地位承継とは、ある契約上の地位を第三者に移転させることです。不動産の引き継ぎなどでよく耳にする言葉ですが、M&Aでも事業譲渡の際に地位承継が行われます。
そのため、事業譲渡を検討するのであれば、事前に地位承継に関する基本事項や流れを知っておくことが大切です。
本記事では、地位承継の概要の他、事業譲渡の地位承継で知っておきたいメリット・デメリット、注意点なども解説します。
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目次
地位承継とは権利義務関係を他者に引き継ぐこと
地位承継とは、ある契約上の地位を他者に移すことです。具体的には、既存または将来的に生じる債権・債務の他、解除権や取消権など、契約から生じる権利義務関係を他者に引き継ぐことを指します。
例えば、物件の賃貸借契約の場合、賃借人(物件を借りている方)がその地位を第三者に承継することを地位承継といいます。わかりやすく言うと「名義変更すること=地位承継」です。
会社を承継する場合は、取引先との契約や金融機関との債権・債務関係などさまざまな契約が付随するため、事業や資産・負債の承継だけではなく、地位承継も行わなければいけません。
地位承継を行うと、現在の権利義務関係が他人に引き継がれるため、トラブルが生じないように注意しながら手続きを進める必要があります。
「承継」と「継承」の違い
「承継(しょうけい)」と似た言葉に「継承(けいしょう)」という言葉があります。どちらも同じような意味に捉えられる傾向がありますが、言葉の意味や使う場面は異なります。承継と継承の意味の違いは次のとおりです。
・承継:前代の精神・事業などを受け継ぐこと
・継承:前代の権利・財産などを受け継ぐこと
法律が関連する場面では、「承継」という言葉がよく用いられます。例えば、地位を引き継ぐ際、市区町村に提出する書類は「地位承継届」といい、「継承」ではなく「承継」という言葉が使われています。これに対して、「継承」は、伝統や文化を次世代に引き継ぐ際に使われます。
M&Aにおける地位承継とは
M&Aの手法には、株式譲渡や事業譲渡、会社分割などさまざまありますが、このうち事業譲渡は、地位承継が行われる代表的な手法です。
M&Aの手法として用いられることの多い株式譲渡は、譲渡側の株主のみ変わり、譲渡側の資産や負債、雇用契約、取引先との契約などは原則そのまま譲受側に引き継がれます。これを「包括承継」といいます。
▷関連記事:M&Aの包括承継とは?特定承継との違いや適用範囲、メリット・注意点を解説
一方、事業譲渡は、事業の全部または一部を譲渡するため、事業に関する権利や義務、資産、負債を個別に「地位承継」しなければいけません。
事業譲渡で個別に地位承継が必要なものの代表例は、次のとおりです。
・金融機関との契約
・雇用契約
・賃貸契約
・取引先との売買契約
・税理士との顧問契約
譲渡企業の状況によっては、上記以外にも地位承継が必要となる場合があるでしょう。
なお、地位承継には譲渡側と譲受側の合意はもちろん、原則として譲渡側と契約している相手の同意が必要であることが、民法(民法539条の2)で定められています。
つまり、地位承継を行うためには、譲渡側が行っているそれぞれの契約について「契約している相手側が譲渡を承諾しなくてはならない」ということです。
契約している相手には、取引先だけでなく従業員も含まれます。従業員ごとに事業譲渡を行う場合は、譲渡側の従業員から個別に同意を得て新たに雇用契約を結び直す必要があるため、譲受側は注意が必要です。
事業譲渡によって経営者が変わることは、従業員にとって大きな変化です。そのため、従業員の権利の保護を目的として、厚生労働省でも別途方針を定めています。トラブルを避けるためにも、専門家と相談しながら時間に余裕をもって協議を進めることがおすすめです。
▷関連記事:事業譲渡による従業員の影響とは?退職金や転籍時の注意点を徹底解説
事業譲渡で地位承継を行うメリット・デメリット
前述のように、事業譲渡を活用する場合は個別に地位承継を行わなければいけませんが、地位承継にはメリットとデメリットがあります。
ここでは、事業譲渡を例に地位承継のメリットとデメリットを紹介するので、確認しておきましょう。
地位承継のメリット
事業譲渡による地位承継で、譲渡企業と譲受企業が得られる主なメリットは以下です。
譲渡企業 | 譲受企業 |
・経営権を維持できる ・中核事業に集中できる | ・必要な事業や資産を選択できる ・節税効果が期待できる |
事業譲渡で地位承継を行う場合、譲渡企業は経営権を維持したまま、事業を選択して譲渡できるメリットがあります。また、事業譲渡では、一部の事業を譲渡して得た資金を中核事業に投入できるため、うまくいっていない事業を切り離し、中核事業に集中できる点も大きなメリットでしょう。
一方、譲受企業側にとっては、必要な事業や資産を選択できるため、譲受に必要な資金を削減できる他、簿外債務や偶発債務を引き継ぐリスクも軽減できます。さらに、承継した償却資産やのれんを償却費として損金計上すれば節税効果も期待できる場合があります。
地位承継のデメリット
地位承継のデメリットは、譲渡企業、譲受企業共に手続きの負担が増えてしまう点です。
事業譲渡では個別に地位承継が発生するため、株式譲渡と比較すると手続きが煩雑になり、手間と時間がかかってしまいます。特に、譲渡企業の契約相手が関わる場合は、相手の同意を得るまで時間がかかる可能性があるため、早めに取り掛かる必要があります。
事業譲渡で地位承継を行う流れ
事業譲渡で地位承継を行う際の基本的な流れは以下です。
1. 事業譲渡の内容を決める
2. 承認決議
3. 事業譲渡契約の締結
4. 株主への通知または公告
5. 許認可の再取得
6. 財産などの移転手続き
事業譲渡の際は、まず譲渡先を決定した後に、譲渡企業と譲受企業のトップ面談を行います。トップ面談では、譲渡する事業の範囲や受け継ぐ資産・負債などを決定し、基本合意書を締結します。
その後、譲受企業側が弁護士や会計士などの専門家によるデューディリジェンスを実施し、問題がなければ事業譲渡契約を締結します。事業譲渡の手続き開始後は、所定の期日までに株主への通知または公告を行います。
事業譲渡完了後は、地位の移転が必要な契約に関して地位承継の手続きを行います。
また、業種によっては地位承継の他に許認可の再取得が必要な場合もあります。許認可の再取得が必要な場合は、譲受企業が監督官庁に申請をしなければいけないので、注意しましょう。
なお、事業譲渡には複数のパターンが存在し、状況によっては取締役会での決議の他、臨時報告書の提出や公正取引委員会への届出なども必要になります。
状況によって必要な手続きや手順が異なる場合もあるため、事業譲渡を実施する際は、専門家と相談しながら進めるのがおすすめです。
事業譲渡で地位承継を行う際の注意点
事業譲渡で地位承継を行う際は、いくつか注意点があります。主な注意点を紹介するので、確認しておきましょう。
各契約について相手側の同意を得る必要がある
地位承継を行うためには、契約ごとに相手側の同意を得なければいけないことが民法で定められています。
同意を得なければならない範囲は事業譲渡時の状況によって異なるため、手続きが必要な範囲を確認し、漏れがないように注意が必要です。
必要な同意を期日までに得られなければ、取引先の喪失や従業員の退職に繋がる恐れがあります。また、店舗や事業所が賃貸の場合、賃貸人が賃借権の譲渡に同意しなければ、事業を継続できなくなってしまうことも考えられます。
業種によっては新たに許認可を取得する必要がある
事業譲渡では、業種によって引き継げる許認可と引き継げない許認可があります。例えば、人材紹介業や産業廃棄物処理業などは、事業の許認可を譲受企業に引き継げないため、事業譲渡後に譲受企業が再取得しなければいけません。
許認可を必要とする業種の場合は、物件や取引先との契約などを地位承継しても、許認可を再取得しなければ営業できません。そのため、申請を忘れないように注意が必要です。
なお、業種によっては所定の機関へ事前に届け出ることで、事業譲渡後に許認可を承継できる場合もあります。都道府県知事に届出を行えば許認可を承継できる主な業種の例は、以下のとおりです。
・浴場業
・興行場営業
・クリーニング業
・理容業
・美容業
・飲食店業
許認可の取り扱いは法令によって定められているため、事前に確認しましょう。
適切な地位承継には専門家への相談が必要
前述のように、事業譲渡では契約上の地位の移転を個別に行う必要があり、手続きも煩雑です。また、経営者が死亡して事業を引き継いだ場合は、地位承継だけではなく相続も関わります。
状況によって地位の移転に伴う範囲や手続きは異なり、高度な専門知識が必要なため、円滑かつ適切に地位承継を行うためには専門家への相談が不可欠でしょう。
まとめ
地位承継は、ある契約上の地位を他者に移転することで、地位承継を行うためには相手側の同意を得なければいけません。
事業譲渡は包括承継ではないため、多数の契約に関して個別に地位承継を行う必要があります。
地位承継を円滑かつ適切に行うためには、法律に関する高度な知識が求められるため、事業譲渡を実施するのであれば専門家と一緒に進める必要があるでしょう。
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