インタビュー

2026年7月30日

大みそかの1本の電話から動き始めた、家業を未来へ繋ぐM&A

2025年6月20日、譲渡成立

大みそかの1本の電話から動き始めた、家業を未来へ繋ぐM&A

静岡県周智郡森町で、古くからこんにゃく作りを手掛けてきた株式会社倉島食品。こだわりの製法による上質な味の製品が各地のスーパーから注目を集め、全国に熱烈なファンが拡大しています。5代目代表の倉島康司氏は、おいしい商品作りと無駄のない経営を徹底的に追求し、数々の困難を乗り越えながら、代々続く倉島食品を自らの代で一層の発展へと導いてきました。

やがて倉島氏は将来の承継方法を考え始め、M&Aを視野に入れることに。本格始動からほどなく、群馬県でこんにゃく製造も手掛ける農業生産法人のグリンリーフ株式会社と出会いました。同業者の中でも以前からお互いを好意的に見ていた両社。実際に代表同士が対話すると、思いや方向性には深く共感することばかりだったと言います。そして、2025年6月にM&Aが成約しました。

両社がM&Aを実施するに至った背景や、長く続く家業でM&Aを選択した倉島氏の考える、本当の意味の「承継」とは――。倉島氏と、グリンリーフ代表取締役の澤浦彰治氏にお話を伺いました。

大みそかの1本の電話から動き始めた、家業を未来へ繋ぐM&A

大みそかの1本の電話から動き始めた、家業を未来へ繋ぐM&A

大量生産の時代でも手作りにこだわり続け、確かな支持を集めてきた

最初に、倉島食品様の創業からの歴史や、商品作りのこだわりをお聞かせください。

倉島氏:倉島食品は明治初期に静岡県周智郡森町で創業し、当初はお茶やシイタケの仲買業をメインに手掛けていたそうです。明治から大正にかけて、お茶の販売が閑散期となる冬場に、茶畑の間に植えられたこんにゃく芋でこんにゃくを作るようになり、そのこんにゃく作りが時代を超えて今の倉島食品の事業へとつながっています。

私の父は、私が高校2年生のときに亡くなってしまい、私は18歳で大阪のこんにゃく屋さんへ見習いに行き、その間、倉島食品では母と母の姉と近所の方がたった3人でこんにゃく作りを守り続けていました。当時はちょうど高度経済成長期で、ほかのこんにゃく屋さんは機械化した大量生産型の製造方法をどんどん取り入れてき始めた頃。各社がスーパーの棚を巡って陣取り合戦をしているなか、倉島食品はというと包装する機械もなく、ただ昔からあるこんにゃく屋という立ち位置でした。

私が大阪から戻ったのは21歳のときで、当時は人も資金も十分になかったのですが、それでも「10人中1人でもずっと買ってくれる人がいればいい」という思いで、大阪で教わったことを生かし、昔ながらの手作りの製法を地道に続けてきました。

今では数十名の従業員の方々が活躍する規模になられていますが、倉島食品様はどのように成長されてきたのでしょうか?

倉島氏:こんにゃく業界では「生詰めこんにゃく」という大量生産型の安価な商品が主流になったのですが、30年ほど前からは再び当社のような商品を評価してくれるお客様が少しずつ増えてきて、スーパーからも「売り場に置く商品のうち、松竹梅の『松』は倉島食品にしよう」といった引き合いが増えてきました。

現在の主力商品である「小結びしらたき」も、製造に手間がかかるので同業他社が作りたがらない商品です。昔はどのこんにゃく屋さんも小結びを作っていましたが、コストを抑えるために中国で製造する動きが強まり、15年ほど前は中国産がほぼ100%の状態でした。そんななかでも当社は、小結び作りを止めてしまった企業から結ぶ機械を譲ってもらい、国産にこだわり続けてきました。すると、原材料の原産地表示が義務付けられるようになり、だんだんと「国産」の価値が見直され、差別化になっていったのです。

大手こんにゃくメーカーができないことややりたくないことを、さりげなく完璧にこなすところが当社の魅力であり、成長できた理由かもしれません。

商品作りのこだわりと味や品質が強く支持されていることがよく伝わってきます。

倉島氏:思い出に残っているのが、とある格安のスーパーに安価で商品を出したことがあったのですが、次第に「大量生産型の他社くらいもっと安く卸してほしい」と言われるようになり、取引を止めることにしたんです。すると、近くの高質スーパーの社長が当社の商品を見てくれていて、「これは良い商品だから、うちで売って欲しい」と声を掛けてくださり、そこに卸せることになりました。それがすごく自信になりましたし、さらにはその高質スーパーで商品を見たほかのスーパーからも、「うちにも欲しい」と引き合いが広がっていきました。

自分で何か特別な営業努力をしたことはあまりないのですが、地元でこだわって作るこんにゃくに誇りを持ち続けてきたら、評価してくれる人が現れてくれたように思います。

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株式会社倉島食品 倉島康司氏

危機を乗り越え、従業員と一丸となって目指した「無駄のない経営」

倉島様が倉島食品様に入社してから44年の中で、大変なことはありましたか?

倉島氏:1992年に私が代表に就任したものの、実際は兄弟で運営していました。営業は弟が担当していたのですが、あるとき弟が独立することになったんです。ほぼ全ての取引先を持って行かれてしまったために、一時は売上が9割も落ち込み、従業員にも「いつ辞めてもいい」と伝えて3分の1にまで従業員数が減ったほど、すごく厳しい時期でした。

そんなときも、いろんな方が手を差し伸べてくださいました。先ほどの高質スーパーとお付き合いのある問屋さんが、私たちとまだ一度もお会いしたことがなかったにもかかわらず、関東で当社の商品を売りたいと言って販売してくれたんです。ほかにも、国内トップシェアのこんにゃく会社が「倉島食品さんは良い商品を作っているからつぶれてはいけない」と言って、問屋さんを紹介してくれたりもしました。

そうした皆さんの助けにより、結果的に1年で元々の8割まで売上が回復し、さらにその後は以前を上回る業績にまで拡大できました。

倉島様は、日頃の仕事や会社経営をするうえで、何か意識してきたことはありますか?

倉島氏:できるだけ無駄のないようにすることです。また、従業員が増えてきたこともあって、皆がちゃんと休める環境づくりをここ数年でより意識するようになりました。休みをしっかり確保したうえで利益を上げるにはどうすべきかと、皆それぞれ考えています。

大きな投資が必要な場面はありますが、日々の1円、10銭こそ軽んじてはいけません。歩留まり(投入した原材料の量(仕入量)に対して、実際に製品として完成した良品の割合)を高い水準で維持しないと、年間で換算すると大きなロスにつながってしまいます。例えば小結びの機械だと、ロスを極限まで減らすよう皆で思考を凝らし、機械自体を調整して使用しています。原料においても、価格や性質がものによって違うので、それらを混ぜることでいかに無駄なくおいしい商品が作れるのかと、徹底的に追求してきました。

皆様の工夫やアイデアが経営に生かされているのですね。

倉島氏:当社が手掛けるところてんの製造に関しては、以前は工程的に1日の営業時間内で2回しか煮られなかったのですが、従業員が冷却の仕方や分刻みの作り方を考案して、3回煮られるようになったんです。そうやって、無駄をなくして改善していく雰囲気が会社の中にありますし、コツコツ取り組む姿勢が倉島食品の特徴なのかなと思います。

「おいしいものを作ることは鉄則」。出会う前から共通していた商品作りへの姿勢

グリンリーフ様の事業内容や強みをお教えください。

澤浦氏:当社は有機栽培の農業を主体としている会社で、私の父が昭和37年に戦後離農者から農地を買い取って農業を始めました。
しばらくは親子3人だけで農業を続けていて、JAや産地商人などに農作物を販売したりしていたのですが、平成元年頃にいよいよ経営が行き詰ってしまい、農業で成り立つためにどうすべきか考えた末、栽培しているこんにゃく芋でこんにゃくを作ることになりました。そのこんにゃくの製造が一つの事業となり、平成6年に法人化しています。
次に、畑で作った野菜を漬物にしてみたところ、バイヤーから好評を得て漬物の製造も始まり、さらには余っていた野菜を冷凍野菜にしたところ、有機野菜に力を入れている飲食店企業さんの目に留まり、本格的に野菜の冷凍加工も始めることに。その後はミールキットの製造も開始するなど、畑の野菜をいかに生かしていくかと長年考え続けてきました。
私たちは農業から創業し、現在も農業を中心としながらも、倉島食品さんを含めたグループ6社で「6次産業化」に本腰を入れて取り組んでいます。

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グリンリーフ株式会社 澤浦彰治氏

こんにゃく業界にはどういった課題があると感じていますか?

澤浦氏:国内の需要が減少していることです。倉島食品さんのように、おいしいものを作っていればちゃんと売れるのですが、おいしくないと思われるものが市場にあるから需要が減るのだと思います。

当社は有機認証のこんにゃくを作っていて、有機こんにゃくでは国内シェアの7割を占めていますが、一昔前までは色々なメーカーが有機こんにゃくを作っていたんです。しかし、大半が撤退していきました。いくら有機でも、おいしくないと思われたら売れませんし、まして有機は比較的高価なので、高くておいしくないものは誰も買わないわけです。有機は付加価値であっても、やはり作り方もすごく大事なんです。

倉島さんが仰った通り、おいしいものを作ることは鉄則です。当社もまったく同じ考えで、芋から育てた確かな商品を作っているので、有機こんにゃくもちゃんと売れているわけです。おいしいと思われてこそリピートしていただけるものなのに、業界では安価で効率的かつ大量に作る方法がメインになり、価格競争も激化し、味は二の次になってしまったため、「おいしくないから別に食べなくてもいいや」となってしまったのでしょう。

倉島氏:こんにゃく屋さんも減っており、それも一つの課題かもしれません。ただ、ゼロにはならないと思っていて、大量生産型では少数のメーカーが残り、手作りのこんにゃく屋で残る事業者の中には、グリンリーフさんや当社がいると考えています。当社の商品が好きな人は熱心なファンの方が多く、もう当社の商品しか買わないそうですから。

それに、同業者からもよく「手作りの規格で、大手スーパーの検査に通るこんにゃく屋は、倉島食品とほんの数社しかない」と言われます。当社にしかこの作り方ができないと同業者が言ってくれるのは、すごくありがたいことです。「いいものを作ろう」という思いを貫くことと、「売りたい」ではなく「買ってもらいたい」という考えで商品を作っていれば、厳しい市場環境にも負けないと思っています。

「家業を未来に繋ぐためのM&A」に深く共感

倉島様がM&Aを検討し始めた時期や背景をお聞かせいただけますか?

倉島氏:実は、今回の譲渡を考える10年ほど前に、まったく異業種のピアノ輸出会社をM&Aで譲受した経験があります。ちょうど弟が独立するタイミングで、会社にもう一つ柱となる事業があればと考えていたところ、先代社長が亡くなって経営に困っていたピアノ輸出会社の紹介を受け、少し手を加えれば改善する見込みが十分にあったため譲受を決めました。その経験があったので、自分もある程度の年齢でどのように事業承継をするかと考えたとき、M&Aは選択肢の一つに挙がっていました。それで、fundbookさんと知り合う前からも、M&Aの勉強をするつもりでいろんなM&A仲介会社から話を聞いて、知見を蓄えていたんです。

自分のこと、会社のこと、従業員のこと、そしてのれんのこと――。いろんなところに思いを巡らせながら、親族間で承継するか、M&Aをするか、ずっと熟考を重ねてきました。

M&Aに向けて本格的に動き始めたきっかけは何だったのでしょうか?

倉島氏:fundbookさんとの思わぬご縁でした。2022年の大みそかに伝票の整理をしていたら、fundbookさんから届いていたDMを偶然見つけて、電話をしてみたんです。この頃はまだM&Aをするとしても5年後くらいに思っていたのですが、年明けにアドバイザーさんと初めてお会いして、そこから定期的に情報収集を兼ねて色々とお話をさせてもらう関係が続きました。対話を重ねるなかで、こんにゃく屋が減っている現状を見つめ直し、私たちがこれまで培ってきた家業を守り、従業員の雇用を維持しながら今後もいい商品を作り続けていくためには、どこかの会社と手を組む必要があると考えるようになったんです。そうして、「信用できる仲介会社と出会えた今こそが、動くべきタイミングかもしれない」という思いが強まり、約1年後に正式にM&Aの仲介を依頼しました。

M&Aに向けて始動してからグリンリーフ様と出会うまでには、どういう経緯がありましたか?

倉島氏:初めは、私もよく知っている同業者から、譲受希望の声がかかっていました。その会社自体はとても良い会社なのですが、当社にとって必ずしもベストな形のM&Aにはならないかもしれないとfundbookさんが客観的に判断して、面談の前に丁寧に見送りの調整をしてくれたんです。

正直なところ、M&A仲介会社がどれだけ親身にサポートしてくれるのか最初は半信半疑でしたが、そんな出来事もあって「fundbookさんなら大丈夫そうだ」と思えました。当社もM&Aを急いでいたわけではなかったので、アドバイザーさんに信頼を置いて次の企業の紹介を待つことにしました。その後、あまり期間を空けることなくグリンリーフさんに出会えました。

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グリンリーフ様は、どういった経緯でM&Aを検討し始めましたか?

澤浦氏:最初にM&Aを試みたのは20年以上前で、当時は南方へ農業の生産地を展開していきたいという意向から、東海地方の農業法人とのM&Aに動いたことがあります。そのときは成約に至らなかったのですが、「こういう仕組みがあるんだな」と気づき、これまでに営業権や不動産などの部分的な譲受はいくつか実施してきました。

実は、ここ数年でも関西のこんにゃくメーカーとのM&Aの提案を受けていたのですが、それが成約とはならなかった直後に、fundbookさんから初めて連絡をもらいました。紹介したい企業が「東海地方のこんにゃくメーカー」と聞いた瞬間からすごく興味を持ったのですが、倉島食品さんの名前を聞いて、なおのこと驚きました。当社が出展している食品関連の展示会で、いつも隣で出展されていたからです。

それで、展示会を担当している従業員にさりげなく倉島食品さんを知っているか聞くと、「倉島社長といつも隣同士で、すごく楽しいです」と、生き生きと話してくれました。

澤浦様やグリンリーフの皆様は、以前から倉島食品様をよくご存じだったのですね。

澤浦氏:展示会のほかにも、以前、食品業界の情報紙の取材を受けた際に、こんにゃく事業が当社くらいの規模で良いこんにゃくメーカーはあるかと雑談程度に聞いてみたところ、「正直なところ、グリンリーフさんと静岡県にある1社だけです」と。それが倉島食品さんでした。

M&Aのお話が来る前から倉島食品さんの良さを知る出来事がいくつかあったので、fundbookさんから紹介をいただいたときは、「すごく面白そうだ」と心躍りました。倉島食品さんの資料を色々と見させていただいても、決算書には経営実態が正しく反映されていましたし、賃金台帳でも従業員の皆さんにしっかり給与が支払われていることがよく分かり、すごく良い会社さんだなと思いました。

その一方で、これほど良い会社さんがなぜ譲渡を考えているのか不思議に思い、倉島さんとの面談で直接聞かせていただいたんです。

倉島様は澤浦様との面談で、M&Aを考えた理由を含め、どういったお話をされたのですか?

倉島氏:まずは、冒頭でお話したような当社の歴史や会社の紹介をさせていただきました。そして、先代らが昔から手掛けてきてくれた事業を今も承継し続けているけれども、同じことをやっているだけでは承継じゃないと考える私の思いも澤浦さんにお話しました。

私は、伝統を大事にしながらも、常にバージョンアップと改革をしていかないと、世の中の大きな変化の波に押しつぶされてしまうと思っています。それに、事業承継は、親族だけでどうにかできるような時代でもなければ、決して甘いことではありません。今回私がM&Aに向けて動いたのも、親から受け継いたこの家業を次の世代へ繋いでいくためだと、そんな話を聞いていただきました。

面談で倉島様のお話を聞いて、澤浦様はどう思われましたか?

澤浦氏:倉島さんから「先々を見据えると、1社だけで頑張ろうとするよりも、グループで力を合わせていったほうがいい」というお話を伺って、農家もまったく一緒だなと思いました。

農業も1軒の農家でできることには限界があるため、私たちも「株式会社野菜くらぶ」を立ち上げて、昭和村をはじめ各地の生産者が集って協力体制を築いています。農業でも生産の安定化がお客様からの支持につながるようになってきていますし、農業経営の面でも一緒に学び合える環境がないと、農家自体が伸びていけないと思っていました。面談での会話から食品業界も同じ境遇だと分かり、倉島食品さんが良い会社だからこそ、事業承継のためのM&Aを目指されていることが深く理解できました。

それに、当社は有機こんにゃくを作り続けてきて、倉島食品さんは生芋こんにゃくや作り方にこだわりを持たれています。両社ともほかにない商品を作っていることや、色々な考え方も共通しているので、「一緒にやっていける」と感じ、初回の面談から話が盛り上がりました。

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「従業員への誠実さ」と「社内後継者の存在」が大きな決め手に

グリンリーフ様とのM&Aについて、面談を通して倉島様の意向はどのように固まっていきましたか?

倉島氏:初回の面談から、グリンリーフさんとM&Aをした先を想像していました。ただ、私は最初、同業者に譲受を希望されると思っていなかったんです。当社は特に華やかな会社でもないので、「澤浦さんは会社を間違えたんじゃないか」とアドバイザーさんに聞いたほどです。ただ、一流のこんにゃく屋でなくとも、誰も真似できない三流のこんにゃく屋を目指してやってきたので、そこにグリンリーフさんが共感していただけたことが嬉しかったです。

澤浦氏:決算書を拝見した時点から倉島さんが誠実な経営者であることは伝わってきましたし、実際にお会いしても本当にその通りでした。従業員の皆さんも、真面目で熱心な方ばかりです。

倉島食品さんがもしオートメーションで大量生産するこんにゃく屋さんだったら、私は興味を持ちませんでした。それでは価格競争にあおられて、先行きが厳しくなるのではないかと感じていましたから。

倉島氏:仰る通り、ほかのこんにゃくメーカーと同じものなら機械を買って増設すれば作れますが、大手とは規模が違うので、大量生産型に寄ってしまったら会社の存続が難しくなってしまいます。

当社が今後も成長していくには、お客様が求めるこんにゃくやところてんをいかに実現するかが大事で、澤浦さんはお客様のニーズを捉えることを得意としていらっしゃいます。私は、単純に「1+1=2」になるM&Aを望んでいたわけではありません。1+1を3へ、4へとしていくために、グリンリーフさんと一緒になりたいと思うようになっていきました。

澤浦様が倉島食品様とのM&Aを望んだ最大の決め手は何でしたか?

澤浦氏:倉島さんの正直なお人柄と、倉島食品さんの決算書に経営実態が正しく反映されていたこと、そして、倉島食品さんの社内に次期リーダーとなる人がいらっしゃったことです。

私の経験上、経営者が正直であることは非常に重要です。帳票や決算書には経営者の性格がよく出るのですが、これまでいろんな会社を見てきたなかで、在庫が本当にあるのか疑わしい決算書の記載など、あまりクリアでないケースは散見されました。また、口では「従業員を大事にしている」と言う経営者は山ほどいますが、従業員の努力と成果に見合った給与をちゃんと支払えている会社はさほど多くありません。それだけすごく難しいことなのに、倉島食品さんはすでに実現されています。

従業員を本当に大事にしていて、その社風と環境を受け継げる後継者が社内にいらっしゃること。これらが大きな決め手でした。

倉島氏:私の親族で、当社の工場長を務めている山本という者がいるのですが、M&Aを機に彼を取締役代表執行役員社長(以下、社長)にしてくださったんです。私はそれが本当に嬉しかったです。

グリンリーフ様としては、なぜ倉島食品様に後継者がいることが重要だったのでしょうか?

澤浦氏:当社が豊富な人材を抱えているわけでもなければ、譲受した会社に社長を送るという考えが、私の中には一切なかったからです。今働いている人の中から適任者がリーダーになって、社長を務めていただけるスタイルが、当社としてもベストでした。

これまでもよく、経営不振の会社を救済するようなM&Aの話をたくさん寄せられましたが、私は一緒に力を合わせて強くなるM&Aを理想としていました。「M&Aをして傘下に収めた」という表現も、私の考え方には合っていません。お互いに独立自尊でいながらも、色々な情報やノウハウ、リソースなどを共有して、良いところをどんどん取り入れ合っていきたいのです。

譲渡企業の従業員の気持ちを考えても、社内から後継者が選ばれることが一番いいと思っています。他社からいきなり新社長が来て色々と指示されても、おそらく面白く思わないと思うんです。倉島食品さんの社内の雰囲気を見ていても、山本さんが倉島さんの後を継いで社長になってくれたらと、心底思っていました。仮に山本さんが社長をやりたくないと仰っていたら、M&Aを断念していたかもしれないくらいです。

「取引先の破産」という最大の危機でも、目指す方向はともに変わらず

M&Aを進めるなかで、大変だったことはありましたか?

倉島氏:成約まであと少しとなったタイミングで、当社の売上の半分近くを占める取引先が破産してしまったんです。私としては澤浦さんに申し訳なくて、すぐにfundbookさんとともに澤浦さんのもとへ伺いました。

応援してくださる取引先はほかにもいるので、失った売上の半分弱は取り戻せる可能性はあるものの、それも確約はできないとお伝えしたうえで、一旦M&Aを延期していただくよう申し出ました。

澤浦氏:事情を伺って延期はしましたが、決して「中断」という意識はお互いにありませんでした。

倉島氏:こういった困難のときこそ「社長の器」が見えるものですが、澤浦さんはこちらの状況が整うまでじっくり待ち構えてくださったので、私もどれだけ心が動揺していようが、そのご恩に報いるために本気でやらないといけないなと。こんなときにもグリンリーフさんと方向性が一緒だったことが、私は一番嬉しかったですし、支えになりました。

澤浦氏:倉島食品さん最大の取引先が破産したからと言って、買収価格を下げようなんて考えは一切なかったので、回復するまで待つのは当然でした。今回のM&Aで融資してくれた金融機関も色々と調べてくれて、「(倉島食品様とのM&Aは)すごくいい話だと思います。絶対に待ったほうがいいですよ」と、太鼓判を押していたんです。倉島さんのご尽力によって、結果的に8カ月ほどの延期で成約に至りました。

倉島食品様は、どのようにその困難な状況を乗り越えたのでしょうか?

倉島氏:このときも皆さんに助けられて、本当に恵まれているとしか言いようがありません。

取引先が破産した日、何年も疎遠になっていた会社の方が、「とにかく応援するから、頑張って」と、電話をくださいました。

ほかにも、大手こんにゃく販売会社の方に相談したら、1時間後にその会社の専務から「失った分の流通をうちでも拾っていくから、頑張って」と電話をいただいて、皆さんのおかげで持ち直していくことができました。自分でも驚きましたが、取引先の破産から4カ月後には月次の売上が元通りに戻り、半年後にはすっかり良好な経営状況になっていました。

大きな困難を乗り越え、ようやく成約に至れたときの倉島様のお気持ちはいかがでしたか?

倉島氏:譲渡した以上は、現社長にも従業員にもより一層頑張ってもらわないといけないので、皆にそういう気持ちになってもらうことへの自分の責任を大きく感じました。M&Aはゴールではありませんから、グリンリーフさんと一緒に今まで以上に会社を良くしていきたいという気持ちです。

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M&Aだからこそ再認識できた、自社の価値と成長の可能性

倉島様は、従業員の皆様にいつ頃グリンリーフ様とのM&Aについてお伝えしましたか?

倉島氏:山本社長を含む上層部2名には、私の考えも説明しながら早い段階から伝えており、特に山本社長には「君が継ぐ選択肢もあるけど、どうする?」とも伺っていました。すると、彼自身がM&Aについてものすごく勉強するようになり、その結果、「M&Aをしよう」と合意を得られました。

その山本社長から先日、こんなことを言われたんです。「あれからずっとM&Aについて勉強し続けてきたけど、譲受してくれる会社が現れるなんて、本当にすごいことだと気づいた。こうやってグリンリーフさんがM&Aで一緒になってもらえたことは、それだけ倉島食品が良い会社なんだと、改めて思った」と。

グリンリーフ様とのM&Aで、山本社長や従業員の皆様も自社の価値を再認識されたのですね。

倉島氏:そうだと思います。私は今まで倉島食品が積み重ねてきたことへの自負がありましたから、正直なところM&Aをできる自信はありましたが、こうしてM&Aが実現して、山本社長や従業員が自社の魅力を新たに発見してくれてよかったです。皆、もとから自分を持って頑張ってくれている人たちばかりなのですが、今はもっと「うちの小結びは日本一だ」というような自信も増しています。それが何よりいいことだなと思います。

特に、山本社長は澤浦さんが社長にしてくれたものですから、びっくりするほど成長しています。もしグリンリーフさんとM&Aをせずに、私が会長になって彼が社長になっていたなら、今のようにはなっていなかったと思います。

倉島食品様の同業者や周囲の方々からは、グリンリーフ様とのM&Aについて、何か反応は寄せられていますか?

倉島氏:繰り返しになりますが、ここしかないときに、グリンリーフさんと、こういう形でM&Aができたのですから、同業者からもすごく肯定的な声ばかり寄せられています。

私自身、最初は悩みに悩んでM&Aへ動き始めましたが、あと3年悩み続けていたら、きっとタイミングを逃していただろうなと改めて思いました。

グリンリーフ様は企業をグループに迎え入れるお立場として、何か意識したことや心掛けたことはありましたか?

澤浦氏:倉島さんと会話を続けてきたなかで、色々な考え方や理念、方向性はほぼ一緒だとお互い分かったので、グループになるべくしてなったと思っていますし、どこかを変えないといけないというような肩肘張った感覚はありませんでした。

実は、私の妻が浜松市の出身で、森町にいる親戚や友人も倉島食品さんをよく知っていましたし、森町からほど近い菊川町には「野菜くらぶ」の支社と野菜の生産場所があるので、私自身も以前からこの近辺にはよく足を運んでいました。そんなご縁もあって、倉島食品さんが最初から身近な存在に思えていたので、譲受に向けて無理に何か身構えようとしたことはありませんでした。

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グループの結びつきが生み出す、互いを高め合う取り組みの数々

M&A成約から10カ月が経ちましたが(取材時)、両社様でどのようなお取り組みが始まっていますか?

澤浦氏:まず、総務や経理等の業務はオンラインによってグリンリーフ側で一本化し、バックオフィスの共通化・効率化を図りました。

ほかにも、従業員同士が両社間を行き来しながら学び合ったり、協業に向けた意見交換をしていますし、特に山本社長と当社の工場長は同年代ですから、両者ですごく切磋琢磨しています。

倉島氏:本当にそう思います。お互いが会社の長所を教え合い、吸収し合って、いいところを掛け合わせようと一生懸命取り組んでいます。グループになったからこそできていることだと実感しています。

今後の協業の構想や、グループの展望もお聞かせいただきたいです。

澤浦氏:いずれは2社で同じブランドの商品を作って販売していこうと、倉島さんと話しているところです。あとは、両社で協力して、倉島食品さんの最大の強みである小結びしらたきをずっとフル稼働で作れる体制を目指して動き始めています。

倉島食品さんの小結びしらたきは大人気商品なので、これまでは生産キャパシティーを超えてしまうと、受注ができない状態となっていました。一方で当社はまだ生産の余裕があるので、倉島食品さんのキャパシティーを超えた分を当社で作って流通させていけば、お客様からも喜ばれるはずです。倉島食品さんのオペレーションが繫閑を気にすることなく、年間通して安定した生産ができるようになると、もっとお客様を拡大していけるでしょう。

倉島氏:工場の生産キャパシティーを補い合う協力体制のほか、人材においてもこれからお力添えをいただけることになっています。

澤浦氏:グリンリーフの子会社として設立した「ビオエナジー株式会社」では“外国人財支援”に力を入れており、今度、倉島食品さんに優秀な特定技能外国人が入ってくる予定です。

製造現場では、人手不足で製造できなければ一番のロスになってしまい、逆に人手が余ってしまっても無駄が発生してしまいます。倉島食品さんが人手を必要としていればグループから人材を派遣しますし、そうして人が行き来することで、お互いのノウハウや情報を学び合い、より高め合っていける。そんな関係をより強固にしていきたいと考えています。

倉島氏:一人じゃできなかったことも、二人になったらできることってあるんです。今までは日々の業務に追われて、面倒なことはつい後回しになっていましたが、澤浦さんやグループの皆さんと一緒になれて、私も立ち上がりました。

例えば、主力の小結びでは、コンビニおでんで見かけるような大きめの小結びを作りたいと以前から思っていたところ、澤浦さんと「やってみましょう」という話になり、最近ようやく機械の調整がうまくいき始めました。これから新たな主力商品になりそうで、すごく期待が膨らんでいます。

相談役として、引き続き倉島食品様を支えている倉島様。ご自身の今後の抱負もぜひお聞かせください。

倉島氏:私は「譲渡したから辞めていい」「相談役“でも”いい」という思いは一切ありません。社長だったときと同じ気持ちで、会社のことも商品作りのことも考えています。

その思いは前提にしながらも、当社にとって製造現場の仕事と経営業務は両方が大事なので、少しずつ工場の仕事は現場スタッフに任せるようにしています。山本社長も今はまだ現場で手いっぱいなのですが、「社長だからといって、全部自分でやろうとしてはいけない」と伝えていますし、私もできる限りフォローしているつもりです。

それともう一つ、当社では多くの外国人従業員が活躍しているので、やはり自分にできることと言えば、彼らの気持ちに寄り添い続けることです。皆、それぞれに思いがあってここに来ている人たちですから。仕事をよく覚え、頑張ってくれている人の給料を上げるだけでなく、言葉が通じる分だけちゃんと口に出して評価をしてあげたいんです。

澤浦さんが許す限り、倉島食品の皆を応援しながら頑張っていきたいと思っています。

澤浦氏:こちらとしても、ぜひお願いしたいです。

当社にはこんにゃく作りを始めたときにパートで入社した女性がいるのですが、70歳を超えた今も開発部長の役員として活躍しているんです。彼女が新商品開発を全て管轄しているのですが、彼女が中心となって新商品を作っているのではなく、部下の皆がそれぞれ担当している開発業務を見守る立場となっています。彼女と同じく、倉島さんも倉島食品さんにいなくてはいけない存在です。

倉島氏:期待に応えるためにも、まずはしっかりと収益を上げて、倉島食品をさらに健全な会社にしていきたいです。今は大変な時代ではありますが、この仕事を40年も続けていると、こういうときこそチャンスのような気がするんです。ちゃんとした商品作りと経営をしている会社しか生き残れないですから。

倉島食品は、困難なときも皆さんが助けてくださったおかげでここまでやってこられました。だからこそ、誠実な商品作りと人とつながり合うことの大切さが身に染みており、グループで力を合わせられることを本当にありがたく思っています。

たとえいいアイデアがあって次の一手を講じたくとも、一人だとなかなか叶えられないものです。グリンリーフさんやグループの皆さんと結びつくことで、やりたかった夢が叶えられるなら、こんなにも幸せなことはありません。今後の成長を楽しみに、私自身も精いっぱい尽力していきます。

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創業家による経営ではなく、会社の強みや特色を受け継ぐことが真の「承継」

株式会社倉島食品
相談役(5代目代表) 倉島 康司氏

かつてはM&Aというと、大企業同士が結びつくイメージが強かったですが、今や「うちは小さな会社だから関係ない」と無関心なままでいい時代ではなくなっています。これからの経営者は、大きな世界の流れや動きを広い視野で捉えながら、そのなかで自社は何ができるかを考えなければいけません。決してM&Aだけが全ての企業の答えになるわけではありませんが、手段の一つとして考えておいたほうがいいと思いますし、実際私も色々と考え抜いた結果、M&Aが選択肢に挙がっていました。

当社は先祖から事業を続けてきた会社なので、身内の中からは「譲渡してもったいない」という意見も聞かれました。ですが、困難や苦境を必死に乗り越えて受け継いできた張本人でないからこそ、「もったいない」の一言で済ませられるのです。創業家がずっと続けたら偉いわけでもなければ、何も変えないことに固執する必要もありません。少しずつ軸足を変え、ギアを変えつつも、今までに培った強みや会社の色を受け継いでいくことが、本当の意味の「承継」だと思います。倉島食品の色は、皆真面目で一生懸命なこと。これはこの先もずっと続いていきます。

M&Aをするにあたっては、第一に、健康経営に取り組んで自社を磨いておくことが重要です。そして、いろんな方々と接触してM&Aについて吸収し、見抜く力や判断力が養われた先で、ここしかない時期に、この方しかいないという企業とのご縁が訪れると実感しました。私はM&Aをしてまったく後悔をしていませんし、一番良い選択だったと自信を持って言えます。

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横の協力関係を築いていく考え方が、農業や食品業界には必要

グリンリーフ株式会社
代表取締役 澤浦 彰治氏

農業では一個人の農家が単独で生き残っていける時代ではなくなり、廃業が加速しています。ではなぜ私たちが残っていられるかというと、「餅は餅屋」とも言うべく専門の者同士が手を取り合って、連合体を作っているからです。

例えば、レタスを得意とする生産者同士が地域を超えてグループを作り、夏は群馬や青森で、冬は静岡で栽培するといった体制を確立しており、これによって当社グループでは年間通して40品目が安定供給できています。すると、スーパーとも直接商談できるようになり、中間業者を介さない分、より高い値段で野菜が売れるようになりました。これは一個人の農家ではできなかったことです。同業者同士が敵対心を持ってつぶし合うのではなく、「共創」することでともに成長していける関係性をいかに作るかが大事だと私は思っています。

こんにゃく業界も、一昔前から価格競争で競合他社に勝つことばかりに集中しすぎていますが、私は以前から「そうじゃないよな」と、危機感や疑問を抱いていました。今回、当社と倉島食品さんはグループになって、お互いのノウハウを融合しながら発展をし始めています。

グループ各社が上下関係ではなく、横の関係を築くことで新たな展開ができていく――。そういった広くて深い協力体制を作り上げていく考え方が、農業や食品関連の業界には必要なのだろうと思います。

大みそかの1本の電話から動き始めた、家業を未来へ繋ぐM&A

担当アドバイザー コメント

この度は、株式会社倉島食品様とグリンリーフ株式会社様のM&Aご成約、誠におめでとうございます。
唯一無二の組み合わせであるご両社の出会いが一つの形となっていく場に立ち合い、またそのサポートをさせていただけましたこと、大変光栄に存じます。
当社としては、倉島様に2022年の大みそかにお電話をいただき、そこからご成約まで約2年半に渡ってやり取りをさせていただきました。
倉島様におかれましては、後継者への「承継」ということにとどまらず、必ずしも将来が明るいとは言い切り難いこんにゃく業界の中で、当社の特徴・独自性を守りながらも、軸足・ギアを変え、企業を発展させる本当の意味での「承継」を本気で目指されておりました。
譲受企業のグリンリーフ様は同業種でもありますが、とりわけ業界内でのポジションや商品製造への熱い想い、また社長様同士の企業としてのあるべき姿の考え方が非常に近く、ご両社が信頼関係を築くのにそう時間はかかりませんでした。
倉島様と澤浦様が度重なる議論を交わし、業界の新たな将来を見据えられていたこと、今でも鮮明に覚えております。

1人のM&Aアドバイザーとして、また、両社が製造する商品の1ファンとして、倉島食品様とグリンリーフ様が本件を通じて益々ご発展されること、また、今回の資本提携が、食品業界における本当の意味での「承継」のモデルケースになることをとても楽しみに、そして確信しております。

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