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滋賀県内を中心に、全国的にも有名になった「朝恋トマト」。2008年に、近江八幡市浅小井町出身の松村務氏が地元で浅小井農園株式会社を創業し、丹精込めてこのブランドを作り上げてきました。
2018年、当時銀行員だった関澤征史郎氏が、農業への深い関心から浅小井農園へ研修に訪れます。松村氏から後継者がいないことを聞き、農園を引き継ぐことを決意した関澤氏は、1年半の研修を経て代表取締役社長に就任しました。その後農園を経営するなかで、コロナ禍をはじめとした様々な困難に直面。特にウクライナ情勢の影響は大きく、関澤氏は今後の経営を考え、M&Aの本格的な検討に踏み出しました。
その後、40年以上にわたってシステム開発を手掛けながら、農業事業にも力を入れる株式会社大和コンピューターと出会い、2023年4月に「農業×IT」の異業種M&Aが成約。「日本の食を支えたい」という思いが合致し、農業界を取り巻く課題にも両社で果敢にチャレンジしようとしています。M&A成約までの経緯や業界の課題、今後の展望について、関澤氏と大和コンピューターの代表取締役社長・中村憲司氏にお話を伺いました。
関澤氏:当社は滋賀県近江八幡市で「朝恋トマト」というブランドのミディトマトを栽培している農園です。ハウスの広さは県内最大規模の約8000平方メートルで、室内は環境制御システムによって温度や湿度、二酸化炭素濃度などを全て管理し、高品質なトマトを栽培しています。「朝恋トマト」は県内から京阪神地区を中心に流通していますが、最近では関東や中部地方、九州地方などへも販売を拡大しており、少しずつ全国的に知名度が上がってきています。
また、適切な農場運営の基準「JGAP(Japan Good Agricultural Practice)」を県内で最初に取得していることも強みです。当社の松村会長は新規就農者として創業したため、農業のオペレーションを自らの手で確立していかなければなりませんでした。中小規模の農業法人であっても、従業員を雇用しながら農園を運営していくうえでガバナンスは必要です。JGAP認証はオペレーションの最適化につながると考え、創業直後の2009年に取得したのだそうです。
関澤氏:私自身は農家の出身でもなく、農業に関わる職歴もなかったのですが、昔から食べることが好きで、食に深い興味を持っていました。以前はケーキ店で店長を務めていたこともありますし、その後11年間、銀行員として勤務していた頃も、週末にはいろんな産地に出向いては特産品の食べ歩きをしていたほど、とにかく地のものが好きだったんです。
また、銀行に勤務していた頃は中堅中小企業への融資業務を手掛けていたのですが、いろんな経営者とお会いするなかで、自分も起業してみたいと思うようになったことも、農業の道に進む一つのきっかけになりました。起業・創業や制度融資について調べていたときに、新規就農者向けの無利子の資金「青年等就農資金」があることを知ったのです。よく「農業は儲からない」という噂を耳にしますが、金融面での支えはしっかりしているのではないかと思い、自らの今後の仕事として農業を本気で考えるようになりました。
関澤氏:社会人向けの週末農業スクールに通い始め、そこで農業経営の勉強をしていたのですが、実際の栽培技術も習得したいと考えるようになり、滋賀県に研修先を探していただくようお願いしたんです。私としては環境制御や養液栽培に興味があったので、それに合った研修先を希望していたところ、紹介いただいたのが浅小井農園でした。
関澤氏:銀行の融資業務で事業承継に関わることも多かったので、研修中にそれとなく松村会長に後継者をどうするのかと聞いてみたんです。すると、「後継者はいないけど、最後は土地をきれいにして地主に返したらいいから」というような回答でした。ただ、せっかく軒高4メートルの環境制御ハウスが8000平方メートルもあって、「朝恋トマト」も県内で有名になってきているのに、なんてもったいないんだと率直に思いました。
当時、私は滋賀県東近江市に自分で運営するための農地を一つ見つけていましたが、やや規模が小さかったので、ほかに空いているハウスはないかと探していた時期でもありました。しかし、もし浅小井農園を私に継がせていただけるのであれば、ここで農業を生業として十分やっていけますし、従業員も引き続きここで働いていけます。そう思った私は、1年半の研修が終わる少し前に松村会長を飲みに誘い、プレゼン資料も提示しながら「後継者として私はどうですか?」と話してみたんです。
関澤氏:唐突な提案だったのでとても驚かれていました。ただ、年齢のこともあって、会長は奥様とも話しながらそろそろ引退を考えていらっしゃったそうなんです。お互いのニーズが合致したことですぐに第三者承継を進めることになり、提案からわずか半年後の2020年10月に代替わりが完了しました。
中村氏:当社は、ソフトウェア開発事業、SaaS分野のサービスインテグレーション事業、農業を含めたその他事業――大きくこの3つの事業を展開しています。1977年の設立からソフトウェア開発を手掛けてきた知見を生かし、この3つの事業が有機的に結び付けられていることが特徴です。
中村氏:農業には2008年頃から本格的に着手しました。ソフトウェア開発会社である当社が農業を始めた背景には様々な思いがありましたが、「日本の食を支えたい」という考えが最大の動機になりました。食を支えるためにはまず、食の安全保障と食品そのものの安全性を維持しなければいけません。日本は世界に誇れる食文化を持つ一方で、農業では後継者問題が深刻化しており、良い農作物が食べられなくなる危機に迫られています。また、素晴らしい農業技術があるにもかかわらず、そのほとんどが経験と勘に頼っており、マニュアルや技術指導ではせいぜい3割程度しか補えない状況です。加えて、天候不順や天災など様々な要因で安定的に農作物が成長・収穫できない事態も珍しくないため、当社も食の安全に少しでも貢献できればと思い、農業の事業を開始しようと決断しました。
もう一つ、当社の従業員の働き方を考えたこともきっかけになりました。日頃はどうしてもバーチャルな世界で仕事をすることが多いため、リアルな世界とのバランスを取れるようにしたかったのです。農業を始めたことで、今ではリアルとバーチャルがちゃんと融合した環境で仕事ができるようになったと思っています。
中村氏:メインの領域ではないにしても、農業は現在当社が手掛けている無線ICタグやトレーサビリティ、ECサイト構築など、そういった製品やビジネスを展開する端緒を開いてきた重要な存在です。今後も農業が新たな取り組みの起点になっていくと思いますし、農業の事業自体もますます伸ばしていきたいと考えています。
関澤氏:いろんな困難がありました。まず、承継と同時期にコロナ禍に突入してしまい、販路がガラリと変わりました。栽培においては病害虫が原因で、一度トマトを全滅させてしまったこともあります。また、最近ではウクライナ情勢の影響で、肥料、原油、電気代などが大幅に値上がりしています。それにもかかわらず、消費者心理としては10円でも高くなると手が出にくくなってしまうため、農作物の小売価格はなかなか上げることができません。当社は多い日に2トンもの収穫量があるのですが、着実に売れていかないと不良在庫となって廃棄せざるを得なくなってしまうので、小売りの面でも悩むことは多いですね。
関澤氏:中村社長が仰った通り、食料安保の問題は深刻で、私自身も課題意識を強く持っています。農業に尽力する立場としてそこに関われるのは社会貢献度が高いことだと思いますが、ただ、政策と農業生産の現場との温度差はかなり大きいと感じるばかりです。例えば農家への年間の補助金にしても、日本はアメリカなどに比べるとはるかに少額で、さらには農作物の多くを安価な外国産の輸入品に頼っています。これではその場しのぎにしかなりません。根本的なてこ入れが必要であることを、メディアや行政と話す際にはいつも提言するようにしています。
中村氏:農業においては承継しづらい要因を解決していくことも重要だと思います。少子高齢化については私たち参入者だけで解決できる話ではありませんが、重労働の負担軽減や生産性の向上には積極的に取り組み、承継しやすい環境を作ることで後継者問題の解決に貢献できるのではないかと考えています。
関澤氏:そうですね。病害虫の問題は正直、自分たちの対策にも要因があったと思いますし、コロナ禍による販路の劇的な変化も、営業次第では何とかなったかもしれません。しかし、ウクライナ情勢以降の苦境は、浅小井農園単体で経営していくには難しい局面が多すぎます。元銀行員の感覚として、自力で資金調達できるうちはよくても、今後を考えるとどこかと手を組んだ方がいいと考え、その手段として2022年8月からM&Aの検討を本格的に始め、fundbookさんに相談しました。その後はスピーディーに進めていただいたので、1年弱で成約に至ることができました。
関澤氏:まず、大和コンピューターさんが農業を手掛けられていることに驚きました。お会いするまでは、IT企業が農業をされる一番の原動力は何なのかと、私もすごく気になっていましたね。
先ほど中村社長がバーチャルとリアルのお話をされましたが、面談のときに「農業とITは対局関係にある」と仰っていて、この概念がとてもしっくりきたんです。時には土に触れたり、自然豊かな場所に出掛けたりすると感性がニュートラルになる気持ちは私も共感しますし、IT分野の上場企業の社長というお立場でいらっしゃりながら、農業について深く理解されていることも本当に嬉しく思いました。
関澤氏:「まさかのIT」という思いはまったくなく、むしろ業界のリスクヘッジのためには、できれば大和コンピューターさんのような別の業界の企業がお相手として良いと考えていました。農園の場合、例えば卸売企業やスーパーなどの小売企業のような、流通の川下にあたる企業が生産部隊としてグループ化することも十分考えられますが、それだと当社自体は業界リスクから抜け出せきれません。それに、食料安保などの大きな課題に農業界だけで立ち向かうとなると、ウクライナ情勢の影響が甚大な中では非常に難しくもあります。このため、「農業×異業種」でうまくシナジーが発揮でき、業界のリスクヘッジにもつながる企業とのご縁があればと当初から思っていました。
農業では土壌分析や環境制御、収穫ロボットまで、いろんなIT技術が登場していますが、それでもまだまだITの活用は遅れている業界です。農業界を激変させられるのはITだと私は思っているので、大和コンピューターさんとのM&Aは本当に理想の形でした。
関澤氏:浅小井農園が間違いなく安定すると確信しましたし、大和コンピューターさんというしっかりした会社の目線を経営に入れるべきだと思っていたので、M&Aが成約したときは感謝の限りでした。松村会長と農場長も「すごく良い判断だと思います」と、歓迎してくれています。
中村氏:アプローチの方法はそれぞれ違っていても、農業界を取り巻く課題に対して目指す方向性は一緒だと感じました。面談だけでなく、農園の見学にも伺わせていただきましたが、浅小井農園さんは当社も手掛けている統合環境制御システムを取り入れて、品質や生産性をどんどん良くしていこうとされていますし、廃油のリサイクルなど、エコでクリーンな取り組みにも力を入れていらっしゃいます。単にトマトを作るだけにとどまらない考え方に、強いシンパシーを覚えましたね。
中村氏:15年前に農業事業を始めた頃は、一緒に取り組んでいただける農園を探そうにも、ITという異業種だからか、なかなか話すら聞いてもらえない時期もありました。たまたま静岡県のメロン農家さんが後継者不在で廃業されるかもしれないという話を聞き、お声かけさせていただきましたが、ご理解いただくまでには相当な時間を要しました。現在は静岡に数名の従業員が常駐して、実際の栽培と農業向けシステムの開発に一緒に取り組んでいます。
静岡の農園と提携した後も、大阪本社に近い近畿圏の農園と手を組むことができれば、より事業が進展するだろうと考えていたので、考え方を共にする浅小井農園さんとのご縁がいただけてよかったと思っています。
中村氏:企業ごとに文化や事業のやり方は違いますし、農業とITでは当然ファシリティも違います。企業同士が融合して発展していくためには、お互いに変わるべきところがあると思いますし、どう変われば最善なのかを探求するうえでは、相互の理解が不可欠です。それはコミュニケーションなしには成り立ちませんから、スピードよりも十分な時間をかけて理解を深め合っていくことを重視しています。浅小井農園さんの事業に携わらせていただいたり、関澤社長から色々と伝授いただいたりしながら、相乗効果が最大化する進化をともに成し遂げていきたいですね。
中村氏:まずは、人的交流を促進させたいと考えています。当社は静岡の農場で新入社員の農業研修を行っていましたが、残念ながらコロナ禍以降は休止せざるを得ない状況が続いていました。ようやく人々が活発に動けるようになってきたので、浅小井農園さんにも研修に伺わせていただきながら、「一緒の仲間だ」という意識をより強固にしていきたいと思っています。
また、農業界を取り巻く社会課題にも、両社で力を合わせてチャレンジしていきたいです。農業にIoTやICTを取り入れたり、統合環境制御システムで栽培したりすれば、品質や生産性の向上が見込める一方で、エネルギーが一つの重大な問題になってきます。世界的にもカーボンニュートラルの実現に向けた動きが加速している今、中小企業もエネルギー効率を高める挑戦を怠ってはいけないと考えています。すでにエコでクリーンなエネルギーを積極的に活用されている浅小井農園さんとともに、両社で知恵を出し合いながら前進していきたいですね。
関澤氏:今の若い人はSDGsへの関心がものすごく高いですし、当社もSDGsへの力の入れようは関西でも屈指だと思いますので、大和コンピューターさんの事業に当社の取り組みが少しでもプラスに働けばと願っています。中村社長が仰るように、両社間の人的交流やコミュニケーションを重ねながら、意見を出し合って進めていきたいです。
関澤氏:私個人としては農業の後継者問題に力を入れたいと考えていて、つい最近も、個人農業の規模でもM&Aができるような事業承継のマッチングプラットフォームに申し込みをしたところです。そのプラットフォームを活用しながら、農業の後継者問題を解決する活動を近畿圏で広げていきたいと思っています。
やはり、事業承継は誰かに相談しようとしても、実際に経験した人からでないと的確なアドバイスが得られないと思いますし、特に農業は特殊な分野なので、農業を始めたい人や農業を継いでもらいたい人に、私の経験を役立てていけるよう、こつこつと努力を続けていきます。
中村氏:当社は“農業とITの二毛作”の形で、もっと仕事を面白くしていこうとしているので、ぜひ関澤社長には農業の魅力をアピールする方法を一緒に考えていただければと思っています。機械やITの導入により、農作業の負担は大幅に軽減されるにもかかわらず、今もなお「農業は重労働だ」というマイナスイメージが先行しています。農業を始めようとする人材を増やして育成できれば、ひいては後継者問題へのアプローチにもなるはずですので、農業の魅力を正しく広めるアイデアを出し合っていければ嬉しいです。
浅小井農園株式会社
代表取締役社長 関澤 征史郎氏
銀行員をしながら農業スクールに通っていたときに、農業をやりたいと思っている人はかなり多いと感じました。ただ、そのうち新規就農できる人は10分の1にも満たないのではないかと思います。なぜなら、新規就農するにはハウスや設備を用意して、販路も自力で開拓するなど、全てゼロの状態から立ち上げなければいけないものだとイメージされがちだからです。当然、それではハードルが高すぎて一歩が踏み出せないでしょうし、家族も納得してくれないと思います。
しかし一方では、立派な農園や販路があるにもかかわらず、後継者不在などで農業を辞めようと思っている農家さんも多くいらっしゃいます。新規就農しようとしている人がM&Aや第三者承継、事業承継という引き出しさえ持っていれば、初期投資やリスクがほぼないまま、すでに営農している人から引き継げる可能性は十分にあります。私自身、浅小井農園の創業者である松村会長から第三者承継をした立場として、こういったゼロから作り上げる以外の方法を選択肢に入れておいた方がいいと自信を持って言えますし、様々な場所で啓発するように努めています。M&Aも含めた事業承継の形が、今後の農業界でますます加速させられれば嬉しく思います。
株式会社大和コンピューター
代表取締役社長 中村 憲司氏
先祖代々農業を営まれている農家さんも多くいらっしゃる中、農業の発展を意図したM&Aを提案したとしても、M&Aと聞くと「受け継いできた農地が持って行かれてしまうのではないか」と、不安に思われることも決して少なくないと思います。今は浅小井農園さんと静岡のメロン農園と手を組めている当社も、十数年前は農家さんに提携を持ち掛けたところで、ただただ怪しまれる一方でした。なので、農業界ではM&Aと合わせて、もう少し緩めた形の“協業”も促進させて、協力体制を作る入り口を広げていくことも一つの策になるのではないかと考えています。
せっかくの農地も、放置してしまうと土地が荒れてしまい、再び作物を作ろうとしても収穫までに数年を要することになってしまいます。使える農地はしっかりと有効活用して、実りあるものを作っていかなければ意味がありません。M&Aや協業などを活用し、農地としての価値がゼロになってしまう前に手を打っていく取り組みが、今まさに求められているのではないでしょうか。
相談料、着手金、企業価値算定無料、
お気軽にお問い合わせください
fundbookが厳選した
優良譲渡M&A案件が検索できます
担当アドバイザー コメント
本件は両社長の「日本の食を支えたい」という強い想いが結んだ農業×ITの異業種M&Aでした。
お相手を探すなかで、大和コンピュータ―様と浅小井農園様が出会うまでは一筋縄ではいかず、関澤社長は多くの会社とトップ面談を実施し、最終的に大和コンピューター様に巡りあい、M&Aの成約に至ることができました。
後継者がおらず廃業を視野にいれていた浅小井農園が上場企業グループの仲間入りをし、より盤石な体制で「朝恋トマト」のブランドを今後も世に発信していけるM&Aに携われたことを大変光栄に思います。
今後のご両社の益々の発展をお祈り申し上げます。