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2023/09/29

医療M&Aにおける事業譲渡スキームの意義と注意点

医療M&Aにおける事業譲渡スキームの意義と注意点

複数の病院や診療所、あるいは介護施設やその他の関連サービスなど、複数の事業を展開している医療法人(あるいは個人事業の医療経営者)も少なくないでしょう。そのような医療経営において、一部の事業領域あるいは施設だけを切り離して譲渡をしたい、あるいは事業の譲渡はしたいけれど法人は残したいといった場合があります。このようなニーズは、「事業譲渡」というスキームを用いることで実現できます。

事業譲渡は、特定の事業や資産を指定して承継させるものであり、売り手にとっては経営戦略に柔軟に対応したM&A戦略を可能にし、また、買い手にとっては、法人全体を譲受ける場合と異なり、その事業外での各種リスクが遮断できるなどのメリットがあります。

一方で、事業譲渡は、契約関係や権利義務の承継が複雑になるなど、M&Aプロセスの事務負担が重くなる傾向があります。医療施設の場合、病床等の許認可取得の可否や患者のカルテの引き継ぎなど、医療施設特有のクリティカルな手続きへの配慮も欠かせません。

本記事では、医療施設のM&Aスキームとしての事業譲渡とはどんなものか、また、事業譲渡を用いる場合のメリットや留意点について説明します。

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事業譲渡によるM&Aとはなにか

医療施設にはさまざまな経営の主体があり、その主体、あるいは目的に応じてM&Aのスキームもさまざまな形が考えられます。
現在、病院経営においては主流を占めている出資持分ありの医療法人(経過措置型医療法人)の場合は、「出資持分の譲渡」と「経営権の承継(社員、理事の交代)」をあわせて、「法人譲渡」をするスキームが一般的です。この場合は医療法人全体を譲渡することになり、譲渡の対価は経営者が得ます。
これに対し「事業譲渡」は、医療法人の出資持分や経営権などはそのままにして、一部(または全部)の事業を譲渡するM&Aスキームです。医療法人の場合、事業を譲渡する主体は(経営者ではなく)医療法人になるので、譲渡対価は経営者ではなく医療法人が受領することになります。

なお、事業譲渡は個人事業主の場合にも適用できます。
たとえば、個人で複数の医療施設を経営しており、そのうちの一部を他者に譲り渡すようなケースです。個人事業主の場合には、事業譲渡の対価は、医療経営者自身に入ってくることになります。

医療経営において、事業譲渡が検討されるケース

売り手となる医療経営者にとって、医療法人の譲渡ではなく、事業譲渡を検討する意義があるのは、次のような場合です。

①事業種類の選択と集中を図りたい
例:病院と老健を経営している医療法人が、収益性が低下している老健だけを譲渡したい。

②事業エリアの選択と集中を図りたい
例:複数地域で病院を経営している医療法人が、経営の目が届かなくなってきた遠隔地の病院だけを譲渡したい。

③M&Aをしたいが出資者(社員)に強く反対している人がいる
例:医療法人のM&Aを検討したが、出資持分を持つ社員の中にM&Aに反対し持分を譲渡したくないという人がいるため法人譲渡には時間がかかる見込み。そこで、法人は残したまま、医療事業だけを譲渡したい。

④ライフコースにおける業務の絞り込み
例:複数の診療所を経営している個人事業主の医師が、体力が衰えてきたため、自分が診られる1診療所だけを残して他の診療所を譲渡したい。(個人事業の場合の、事業承継の例)

事業譲渡スキーム活用による売り手のメリット

次に、特定の状況下において、事業譲渡スキームを選択することによる売り手側のメリットを確認します。

▼環境変化に応じた事業再構築が可能

医療経営の外部環境、内部環境の長期的な変化に対応するための事業再構築を、短期間で実現できる点が第1のメリットでしょう。
外部環境変化の例としては、病院以外に介護事業を展開しており、その市場環境が変化して、収益性が低くなったといった場合があります。利用者がいる以上、簡単に施設の廃止はできず、かといって自院で収益性を高めることが困難なのであれば、切り離して、同事業の運営が得意な買い手に引き継いでもらうというのは合理的であり、利用者にとってもメリットがあります。
また、内部環境変化の例としては、直近に事業承継がおこなわれたことによる経営目標の変化などもあります。先代理事長であった父親は、個人的な理念から採算を度外視してある事業に取り組んできたが、当代の理事長は、その理念自体に共鳴をしていないといったケースです。そういった場合にも、その事業だけを切り離せることはメリットになるでしょう。

▼譲渡が成立しやすくなる

複数の異なる事業部門を持つ医療法人全体をM&Aで譲渡しようとすると、そのすべてに譲受ニーズを持つ買い手と出会わなければなりません。たとえば、病院と老健を運営している医療法人は、病院だけを譲り受けたい買い手のマッチングが困難だということです。また、事業分野だけではなく、黒字部門と赤字部門が明確に分かれている場合も、同様です。全部をまとめて引き受けてくれる買い手を探そうと思うと、マッチングが難しくなり、時間がかかったり、条件面で不利になったりすることが多いでしょう。
一方、特定事業だけを切り離して譲渡する場合は、ピンポイントでその事業が欲しい買い手とのマッチングが可能なので、交渉がまとまりやすくなるというメリットがあります。

▼赤字法人であれば課税上の有利になることもある

細かい論点ですが、医療法人が赤字である場合は、事業譲渡により収益が出ても、課税が軽減されるというメリットもあります。

事業譲渡スキームの買い手側のメリット

事業譲渡スキームは、買い手側にもメリットがあります。

▼欲しい部分だけを譲受できる

売り手のメリットとして述べたこととも通底しますが、不要な事業などを除外して、欲しい部分だけを入手できるということが、第1のメリットとなります。

▼特定のリスクを遮断できる

法人を譲り受けた場合、買い手は法人にかかわるあらゆるリスクを引き受けなければなりません。一方、事業譲渡の場合、譲り受けた事業に関するリスク以外のリスクを遮断できます。
遮断することのできる代表的なリスクとして、次のようなものが挙げられます。なお、法人譲渡では、これらのリスクを買い手が引き受けることになります。
・売り手が(当該事業以外での)医療訴訟などを抱えている
・売り手が、未払残業代などの簿外債務を抱えている。
・譲渡対象の事業にかかる過去の所得の計上漏れなどがある(事業譲渡では、買い手に納税義務はない)
これらのリスクの遮断が可能となることは、後に実施するデューディリジェンスの負担を、法人譲渡に比べて減らすことにも繋がります。

事業譲渡を用いる場合の一般的な注意点

医療法人の譲渡においては、その医療法人が主体となった契約関係は、譲渡後も原則的にそのまま継続されます。たとえば、その法人が雇用している従業員との雇用契約は、そのまま継続されるということです。
(例外として、契約の中にCOC条項(チェンジ・オブ・コントロール条項)が含まれている場合があります。簡単にいうと、経営支配権者が変わった場合には、契約内容を見直すという条項です。)

一方、事業譲渡の場合は、その事業に紐づく契約関係や債権・債務が自動的に買い手に移転することはなく、それぞれ個別に移転手続きをとっていかなければなりません。通常、これらの手続きは当事者にとって重い負担となります。事業譲渡の具体的な手続きの例としては、以下のようなものが挙げられます。

・顧客との契約や不動産の賃貸借契約、機器のリース契約など、各種契約の巻き直し
・売掛金などの債権や借入金などの債務の承継について、相手方から個別に同意を取得する
・従業員の退職および再雇用について、各従業員から個別に同意を取得する
・病院の入院患者さん、老健施設の入所者さんとの契約の巻き直し

法人の規模が大きくなると、いくつもの契約の巻き直しや、個別同意を取得すべき取引相手や従業員数が多くなり、これらの事務手続きに多大な労力がかかる可能性がある点は、事業譲渡スキームを検討する際に注意しなければならない点です。

医療施設ならではの事業譲渡スキームの注意点

病院や診療所などの医療施設を事業譲渡しようとする場合には、上記の一般的な注意点の他にも、「許認可の取得」や「カルテの引き継ぎ」など、クリアしなければならないクリティカルな問題があることも理解しておきましょう。

▼新規開設の許認可取得が課題

医療施設の事業譲渡で最大の課題となるのが行政(都道府県)の許認可取得です。
事業譲渡の場合、譲渡対象となる事業に関する医療施設は、売り手側で廃業手続きを行い、買い手側は開業(開設)手続きを行うことになるのが原則です。たとえば病院や有床診療所であれば、売り手が保有していた病床に関する権利を返還し、買い手は新たに病床に関する権利を取得するという手順を踏まなければなりません。
ところが、既存病床数が基準病床数を上回っている地域などでは、行政から病床の新規取得が認められないということがありえます。このような最悪の事態を避けるため、事業譲渡をおこなう際は、医療施設のM&Aに精通した専門家のサポートを受けながら、事前に行政との間で折衝を進めておく必要があります。
上記のような対応は、診療所や病院の話に限らず、老健施設や介護施設など新規開設に許認可が必要な施設においては同様です。

▼補助金の問題

譲渡の対象となる事業について、国や地方公共団体から補助金を受領している場合には、事業譲渡に伴い補助金の返還が求められる可能性があります。この点についても事前に確認しておく必要があります。

事業譲渡スキームにおける、カルテ引き継ぎの問題

医療施設の事業譲渡特有の注意点として、重要な個人情報である患者の「カルテ」の引き継ぎも挙げることができます。
法人譲渡の場合、カルテはあくまでその“医療法人”が所有しているものであるため、医療法人の経営者が変わっても、カルテ引き継ぎという問題は生じません。
ところが、事業譲渡の場合に、カルテを売り手から買い手へ安易に引き渡しをしてしまうと、所有する主体が変わってしまうため、個人情報保護法に抵触するおそれがあります。
しかし、医業において、カルテの引き継ぎがなされないことは、その後の施設運営に支障が生じますし、通院している患者さんの不利益も多大なものがあります。
そこで、カルテを引き継げるような工夫が必要となります。
その方法としては、売り手の医療施設の医師が、譲渡後も譲渡された医療施設の医師として、買い手の医師とともに診療をおこなう「併走期間」を設けていくことが一般的です。
この併走期間をどの程度設けるかは、一概にはいえず、行政に確認を行いながら個別の対応をしていく必要があります。いずれにしても時間がかかり、また、入念な準備が必要となります。

医療M&Aでは、パートナー選びが非常に重要

このように、事業譲渡は、医療法人譲渡スキームに比べ、複雑で手間がかかり、検討すべき論点も多くなります。取引先との契約の巻き直し、内部の従業員との雇用契約の巻き直し、入所者さんやその家族に対する説明などに加えて、病床等の許認可取得に際しての行政との折衝や、カルテの引き継ぎなどが必要であり、医療法人譲渡に比べてもさらに複雑なノウハウが求められます。
そのため、事業譲渡を検討し、また実際にスムーズに進行させるためには、実際に多くの医療施設の事業譲渡を経験したことのあるパートナーが欠かせません。一般的なM&Aパートナー選び以上に、ぜひ慎重に、実績を重視したパートナー選びをおこなってください。

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