である1990年以降初めて60歳を上回り、60.1歳になりました。1990年の時点では54歳だったので、この30年間で経営者の平均年齢が6歳も上昇したことになります。
では、医療業界に限ってみるとどうなっているでしょうか? 実は、全体の平均と比べても、医療経営者の高齢化は際立っています。厚生労働省が調査・公表している「医師・歯科医師・薬剤師統計」(2018年分)によると、「病院の開設者又は法人の代表者」(=医療経営者)の平均年齢は、64.3歳(男性64.7歳、女性58.7歳)です。割合として大半を占める男性の医療経営者だけでみると、約65歳が平均年齢になっています。先にみた、日本の経営者全体の平均年齢と比べて、さらに5歳近くも高齢化が進んでいるのです。また、診療所(クリニック)の「開設者又は法人の代表者」をみると、こちらは平均年齢が61.7歳(男性62.0歳、女性59.1歳)であり、病院の代表よりは多少低くはなってはいますが、やはり日本企業の平均よりは高い数値となっています。
<経営者の平均年齢>
企業全体 ※1 | 60.1歳 |
診療 ※2 | 61.7歲 |
病院 ※2 | 64.3歲 |
(※1:2020年、※2:2018年)
病院の男性経営者の平均年齢が約65歳ということは、40代、50代の経営者がいる一方で、70代はもちろん、80代でも現役で病院代表についている経営者がいるということです。しかも、この「医師・歯科医師・薬剤師統計」は「全国社長年齢分析」の調査時点よりも2年ほど前の2018年時点のデータが現在公表されている最新のものです。2021年12月には、先の「全国社長年齢分析」と同時点の2020年調査データが公表予定ですが、そのデータを確認すれば、間違いなくさらに高齢化が進展しているものと思われます。
約4分の3の医療施設で後継者が決まっていない
医療施設における後継者不在の状況も確認しておきます。帝国データバンクの「全国企業『後継者不在率』動向調査」(2020年)によると、後継者不在の中小企業は、全国平均で65.1%となっています。一方、同調査における業種分類の「病院・医療」においては、後継者不在が73.6%と、こちらも全企業平均よりかなり高い数値です。およそ4分の3の医療施設で後継者が不在となっている現状が浮き彫りにされています。また、「病院・医療」のカテゴリーをさらに細かくみると、無床診療所や歯科診療所では約9割、有床診療所や老人保健施設では約8割が後継者不在となっており、特に後継者不在の割合が高くなっています。
<後継者不在の企業(2020年)>
企業全体 | 65.1% |
病院・医療 | 73.6% |
ただし、この調査における「後継者不在」とは、後継者がいないことが決まっているケースの他に、「現時点において後継者が決まっていない」というケースも含みます。たとえば、医療経営者の年齢が比較的若いために、後継者選定に着手していないというケースも含まれていますし、医療経営者に医師の子がいるけれども、病院の理事長職を継ぐかどうか、まだ意志決定していないというケースも含まれています。それらのケースでは、実際の事業承継が間近になれば、子が引き継ぐ場合もあるでしょう。したがって、同調査で「後継者不在」となっている医療施設のすべてで、必ず後継者が見つからないというわけではありません。しかし、そうだとしても、約4分の3で後継者が未定というのは、医業の承継、地域医療の存続という観点からは、かなり不安な状況といえるでしょう。
子が医療施設の経営を承継しない場合
もし、経営者の子など親族が後継者にならない場合は、「院内承継(親族外の医師などへの承継)」「第三者承継(M&A、合併など)」「廃業」の3通りの道しかありません。直近のデータがまとまっている「令和元(2019)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」(厚生労働省)で、医療施設数の増減を確認すると、2018年~2019年の1年間で、次のようになっています。
<医療施設の増減(2018~2019年)>
開設・再開 | 廃止・休止 | 純増減 | |
病院 | 66 | 138 | -72 |
一般診療所(有床・無床) | 7,986 | 7,475 | +511 |
歯科診療所 | 1,521 | 1,634 | -113 |
歯科以外の一般診療所は、廃業・休業も多いものの、新規開業がそれを上回るため、純増になっています。一方、病院、歯科診療所については、廃業・休業が新規開業を上回り、純減となっています。より長期的な推移をみると、診療所の総数は近年増加傾向が続いていますが、病院については、すでに20年以上前からその総数が減少しています。2000年には9,266施設だった全国の病院数は、2021年2月末時点で8,234施設まで減少しました。この20年間で、日本全国で約1,000もの病院が消滅したのです。
<図:病院数の推移>
もちろん、診療所にしろ、病院にしろ、上記のデータにみられる廃業・休業の理由は、必ずしも後継者不在だけとは限らないでしょう。しかし、代表者の高齢化が進み、かつ後継者不在の割合が多くなれば、自ずと廃業を選ばなければならない医療施設も増えるのは、当然のことです。
地域に医療施設を残すために
医療施設の廃業は、経営者にとっては、長年かけて育て守ってきたものが消滅してしまうという、残念な結果といえるものとなります。そして医療施設の消滅は、地域住民にとって、医療環境の悪化というウェルネスやQOLの低下に結びつく事態をもたらすものでもあります。では、医療施設が廃業を避け、地域に医療を残すためにはどうすればいいのでしょうか?
①親族内承継の準備を「なるべく早期から」進めること
②親族内承継が不可能とわかった時点で、すぐに院内承継の可能性を検討すること
③親族内承継も、院内承継も見込みがなければ、すぐに第三者承継(M&Aなど)を具体的に検討すること
この①~③の順で考えることが、地域に医療施設を残すことにつながります。今後の記事では、医療施設の事業承継をとりまく状況と、地域に医療施設を残すために必要な考え方について、順次説明していきます。