
ホテル・旅館業界は、2020年~2022年にかけて新型コロナウイルス流行の影響により市場規模が減少し、大きな打撃を受けました。
しかし、2023年は訪日外国人観光客の数が2019年並みに回復し、訪日外国人観光客の消費額も過去最高を記録しています。さらに、2024年はコロナ禍前に最高記録であった2019年の記録を訪日外国人観光客数、消費額ともに上回り、過去最高を更新しました。
一方、急速に回復した現状に追いつけず人手が足りない、安定したサービスの供給ができないなどの問題点が浮き彫りとなっており、それらを解決する1つの手法としてM&Aが注目されています。
本記事では、ホテル・旅館業界のM&Aの現状や動向、M&Aを実施するメリット・デメリットを解説していきます。
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安田 亮
https://www.yasuda-cpa-office.com/
年間3,000回の面談をこなすアドバイザーの声をもとにまとめた、譲渡を検討する前に知っておくべき5つの要件を解説。

・企業価値の算出方法
・M&Aの進め方や全体の流れ
・成約までに必要な期間
・M&Aに向けて事前に準備すべきこと
会社を譲渡する前に考えておきたいポイントをわかりやすくまとめました。M&Aの検討をこれから始める方は是非ご一読ください!
目次
ホテル・旅館業界の現状や動向
まず、ホテル・旅館業界の定義と、現状や動向を解説します。
▷ホテル・旅館の定義
ホテルや旅館の分類種別は「旅館業」です。旅館業とは「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業」と定義されており、宿泊とは「寝具を使用して施設を利用すること」とされています。
旅館業には「ホテル営業」「旅館営業」「簡易宿所営業」「下宿営業」の4つの種類がありますが、ホテル営業と旅館営業は以下のように定義されています。
分類 | 定義 |
---|---|
ホテル営業 | 洋式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業のこと。 |
旅館営業 | 和式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業のこと。 駅前旅館、温泉旅館、観光旅館の他、割烹旅館が含まれ、民宿も該当することがある。 |
▷ホテル・旅館業界の現状
観光庁の「令和6年版観光白書」によると、2023年のホテル・旅館の全体の客室稼働率は全体で57.4%となっており、2022年の50.1%に比べると回復傾向にあります※。

また、訪日外国人旅行者は約2,507万人、消費額は約5兆3,065億円となり、消費額は過去最高額を更新しました※。さらに、訪日外国人旅行者数は2019年比で79%の水準まで回復、消費額は円安の影響もあり2019年比で10.2%増という結果になっており、売上高に限っていえばホテル・旅館業界は好調な流れで推移しています※。
ちなみに、日本人の国内旅行者(宿泊)と消費額も、ともに2019年頃の水準まで回復しています。
※出典:観光庁「令和6年版観光白書」
▷ホテル・旅館業界の動向
観光庁の「令和6年版観光白書」によると、前段でも解説したとおり国内のホテル・旅館業界は回復を遂げ、宿泊者数や客室稼働率が2019年の水準に近づいています※。
また、売上高も順調に増加しており、ホテル・旅館業界の市場環境は好調です。
一方、フロント業務や調理スタッフなどの人材不足は深刻であり、観光地によっては需要に応じた十分なサービス提供が困難な状況があります。
一部の施設では予約制限や稼働率の調整を余儀なくされており、生産性向上が今後の重要な課題です。
このような課題の解決策として、M&Aを通じた業務効率化や事業拡大が注目されています。
※出典:観光庁「令和6年版観光白書」
ホテル・旅館業界でM&Aを活用するメリット
ここでは、ホテル・旅館業界でM&Aを活用するメリットを譲渡側、譲受側に分けて解説します。
▷ホテル・旅館業界で譲渡側がM&Aを実施するメリット
ホテル・旅館業界でM&Aを活用する譲渡側のメリットには、以下のようなものがあります。
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1. 廃業せずに従業員の雇用を守れる
2. 企業体質の改善と強化
3. 創業者利益の獲得
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譲渡側の各メリットについて詳しく解説します。
譲渡側のメリット①:廃業せずに従業員の雇用を守れる
ホテル・旅館の中には、経営者の高齢化や後継者不在、資金調達が困難などの理由で廃業を余儀なくされるケースがあります。しかし、廃業によって既存従業員の働き場所が無くなってしまうため、簡単に廃業という選択ができない場合が多いのではないでしょうか。
M&Aを活用してホテル・旅館を譲渡できれば廃業せずに事業を継続でき、従業員の雇用を守れる可能性があります。
譲渡側のメリット②:企業体質の改善と強化
M&Aは、会社全体を譲渡するだけでなく事業単位の譲渡も可能です。ホテル・旅館を広く展開している企業や、複数の事業を展開している企業においては、M&Aを活用して不採算事業や商品ブランドなどを譲り渡すことで、主力事業やブランドに注力できるメリットがあります。
M&Aを活用して経営資源を選択・集中させることで、経営の効率化や業績向上を期待できるかもしれません。
譲渡側のメリット③:創業者利益の獲得
ホテル・旅館の経営者は、M&Aを活用して会社または事業を譲渡することで、創業者利益の獲得が期待できるため、引退後の資金確保を見込める可能性があります。
特に中小規模のホテル・旅館の場合は、会社が金融機関から融資を受ける際、創業者である経営者が会社の連帯保証人になっているケースもありますが、契約によっては譲受側が連帯保証を引き継いでくれる可能性もあります。そのため、負債を抱えずに引退またはセカンドライフを考えることも可能です。
ただし、上述した連帯保証に関しては、譲受先が連帯証をきちんと引継がずにトラブルになるケースもあるため、契約の際に引継ぎが必須の実施事項として盛り込まれているか、十分確認しておきましょう。
▷ホテル・旅館業界で譲受側がM&Aを実施するメリット
ホテル・旅館業界でM&Aを活用する譲受側のメリットには、以下のようなものがあります。
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1. 新規事業や事業拡大のための時間・コストの節約
2. 譲渡企業の人材やノウハウを承継できる
3. シナジー効果による経営の強化
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譲受側の各メリットについて詳しく解説します。
譲受側のメリット①:新規事業や事業拡大のための時間・コストの節約
ホテル・旅館業界に限ったことではありませんが、新規事業参入や事業規模拡大をする際は、多大な時間とコストが必要になります。
M&Aを活用することによって、譲受側は譲渡側の営業基盤(ブランド力や顧客など)をそのまま引き継げるため、事業の立ち上げと成長にかかる時間やコストを削減できる可能性があります。
譲受側のメリット②:譲渡企業の人材やノウハウを承継できる
M&Aの実施により、譲受側は譲渡側のブランド力や顧客などを引き継げるだけでなく、人材やノウハウを承継できる点も大きなメリットの1つです。
ホテル・旅館を運営するためには、施設はもちろん、良質な接客を行う従業員が必要不可欠です。譲渡側の優れた技術やノウハウを持つ人材を承継できれば、新規従業員の雇用や育成にかかる手間とコストが軽減され、M&A後の事業規模拡大や経営基盤強化につながります。
譲受側のメリット③:シナジー効果による経営の強化
M&Aによって異なる企業文化や歴史を持つ企業同士が協力・融合することで、お互いの技術やノウハウなどの機能を相互に活用できるようになるため、シナジー効果(相乗効果)が期待できます。
同業種か異業種かによってもシナジー効果の生まれやすさは異なりますが、シナジー効果は販売や生産、経営などの様々な面で期待ができるため、M&Aを成功させることができれば経営を強化できるだけでなく、事業の成長にも大きくつながるでしょう。
ホテル・旅館業界のM&Aの流れ
ホテル・旅館業界でのM&Aでは、一般的なM&Aの流れが採用される傾向があり、以下のプロセスが基本です。
1. M&A仲介会社への相談
2. マッチング
3. 交渉
4. 基本合意の締結
5. デューディリジェンス
6. 最終交渉や最終契約締結
なお、M&Aのスキームは業界や案件によって異なるため、企業ごとに適した方法を選択することが重要です。ホテル・旅館業界では不動産の扱いや運営形態が絡むため、専門家の意見を取り入れた戦略が必要とされています。
▷関連記事:「M&Aの流れは?売却の検討からクロージングまで進め方を徹底解説」
▷関連記事:「M&Aの進め方をわかりやすく解説 事前準備から取引完了後までのプロセスを確認しよう」
ホテル・旅館業界におけるM&Aの注意点
ホテル・旅館業界におけるM&Aは、譲渡側、譲受側の双方に大きなメリットをもたらしますが、M&Aを成功させるためにはいくつか注意しておきたい点があります。
ここでは、ホテル・旅館業界でM&Aを活用する際の注意点を紹介します。
▷情報漏洩に厳重に注意を払う必要がある
M&Aを実施する際は、社内外への情報漏洩に注意が必要です。
例えば、社内にM&Aを検討していることが漏れてしまうと、業務が一新される可能性や雇用条件の見直しなど、従業員の間で憶測や噂が流れることも考えられます。その結果、従業員のモチベーションが低下し、優秀な人材が流出してしまう可能性があります。
また、情報漏洩が原因となり、既存の取引先や顧客が離れてしまう可能性もあります。M&Aは譲渡側、譲受側に大きなメリットをもたらしますが、情報漏洩が原因でM&Aがスムーズに実施できない可能性もあるため、M&Aの情報はしっかりと管理し、適切な時期に開示して開示後も従業員の不安をしっかりケアすることが重要です。
▷一般的な企業のM&Aより手間がかかる
ホテル・旅館業界でM&Aを活用して事業売却を行う際は、事業譲渡の手法を利用するケースが多くなりますが、事業譲渡では様々な契約が譲受企業に引き継がれない可能性がある点に注意が必要です。
ホテル・旅館などの宿泊業は、運営するために行政庁の許可(許認可)を受ける必要があります。事業譲渡によって許認可も譲受企業に引き継がれずに白紙になってしまうため、再度申請しなければいけません。
その他の面では、通常のM&Aと同様に法務や税務、財務などの様々な手続きが必要となるため、ホテル・旅館のM&Aは一般的な企業のM&Aより手間がかかる傾向にあることを覚えておきましょう。
ホテル・旅館業界におけるM&Aの最新事例
先述しているように、ホテル・旅館業界ではさまざまな目的でM&Aが活用されています。
ここでは、ホテル・旅館業界におけるM&Aの最新事例を4つ紹介します。

前段で解説したとおり、ホテル・旅館業界では様々な目的でM&Aが活用されています。
ここでは、ホテル・旅館業界におけるM&Aの最新事例を8つ紹介します。
▷【2024年】株式会社温故知新が株式会社ホテルシーズン日南の全株式を取得
2024年11月22日 、株式会社温故知新は株式会社ホテルシーズン日南の全株式を取得したと発表しました。ホテルシーズン日南は観光客からビジネス客まで幅広い宿泊ニーズに応える施設であり、運営を通じて地域活性化を進める重要な拠点です。
株式会社温故知新は今回のM&Aを通じて、地域の文化や資源を最大限に活かした独自のホテル運営を計画しています。
同社は、単なる宿泊施設に留まらず、地域の魅力を世界に発信する「地域のショーケース」となるホテル運営を目指す予定です。
▷【2024年】第一住建ホールディングスが有限会社すずやを譲り受ける
2024年8月1日、第一住建ホールディングスは子会社である株式会社INOVE STYLEを通じて、有限会社すずやの旅館業を譲り受け、宿泊事業に本格参入すると発表しました。
同社は不動産事業を中心に成長してきましたが、観光需要が高まる中で新たな事業領域として宿泊業を選択し、さらなる成長機会を模索しています。
今回のM&Aにより、施設の魅力を引き出しながら豊富な経験とノウハウを活かし、安定した収益基盤の構築を目指すとしています。不動産事業との相乗効果を活かした長期的な戦略が注目されている事例です。
▷【2023年】リゾートトラストによるRTCCの吸収合併
2023年5月15日、リゾートトラスト株式会社は、連結子会社であるRTCC株式会社を吸収合併すると発表しました。
今回の合併の目的は、RTCCが提供してきたリゾートサービスを本体に統合し、グループ全体の経営の合理化や効率化を図ることです。
サービス提供の一元化によって経営資源を効果的に活用し、顧客満足度の向上やコスト削減が期待されています。
▷【2023年】ロイヤルホテルがリーガロイヤルホテルを売却
2023年1月20日、ロイヤルホテルはリーガロイヤルホテルの土地と建物をカナダ系不動産投資会社に売却すると発表しました。
今回の売却は、単なる資産の手放しではなく、運営を受託して営業を継続する形でのM&Aです。売却によって得た資金を元に、さらなる設備投資や事業再編を進める方針であり、資産の軽量化と経営効率の向上を狙っています。
運営面での柔軟性を維持しつつ、財務基盤の強化も期待できる方法として、ホテル・宿泊業界では注目された事例です。
▷【2022年】三菱地所株式会社によるRPHとRPH&Rの吸収合併
三菱地所株式会社は組織再編成を目的として、完全子会社となる株式会社ロイヤルパークホテル(RPH)及び、株式会社ロイヤルパークホテルズアンドリゾート(RPH&R)の吸収合併を2022年2月15日に発表しました。
RPHを吸収分割会社、RPH&Rを吸収分割承継会社とし、RPHのホテル運営事業をRPH&Rが承継することになります。同時に、三菱地所は吸収合併存続会社、RPHは吸収合併消滅会社となっています。
三菱地所株式会社は、今回の組織再編により「一体的・有機的なグループホテル経営を進化させ、運営・開発・アセットマネジメントの各分野の役割・機能を更に強化することで、ホテル事業の成長拡大を図る」としています。
▷【2021年】HMIホテルグループが勝浦と鴨川の三日月ホテルを事業買収
ホテル三日月グループは、所有する「勝浦スパホテル三日月」と「鴨川スパホテル三日月」をホテルマネージメントインターナショナル株式会社(HMIホテルグループ)へ譲渡することを2021年11月30日に発表しました。譲渡価額は非公開です。
ホテル三日月グループによれば、新型コロナウイルスの影響により利用客が減少し、施設の修繕や改修資金の捻出が困難になったことが譲渡の理由となっています。今後は、残っているホテル事業に投資を集中させるとしています。
また、HMIホテルグループは、新型コロナウイルスの収束後の需要回復を見越して、勝浦と鴨川のホテルに新たな投資を図るとしています。
▷【2021年】株式会社ベルーナが北海道の定山渓ビューホテルを取得
2021年4月23日、Karakami HOTELS&RESORTS株式会社は、同社が運営する北海道のリゾートホテル「定山渓ビューホテル」を株式会社ベルーナへ譲渡することを発表しました。譲渡価額は非公開です。
Karakami HOTELS&RESORTS株式会社によれば、『安定した経営基盤の確保及び経営資源の「選択と集中」』の観点により譲渡を決定したとしています。
また、総合通販事業を中心に幅広い事業を展開している株式会社ベルーナは、定山渓ビューホテルを取得したことで、北海道におけるホテル事業の基盤をより固めることになりました。
▷【2021年】サンフロンティア不動産株式会社によるホテル大佐渡の買収
2021年3月30日、サンフロンティア不動産株式会社は、連結子会社であるサンフロンティア佐渡株式会社及び、サンフロンティアホテルマネジメント株式会社を通じ、株式会社ホテル大佐渡の発行済株式を100%取得したことを発表しました。譲渡価額は非公開です。
サンフロンティア不動産株式会社グルーブは、サンフロンティア佐渡株式会社(2017年設立)を新潟県の佐渡市に設立以来、佐渡島でのホテル・旅館の運営やタクシー・レンタカーなどの交通インフラ事業、観光・旅行事業などを主軸として地方創生事業に取り組んでいます。
サンフロンティア不動産は、ホテル大佐渡の買収によって、同社グループが所有する「佐渡リゾート ホテル吾妻」と連携し、日本旅館とリゾートホテルの差別化及び、地方創生事業における魅力を来島者ならびに島民の方々に発信していくとしています。
まとめ
ホテル・旅館業界は新型コロナウイルスの流行により一時期大きな打撃を受けましたが、現在、市場環境は2019年並みに回復しつつあり、外国人観光客の消費額は過去最高を記録しています。
一方で、人手不足は深刻であり観光地や事業規模によっては需要に応じたサービスが提供できず、困難な状況が続いています。
そのため、人手不足解消や経営資源確保を目的としたM&Aを実施する企業が少なくありません。
M&Aを活用することによって、譲渡側は廃業せずに従業員の雇用を守ることができ、譲受側は事業拡大のための時間やコストが削減できるなど様々なメリットがあるため、ホテル・旅館業界でM&Aの活用を検討している方は、メリット・デメリットを把握しておくと良いでしょう。
また、M&Aには幅広い専門知識が必要です。そのため、M&Aをスムーズに実施して成功させるためには、M&Aアドバイザーなどの専門家に相談・依頼することをおすすめします。
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