近年、M&Aを検討する企業が増加傾向にありますが、リサーチ段階で株式の扱いや譲渡企業(売り手)・譲受企業(買い手)の株価がどうなるのか疑問を持つ方もいるのではないでしょうか。
M&Aは株価に影響を与えるため、株価の変動理由や要因を理解している必要があります。
本記事では、株価の仕組みやM&Aの実施で譲渡企業・譲受企業の株価に与える影響を解説するだけではなく、M&Aにおける買収方法や事例も紹介します。
M&Aによって株価がどのように変動するのか気になる方は、参考にしてください。
企業価値100億円の企業の条件とは
・企業価値10億円と100億円の算出ロジックの違い
・業種ごとのEBITDA倍率の参考例
・企業価値100億円に到達するための条件
自社の成長を加速させたい方は是非ご一読ください!
M&Aが株価に与える影響は?
株価はさまざま要因によって変動します。M&Aが株価に与える影響は譲渡側と譲受側の視点でどのようなるのか確認してみましょう。
● 株価の仕組み
株価とは簡単に言うと会社の価値のことです。つまり、買い手が多ければ株価は上がり、逆に売り手が多くなれば株価は下がります。
株価が変動する要因には主に以下のようなものがあります。
・企業の業績・資産・将来性等
・政治的な情勢
・世界経済の動向
・自然現象等
株価は企業の売り上げや利益はもちろんのこと、企業が保有する資産や将来性等のさまざまな要因によって上下します。
また、株価は企業が行動を起こさなくても変動する可能性があります。例えば、猛暑の年はクーラーを製造している企業の売り上げが良くなると予想され、株価が上がることもありますし、円安になれば輸入業の業績が不安視され、株価が下がることもあります。
このように、株価は企業の業績や資産等だけではなく、国の経済・財政政策や世界情勢、災害・天候も影響します。
もちろん、企業にとっては、M&Aもその後の業績に大きく関わることのため、株価に影響を与えることが予想されます。
● 買い手の株価はどうなるのか
株価が変動する要因はさまざまですが、企業の業績や将来性等は大きく影響します。
特に企業規模の拡大やシナジー効果による業績の向上等が見込まれる場合は、投資家の期待が大きくなり、譲受企業の株価は上昇する可能性が高いでしょう。
しかし、場合によっては「資金調達のために負債が増えるのでは?」「買収しても大きなシナジー効果が得られないのでは?」といった見方をされてしまい、株価の下落も起こり得ます。
● TOBされた会社(売り手)の株価は上昇する可能性が高い
一般的に譲渡企業の株価は上昇する可能性が高いでしょう。と言うのも、企業の買収はTOB(株式公開買付)で株式を買い付けることが多いからです。
TOBとは、不特定多数に対して買付価格や期間等を公告し、既存の株主から取引所外で株券等を買い付けることです。一般的にTOBでは、不特定多数の株主から株式を買い付けしやすいように、プレミアム価格を付けて公告します。
また、TOBでなくても市場で株式を買い集めれば、日々の買い注文の増加によって買収される企業の株価は基本的に上がります。
M&A・買収の分類
買収は譲渡企業の株式を買取ることで経営権を取得することです。M&Aにおける買収方法は以下のようになっています。
・株式譲渡
・株式交換
・第三者割当増資
それでは各方法を見ていきましょう
● M&Aで一般的な株式譲渡
株式譲渡は譲受企業が譲渡企業の株式の50%超を保有し、会社の経営権を得る方法です。株式譲渡が成立すると、譲渡企業は譲受企業の子会社になります。
株式会社の保有は出資をしている株主とされるので、基本的に会社の所有者が変わるだけのため、譲受企業は譲渡企業の従業員や契約、設備といった資産をそのまま引き継ぐことができます。
しかし、譲受企業は譲渡企業の負債も引き継ぐので、デューディリジェンスは念入りに行なう必要があります。
● 完全子会社にできる株式交換
株式交換は、譲渡企業が譲受企業の完全子会社となる会社法上の組織再編のことです。譲受企業は、譲渡企業の株主から既に発行している株式と自社の株式を交換することで、譲渡企業の全株式を譲り受けます。
株式交換は株主総会において特別決議で可能になります。特別決議は以下の条件を満たす必要があるので、覚えておきましょう。
発行済株式総数の過半数を保有する株主が出席
出席した株主の3分の2以上の賛成
なお、譲受企業が未上場の場合、譲渡企業の株主は譲受企業から現金で譲渡対価を受け取るのが一般的です。
● 増資目的が多い第三者割当増資
第三者割当増資は、企業が新たに株式を発行して、第三者に株式の割り当てを受ける権利を与えることです。一般的に資金調達を目的として、企業が新たに発行した株式を縁故者に割り当てることが多くなります。
M&Aの手法の1つとして用いられる場合は、譲渡企業が新たに発行した株式を譲受企業が引受けます。譲受企業が譲渡企業の経営権を得られる50%超の株式を保有することで、経営に携わることが可能です。
第三者割当増資は、譲渡企業と譲受企業がお互いに協力して経営していく形になるので、比較的スムーズにM&Aの実施が可能です。
しかし、あくまで「共に経営」となるので、完全譲渡を目的とする場合は、株式譲渡や株式交換によるM&Aを行なう必要があります。
M&Aによって株価が上昇した事例
株価が変動する要因を理解したところで、M&Aによって株価が上昇した事例を見てみましょう。
● パソコン事業の譲渡で得た資金をインフラ関連に投じたNEC
NECは2016年に中国レノボグループに、両社の合弁会社であるレノボNECホールディングスの株式を売却しました。内容は保有する4万9,000株のうち4万4,100株を約200億円で譲渡しています。
NECは社会インフラ事業等を強化するために資金を必要としていました。株式売却で得た資金は社会インフラ関連のITに投じたとされています。
なお、NECの株価はM&A実施年である2016年の2,500円前後から2020年以降には4,000円を超えています。
● 仮想通貨取引所の「コインチェック」を「マネックス」が完全子会社化
2018年にマネックスグループ株式会社は、仮想通貨取引所を運営するコインチェック株式会社を完全子会社化しました。
仮想通貨取引所として知名度があったコインチェックは、2018年に通貨の不正流出の事案を踏まえて管理体制の強化を認識していました。
一方のマネックスグループはコインチェックの子会社化の前年にブロックチェーンや仮想通貨の分野の取り組みを開始していたようです。
コインチェックを子会社化することで、コインチェックの持つブロックチェーン技術や仮想通貨に対する知見と、マネックスが持つ金融の知見を融合させ、新たな価値の提供を目指すとしました。
なお、マネックスグループの株価は、M&A前が300円後半でしたが、M&A後は一時的に600円超となっています。
M&Aによって株価が下落した事例
次はM&Aによって株価が下落した事例を見てみましょう。
● 注力する事業以外の売却をした日立製作所
株式会社日立製作所は2016年3月に子会社である日立物流の株式の一部をSG ホールディングス株式会社に譲渡する契約を締結しました。
また、同年5月に日立キャピタルの株式の一部を三菱UFJファイナンシャルグループに譲渡する契約も締結しています。
両子会社は日立製作所が注力している情報・インフラ事業を行っていませんでしたが、常に利益を計上していたため、株式の譲渡によって株主や投資家から不安視されたようです。
なお、日立製作所の株価は、M&A前が2,600円前後、M&A後は一時的に2,000円程度に下落しています。
● 分社化・株式売却をした東芝
東芝は原発事業が低迷したことで、2016年12月に債務超過に転落しました。同年3月期に営業利益が1,100億円あった、半導体メモリー部門を分社化し、財務体質を抜本的に改善する方針を2017年1月に発表しています。
通常の事業譲渡や分社化と異なり、のれんの減損損失の補填のために実施されたので、一時的に株価が下落したようです。
なお、東芝の株価は、分社化の方針が決定した2017年1月時点で2,800円前後、分社化の目途である3月時点で2,000円程度と、短期的に下落しています。
M&Aにおける株価の変動の注意点
M&Aにおける株価の変動での注意点を解説します。
● 株価が上がるとは限らない
株価は、株主の期待や不安であったり投資家の見解やイメージであったり、M&A前後の出来事であったりと、さまざまな要因で上下します。
ですので、事例からもわかるように、M&Aを行なったからといって必ず会社の株価が上がるとは限らない点には注意が必要です。
● TOBで買収された会社の株式は上場廃止の可能性がある
TOB終了後には上場が廃止になる銘柄もあります。まずはTOBで考えられるケースを見てみましょう。
友好的TOB:株式の買収について譲渡側の了承をえているケース。日本国内で多く行なわれている。成功の可能性が高い
敵対的TOB:譲渡側や大株主の了承を得ないで実施する。株式の50%超を取得した場合は譲渡側の株式の上場は廃止になる。対策を講じられるため失敗する可能性が高い
敵対的TOBで譲受側が譲渡側の株式の50%超を取得した場合は、譲渡側の株式が上場廃止になります。他にも、以下の理由でTOB終了後に上場廃止を行なう場合があります。
・意志決定を素早くするため
・上場維持にかかるコストを抑えるため
上場企業は株主等の関係上、素早い意志決定ができない可能性が高いです。ですので、事業再編等の迅速な意志決定が求められる場合は、非上場企業のほうがしやすいことから、上場廃止を行ないます。
また、上場を維持させるのにかかる人件費や監査法人への報酬といった、コストを抑えるということも考えられるでしょう。
まとめ
株価は常に上下しており、変動する要因はさまざまですが、M&Aもその1つと言えます。
M&Aにおける買収の方法は株式譲渡、株式交換、第三者割当増資の3つがあり、いずれも企業の業績向上や改善等が目的です。
しかし、事例からもわかるようにM&Aを実施すれば、必ず株価が上がるという訳ではありません。
株価は企業の価値を表す重要な指標です。M&Aを検討しているのであれば、失敗しないためにも専門家に相談することをおすすめします。