化学業界 M&A

1800年代に化学理論が確立して以降、化学産業は医療、農業、繊維、機械などの幅広い産業を支えてきました。しかし近年では、化学業界は利益率の減少や競争の激化、顧客のニーズの拡大といった課題を抱えています。そんな中、化学業界では、収益性の悪い事業を譲渡したり、収益性が高い事業を強化したりするためのM&Aが盛んに行われています。

本記事では、化学業界の動向や、化学業界で行われているM&Aの特徴について解説した後に、実際に行われたM&Aの事例について紹介します。

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化学業界の動向

化学業界は、石油や天然ガスなどを原材料として、合成ゴムや合成樹脂、プラスチックなどの材料を製造したり、合成洗剤や石けん、農薬や化粧品といった最終製品を製造する産業のことです。

化学業界には、プラスチック製品製造業やゴム製品製造業、窯業などが含まれる場合もありますが、本記事では、化学工業のみを化学業界と定義します。化学工業は、さらに化学肥料や無機化学工業製品、有機化学工業製品などに分類されます。

経済産業省の産業別統計表によると、2017年度の化学業界の市場規模は約28.7兆円であり、前年度より約5.4%増加しました。化学業界は石油を主な原料としているため、原油価格の変動を受けやすく、2011年から2013年にかけて世界的な原油価格の上昇により収益が悪化しました。ただし2014年以降は原油価格も落ち着き、円安の影響もあり業績は回復傾向にあります。

人口減少により国内市場は縮小していくと予測される中で、大手メーカーは海外輸出を盛んに行ったり、海外市場に進出しています。また世界的にも、長年多くの企業が、利益率の減少や製品の均一化、発展途上国での競争激化を受け、コスト削減や経費削減で対処してきました。しかし近年ではM&Aによる成長戦略で収益性を伸ばす動きが見られます。

化学業界 M&A

化学業界のM&Aの特徴

日本の化学業界の企業は、上述したように国内市場の縮小や原材料の高騰、国際的な競争の激化によって収益が伸び悩んでいます。こうした状況を受け、各企業は低収益事業を譲渡して高収益事業への集中を図ったり、技術やノウハウの獲得、成長分野への進出、海外市場への参入などを目的とした譲り渡しをしています。

また、化学素材を製造・販売する会社が、部品や最終製品を製造する会社を譲り受け、バリューチェーンの上流から下流までを一貫して行えるようにする事例も増加しています。この川上と川下の企業によるM&Aは「垂直型M&A」とも呼ばれます。中でも自動車部品メーカーとのM&Aが多く、素材メーカーが自動車の部品の金型や車載シートの会社を譲り受ける事例があります。

最新の国内M&A事例3選

1.石原ケミカル株式会社によるキザイ株式会社の子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.unicon.co.jp/

2019年10月、石原ケミカル株式会社が、表面処理剤を製造するキザイ株式会社の全株式を取得して子会社化しました。

石原ケミカルは、電子部品の接合に欠かせない金属表面処理剤やノーベル物理学賞を受賞した素材であるグラフェン、自動車用化学製品などを生産する会社です。キザイは装飾めっき用の表面処理剤の生産を主に行っています。

石原ケミカルは、電子部品の金属表面処理剤に加え、今回のM&Aによりこれまで扱っていなかった装飾めっき用表面処理剤の製造も可能になりました。両社の経験やノウハウを共有することで、製品提案力や技術サポート力が向上し、表面処理剤の事業の拡大を見込めるとしてM&Aを実施しました。

2.北興化学工業株式会社による村田長株式会社の子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.hokkochem.co.jp/

2019年3月、北興化学工業株式会社が繊維資材の専門商社である村田長株式会社の全株式を、株式会社地域経済活性化支援機構より取得して子会社化しました。

北興化学工業は、殺虫剤や除草剤などの製造販売を行う農薬事業や、電子材料や医薬品原料・中間体や、防腐・防カビ剤などの製造販売を行うファインケミカル事業を行っています。村田長株式会社は、創業130年の繊維資材の専門商社であり、合成皮革や塩ビレザーといった靴や鞄、雑貨などに使用される素材を製造しています。

北興化学工業は、3ヶ年経営計画において事業分野・領域の拡大を掲げていて、シナジー効果が期待できる分野・領域での提携やM&Aを検討してきました。このM&Aにより、ニーズや需要動向に合った素材の開発、生産が可能になりました。また村田長がもつノウハウやネットワークを自社の生産・製造機能や研究開発機能、子会社の北興産業株式会社のマーケティング機能に活かせるとしています。

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3.萩原工業株式会社による東洋平成ポリマー株式会社の買収

化学業界 M&A引用元:https://www.hagihara.co.jp/

2018年6月、萩原工業株式会社が東洋電化工業株式会社より東洋平成ポリマー株式会社の全株式を取得して子会社化しました。

萩原工業は、岡山県倉敷市に本社を置き、合成樹脂繊維の「フラットヤーン」を用いた製品の製造や、産業機械の製造・販売を行っています。東洋平成ポリマーはフラットヤーンを用いた機能糸や産業資材ラミクロス類とともに、合成樹脂製フィルムを製造していて、文具や食品、医療分野などの幅広い分野で包装用途などに使われています。

両社とも合成樹脂加工の事業を展開していますが、萩原工業は合成樹脂製の糸を、東洋平成ポリマーは合成樹脂製フィルムをそれぞれ製造していて、フィルムと糸の技術の一体化により新たな用途の開発を進めるとしています。

海外企業を譲り受けたM&A事例3選

1.住友化学株式会社によるトルコのEmas Plastik A.S社およびその関連会社の子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.sumitomo-chem.co.jp/

2019年8月、住友化学株式会社は、子会社の住化ポリマーコンパウンドヨーロッパを通して、トルコの樹脂コンパウンドメーカーであるEmas Plastik A.Sおよびその関連会社(以下Emasグループ)を子会社化しました。

住友化学は、化学業界において国内売上高2位であり、石油化学事業、医薬品部門、情報電子化学事業についで、農薬などを扱う健康・農業関連事業の売上が高くなっています。

Emasグループは、ポリプロピレン(以下PP)コンパウンドにおいて、トルコ国内で最大級の生産能力を有していて、またリサイクル材料を用いたPPコンパウンドで国内トップの販売量を誇っています。

トルコは欧州への輸出の拠点であり、多くの企業が自動車や家電の生産拠点を構えているため、PPコンパウンドの需要は今後も堅実に拡大していくと見込まれています。


住友化学は今回の子会社化により、トルコ国内の自動車や家電のメーカーに対するPPコンパウンドの生産・販売を強化します。また欧州でのリサイクル材料を用いた製品への需要増加に対応し、PPコンパウンド事業をさらに拡大させていくとしています。

※ポリプロピレン(PP)コンパウンド : 主成分であるポリプロピレンに、他ポリマーや添加剤、補強剤などを加えて、耐衝撃性や剛性を向上させた材料のこと。自動車のバンパーや内装材、家電製品の筐体などに使用される。

2.三菱ケミカル株式会社によるアメリカのAdvanced Polymer Technologies, LLC社の子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.m-chemical.co.jp/

2019年6月、三菱ケミカル株式会社は連結子会社のMitsubishi Chemical Advanced Materials AG社を通して、Advanced Polymer Technologies, LLC社(以下APT社)の全持分を取得して子会社化しました。

三菱ケミカルは三菱ケミカルホールディングスの売上の約7割を占めており、2017年に三菱化学と三菱樹脂、三菱レイヨンの3社が統合することで発足しました。アメリカのAPT社は耐熱性や強度に優れた「エンジニアリングプラスチック(エンプラ)」と呼ばれる、高機能樹脂を使った部品を北米やアジア地域を中心に提供している会社です。

三菱ケミカルはAPT社が持つ供給網を生かし、高機能樹脂の販売の拡大を進めるとしています。また、エンプラを使った部品は次世代通信規格の5GやIoT(Internet of things)向けに需要拡大が見込まれていて、成長市場での事業拡大も目指しています。

3.信越ポリマー株式会社によるタイのHymix Co.,Ltd社の子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.shinpoly.co.jp

2019年1月、信越ポリマー株式会社と、連結子会社の Shin-Etsu Polymer Singapore Pte.Ltd.および Shin-Etsu Polymer (Thailand) Ltd.がタイのHymix Co.,Ltd社の全株式を取得して子会社化しました。

信越ポリマーは信越化学工業のグループ会社として1960年に設立され、塩化ビニル樹脂やシリコーンゴムの加工をコア技術としてさまざまな製品を提供しています。Hymix Co.,Ltd社はタイにおいて合成樹脂製品の製造や販売を行っています。

信越ポリマーは中国やシンガポール、インドなどの会社をグループ会社としていますが、このM&Aにより生産拠点を確保し、東南アジアで事業拡大を進めるとしています。

化学業界の垂直型M&A事例3選

化学業界は、原油や天然ガスを精製してエチレンやナフサといった基礎製品を生み出す川上産業と、基礎製品を原料にプラスチックや合成ゴムを作る川中産業、最終製品を作る川下産業に分けられます。上述したように、この川上産業の会社が川下産業の会社を譲り受ける事例も多く見られます。

1.旭化成株式会社によるアメリカのSage Automotive Interiors, Incの子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.asahi-kasei.co.jp/asahi/jp/

2018年9月、旭化成株式会社はSage Automotive Interiors, Inc(以下Sage社)の株式を約791億円で譲り受けて子会社化しました。

旭化成はマテリアル、住宅、ヘルスケアの3領域で事業を展開し、マテリアル領域ではポリエチレンやポリスチレンなどの石油化学製品や、高機能樹脂や合成ゴムなどを製造しています。

一方アメリカのSage社は、シートをはじめとした自動車内装材に用いる各種繊維製品の開発・製造・販売を行っていて、ドイツのダイムラー社やBMW社に製品を供給しています。

旭化成は車のシートの材料となる人工皮革を製造していて、M&A前もSage社に供給していました。車の内装の高級化が進み、需要が高まることが予測される中で、材料から製品供給までの一貫体制を築き、収益を伸ばすとしています。

2. 三井化学株式会社による株式会社アークの子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.mitsuichem.com/jp/index.htm

2018年1月、三井化学株式会社は、完全子会社の株式会社エムシーインベストメント01を通して、株式会社アークに対してTOB(株式公開買付)を実施し、74.69%の株式を約301億円で取得して連結子会社化しました。

三井化学はモビリティ事業、ヘルスケア事業、フード&パッケージング事業を重点領域として事業展開している会社です。中でもモビリティ事業において、機能性コンパウンドや機能性ポリマーといった多様な機能性樹脂製品群の開発・製造・販売を行っています。

アークは工業製品における新製品の開発を支援する会社であり、デザインから設計・解析、試作、金型、少量生産といった幅広いサービスを提供しています。

アークは自動車製造において、設計段階から量産前の小ロットの部品生産まで、幅広い支援体制を持っています。近年、自動車は車体の軽量化に伴って部品や構造材が樹脂で作られるようになってきました。アークを子会社化することで、自動車メーカーの開発方針に素早く対応し、適切な材料を提案できると考えています。

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3.積水化成品工業株式会社による株式会社ヤマキュウの子会社化

化学業界 M&A引用元:https://www.sekisuiplastics.co.jp/

2016年10月、積水化成品工業株式会社は、株式会社ヤマキュウの株式のうち85.5%を取得して子会社化しました。

積水化成品工業は、発泡プラスチックス製造を行っており、より高機能な発泡プラスチックス素材や商品の拡販と、他素材との複合商品化による事業拡大を目指しています。ヤマキュウは自動車部品の製造販売を行う会社であり、高度な成形加工技術や設備を持っています。

積水化成品工業は、開発したテクフォーマー(CFRP複合発泡成形体)とよばれる素材をエネルギー分野や自動車分野などへと事業展開したいと考えています。ヤマキュウを子会社化することで、テクフォーマーの成形加工技術を向上し、またサンプル製作から量産化までの一貫した成形加工体制を構築して、事業展開を加速させるとしています。

なお、2018年4月には、ヤマキュウの株式を全て取得して完全子会社としており、社名も株式会社積水化成品ヤマキュウへと変更しています。

まとめ

化学業界は、業績が原材料の価格に大きく左右されるほか、他社との化学素材の差別化も難しくなってきていて、収益が伸び悩む企業が多く存在します。また、将来的に日本の人口が減少し、国内市場が縮小していくと予測されています。そんな中で、企業はM&Aを活用して新たな技術・ノウハウを獲得して収益性を向上させたり、海外展開の拠点を獲得しています。

化学業界全体としてM&Aが盛んになり、多くの会社がM&Aを検討しているため、希望条件にあった会社が見つけやすかったり、希望する価格でのM&Aがしやすくなったりします。この機会にM&Aを検討してみてはいかがでしょうか。