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鳥取県米子市で、1927年から印刷事業を続けてきた株式会社エッグ。40年ほど前に現社長の髙下士良氏がお父様から経営を引き継ぎ、以降はIT企業へと転換していきます。
その後、髙下氏の先見の明と豊富なアイデアで、数々のサービスが誕生。特に、ふるさと納税システムは自治体導入実績ナンバーワンを誇り、現在は心身の老いや衰えによって介護状態になる手前の「フレイル」の早期発見システム開発に注力しています。
一方で、自身の年齢を考慮し後継者の必要性を意識し始めた髙下氏は、M&Aでの事業承継を決断。多くの譲受候補先のなかで、株式会社スカラと社会問題への取り組みに対する考えが合致し、2022年2月にM&Aが成約しました。今後は自治体との“共創”による社会問題の解決に向けて思いを一つにしています。
成約までの経緯や、M&A後に描く今後のビジョンについて、髙下氏と株式会社スカラ戦略投資事業部の山崎秀人氏、辻健輔氏にお話を伺いました。
髙下氏:私の父が1927年に鳥取県米子市で印刷業として創業し、「米子印刷所」の名前で地域の皆様に親しまれてきたと自負しています。長い年月のなかで、印刷技術が次々と変わっていく歴史を見てきました。40年ほど前に私が社長に就任した頃は、写植(写真植字)という印刷手法が多かったですね。その後、写植の組版をコンピューターで行える電算写植が登場し、私もコンピューターの勉強を始めました。1992年頃には、データベースと印刷を組み合わせた名簿印刷を始め、1996年にはホームページも開設しています。この間に社名を「エッグ」に変更し、従来の印刷業から、将来性のあるIT事業へと徐々に転換していきました。
髙下氏:2000年頃に、インターネットでハガキが出せる「ポスコミ」というサービスを始めました。世の中は「アナログをデジタルにしていこう」という流れでしたが、印刷業を手掛けていたので紙の良さをよく分かっていましたし、世代や利用シーンを考えると、ハガキはこれからも残っていくだろうと思っていました。「ポスコミ」は利用者に職業や年齢などを入力していただくことで、無料でハガキが送れる仕組みです。このビジネスモデルは大手企業や金融機関からも注目を集め、ファンドを新しく立ち上げてIPO(新規株式公開)を狙おうとするまでの大きな動きになっていたのですが、個人情報保護法の施行によって運用ができなくなってしまいました。
そんな失敗も経験しましたが、その後は「ふるさと納税」の黎明期から、自治体向けふるさと納税システムの開発に注力するようになりました。それを鳥取県にプレゼンした結果採用されたので、同県のふるさと納税システムを制作しました。そして、2013年に鳥取県がふるさと納税の寄付額で日本一になった。鳥取県のふるさと納税に注目が集まると同時に、当社のふるさと納税システムも「使いやすい」との評価をいただき、自治体導入実績は国内ナンバーワンまでに成長していきました。
髙下氏:コミュニケーションですね。やはりトレンドは重要ですから、時代を感じ取るためにいろんな業種の人と出会うことではないでしょうか。
私自身、ビジネスは楽しくやるものだと思っているので、それを社員にも伝えるように意識してきました。そして、社員を含めた周囲の皆様からの応援によって私たちはチャレンジし続けられ、ここまで成長できた。これを還元するためにも、社会貢献をしたい思いも強く持っていますね。
髙下氏:私は今年72歳になるので(取材時)、いずれの形にせよ後継者が必要な時期だと思っていました。ただ、当初はM&Aをすることにメリットを感じていませんでした。後継者探しでは、社外から次期社長の候補まで見つけていましたが、入社直前に辞退の申し出を受けまして。そのタイミングでfundbookからM&Aの話を伺い、検討してみようと考えました。
髙下氏:「社員」「お客様」「地域」、この3つを守ってくださいと候補先各社に要望しました。私からの願いに対して、一番真摯に向き合ってくださったのが、スカラの梛野憲克社長だったのです。
山崎氏:当社も髙下さんのご意向と同様に、鳥取に拠点を置くエッグさんと、東京の上場企業である当社のインパクトの違いを考慮し、鳥取県発祥の企業とそのビジネスモデルを大事にしていきたいと強く思っていました。鳥取県内で働かれている従業員の皆様もいますから、鳥取―東京間の交流とコミュニケーションは活発に行いながら、今まで通りの拠点でやっていきましょうという話で合致しています。
山崎氏:スカラグループ(以下、スカラ)は「医療と健康」「農業と食」「教育」「地方創生」をテーマに事業展開しており、特に「地方創生」の分野では、私たちもふるさと納税のサポートを手掛けてきた実績を持っています。そうした経緯から、エッグさんのノンネームシート(譲渡企業の匿名情報)を拝見した段階ですぐに興味を持ちました。その後エッグさんの社名が公開された時、私は非常に驚きましたね。というのも、私は前職に在籍していた2016年に、実は髙下さんと一度お会いしたことがあったんです。髙下さんはいろんな分野に好奇心をお持ちで、やりたいことがたくさんある人だという印象があったので、きっと私たちと相性が合うに違いないという自信を持ちましたね。
髙下氏:7年前、当社がふるさと納税システムを始めた頃は、市場はブルーオーシャンでした。さらに、実績主義の行政からも信用が得られたことで、みるみるうちに普及していきました。ふるさと納税自体の市場は今後もまだまだ伸びると思いますが、参入企業が増えたために、今はレッドオーシャンになっています。その状況に対して冷静に判断した結果、ふるさと納税システムを続けながらも、ほかの分野にも目を向けるようになったのです。
そこで、4~5年前に「認知症早期発見システム」を開発しました。それを東京大学で老年病を研究している鳥取県出身の教授に見せたところ、「これからは認知症よりもフレイルだよ。フレイル全体を網羅したシステム開発をしてみたらどうか?」と言われたんです。その時はフレイルという考え方があるのかと衝撃を受けましたね。それがきっかけとなり、フレイルの早期発見システムへの開発に舵をきりました。現在は、「フレイルを早く発見する⇒自治体が介入指導する⇒本人が元気になる⇒介護率と介護保険の財政負担が軽減する」を実現できるビジネスに力を入れているところです。
辻氏:スカラとしても「医療と健康」の事業を強化するタイミングだったので、フレイルは事業ポートフォリオの重要な一つになるのではないかと思いました。それに、まだ世に浸透していない時期にふるさと納税システムを手掛けられてきたエッグさんが、次はフレイルの早期発見に取り組まれている。髙下さんに先見の明があるのは証明されていますし、当社の「医療と健康」の事業ともシナジーが生まれるという判断に至りました。
山崎氏:最初はふるさと納税システムの実績が目に留まるものですが、面談のときから「これからはフレイルの事業だ」と何度も主張されていたので、髙下さんのバイタリティーや好奇心には驚かされるばかりでしたね。
辻氏:実は当社以外にも10社ほどが手を挙げており、そのなかからエッグさんに選んでいただかなければいけなかったので、当社にとっては容易な道のりではありませんでした。3カ月間は毎日のようにfundbookのアドバイザーと会話していましたね。
山崎氏:最初の面談から、髙下さんは「具体的に何をするか」までの提案をすごく期待されていました。しかし、当社はグループ全体で幅広い事業を展開しているので「いろんなことができます」という提案になってしまったんです。そのときの髙下さんの物足りない感じが、私には強く伝わってきまして。それと同時に、「M&A後の会社は任せる」という経営者も少なくないなか、「社員や会社の未来を、どう描いてくれるのか?」と、熱心に聞かれる姿勢はすごいなと思いました。面談後、アドバイザーからは、「髙下さんがおっしゃった3つの要望をしっかり要素に組み込んで、熱意を伝えましょう」と提案いただき、チーム一丸となって形にしてきました。
辻氏:それで、エッグさんに渡す意向書に、「一緒にこういうことをやりましょう」という企画書まで付けさせていただいたんです。一般的にはあまりないケースだと思います。
髙下氏:山崎さんが勘づかれた通り、最初は具体的に何ができるのかが、私にはよく見えていませんでした。ただ、初回の面談以降は、その企画書含めてどんどんと熱意が伝わってきたのです。私としては、フレイルやふるさと納税にしても、実現したい夢がちゃんとあるので、それらをしっかり話し合いながら応えてもらえるだろうなと。提携が決まってからもいろんな話が具体的に進んでいるので、良い方向に進めていると実感しています。
髙下氏:私は「M&A」という言葉をほとんど使わずに、「経営統合」と言い続けてきました。それでもやはり、最初は皆不安だったと思います。しかし、スカラさんから多くの従業員の方が米子に訪問してくださるうちに、だんだんと気持ちが和らいでいき、今では自分で夢を追っているような生き生きとした雰囲気が高まっているほどです。私からも「上場企業のグループになって安定するかもしれないけど、これまで以上に責任を持ち、夢を持っていこう」と、常々話しています。「次に何をするか」が、しっかりと語れる企業になってきていると思いますね。
辻氏:M&A成約前から両社でPMIのチームを組んで、頻繁にコミュニケーションをとってきました。今では週に一度の定例会に留まらない頻度で会話が活発に行われていますし、オリエンテーションをやろうという企画がお互いから挙がっているぐらいです。
山崎氏:面談の段階から、両社のトップ抜きで従業員同士が話をする機会も設けてきました。珍しいケースかもしれませんが、あまり特殊だという風には思っていません。現在、私たちPMIチームのコミュニケーションと並行して、実務の方もお互いの拠点を行き来しながらすでに業務が進行している状況です。
髙下氏:スカラの皆様は、当社の社員ととても積極的に交流をしてくださっていますね。社員同士の交流が一番だと思っているので、アクティブにコミュニケーションを取っている様子を見ていると、非常に良い状態が作られているなと思うばかりです。
それに、すでにスカラさんから次期社長となる人が当社に来てくれているのですが、私の比じゃないほど前向きでチャレンジ精神が豊富な方なんです。「この人についていけば大丈夫!」と社員から思われる、頼もしい存在となっていますね。
辻氏:従来からスカラは、企業と自治体との“共創”によって様々な社会課題を解決していくサービス「逆プロポ」に力を入れてきました。取り組みの一例が「マルチエントリープラットフォーム」の開発です。例えば、災害発生などの緊急時に、現状では住民が求めるスピードで物資や給付金等の支援ができていない場面が多いと思います。住民それぞれの困っている内容が異なっていても、1つのプラットフォーム上であらゆる住民サービスが申請できるようになれば、人々が安心安全に暮らせる環境が提供できるのではないだろうか――。そんなシステムを目指して、「マルチエントリープラットフォーム」の開発と実証実験を自治体とともに行っています。今後は、全国の自治体とリレーションを持たれているエッグさんと手を組み、開発に勢いをつけていきたいと考えています。
米子にお伺いしたときから、困っている人に寄り添ってサービスを創り上げられているエッグさんと、私たちの“共創”の考え方は非常に共通していると思っていたので、両社がパートナーとなって一緒に取り組んでいけるこれからがとても楽しみです。
髙下氏:行政は今まさに「マルチエントリープラットフォーム」のようなシステムを求めていると思います。そして、両社が手を組めば、その実績となる自治体を鳥取県で作って、横展開する進め方がしやすくなると確信しています。当社はこれまで、行政や自治体の悩みに寄り添う“課題解決型”の会社として運営してきましたから、このノウハウをぜひ、スカラさんに取り込んでいただきたい。スカラさんなら十分に実現できると私は思っています。
山崎氏:加えて、フレイルに関する事業もしっかり立ち上げていこうと動き始めています。フレイルを追求すれば、社会保障問題や地方の過疎化といった、社会課題の大きなテーマにつながることは明らかです。エッグさんと自治体と当社は、言わば“共創パートナー”ですから、課題解決に向けてしっかりと手を取り合いながら、前向きに取り組んでいきたいですね。
髙下氏:私たちのサービスによって介護費用が減少するというエビデンスがとれれば、行政からの利用は一気に広がると思うので、今もまさに大学の協力を得ながら研究を続けているところです。フレイルの予防・改善は、運動や食事、健全な精神状態の維持と密接に関係しています。スカラさんは幅広い事業を手掛けられていますから、早期発見システムに留まらず、一貫したサポートができる仕組みを構築できるのではないかと期待しています。
辻氏:当社はミッションの一つに「究極の社会貢献をめざす」と掲げている通り、強みであるITを活用して、社会に潜む様々な課題を解決しようとしています。今取り組んでいる「マルチエントリープラットフォーム」やフレイルの分野以外にも、社会課題はまだまだ多いはずです。それらを見落とさない視野を持って、社会に貢献できるサービスにつなげていきたいと思っています。
山崎氏:市町村合併によって自治体の数は減ってきていますが、機能が集約される分、新たな課題も発生している状況です。自治体が生活基盤を支えているわけですから、その課題を放っておいてはいけません。エッグさんと当社の強みは掛け算になりますから、今後はより積極的に自治体に入り込んでいき、社会の発展に貢献する企業として責務を果たしていきたいです。
髙下氏:スカラさんは“課題解決型”のエッグと考え方が共通していて、なおかつ行動力のある人たちの集まりなので、夢を実現してくださる企業だと私は思っています。行政課題に対しても「逆プロポ」という優れた制度をお持ちですから、エッグでもぜひその武器を使わせていただきたいです。
それともう一つ、私個人としても次の目標を持っています。経営からリタイアした後も、地域にしっかりと利益をもたらすような起業人を育てていきたいですね。
株式会社エッグ
代表取締役 髙下 士良氏
事業承継を考えた当初、私の選択肢にM&Aはありませんでした。しかし、実際にM&Aを実施すると、譲受企業との交流や協業によって、以前に増して社内が生き生きとし始めましたから、今となっては全面的に肯定する立場です。
譲受企業のスカラは“共創”の考え方を大事にしていますが、M&Aは経営が一緒になってともに前進する、まさに“共創”を表した形ではないでしょうか。両社が同じ目的、同じ方向に進んでいれば、“共創”の原理にちゃんと従っているのだろうと私は思います。
近い将来、次期社長に経営を承継する日が訪れますが、それは決して惜しいことではありません。会社というのは個人のものではなく、従業員やその家族も含めた組織体です。社員が夢を見続けられる企業でいられるよう、次期社長にも大きな期待を寄せています。
グリットグループホールディングス株式会社 代表取締役
株式会社スカラ 戦略投資事業部
山崎 秀人氏
M&Aと聞くと、以前は精神的な面でも負担の伴う手段という印象が強かったと思いますが、今後はますます一般的になるのではないかと予想しています。ただ、ニーズが増えたとしても、やはり人の気持ちがとても重要なポイントになる。そのためには、しっかりとコミュニケーションをとりながら、丁寧に進めていくこと。私自身もM&Aによってスカラに入ってきた立場ですし、これまで数十件のM&A案件を手掛けてきた経験からも、これは確実に言えます。
今回は地方の有力企業であるエッグさんとのM&Aでしたので、これまでの当社の事例からしても珍しい案件となりました。しかし、大切なことは「その会社がどういう考えを持って、何をしているか」です。拠点を意識しない、ボーダレスなM&Aが進んでいけば、これからもより多くの可能性が広がっていくのではないかと思っています。
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担当アドバイザー コメント
この度は、地方都市から全国展開を目指す企業様と、首都圏の上場企業様との企業提携のお手伝いをさせていただきました。
一般的に、中小企業には営業、案件、人材、技術、ネットワークなどすべてのリソースが揃っているわけではありません。M&Aを通して、譲渡企業は新しい技術・開発案件に触れる機会を創出することや、世の中のニーズに対してアンテナを高く持つ機会など素晴らしい環境を作ることができます。また、それは譲受企業の従業員にとっても同様で、エッグ様との提携を通してこれまでとは違ったものの見方で新たなビジネス創出をしていくチャンスを得ることができたと思っております。
昨今、世の中の情勢も非常に変化の激しい時代になってきております。自社の事業を1社単独で圧倒的シェアを取っていくのは相当なハードルがあり、その点においても、この提携が今まさに取組中のフレイル事業の全国展開を後押しできれば、我々としてもこの上ない幸せです。
fundbookの役割は、経営陣の想いを引継ぎ実現するためのベストなパートナーをお繋ぎし、会社が一段上のステージへ進むお手伝いをすることです。その意味でも、今回は複数社からの提携オファーをご提示することで、高下社長及びエッグ様にとって幅広い選択肢の中からベストなパートナーとの企業提携をご選択いただけたと思っております。
エッグ様がスカラ様というパートナーとともに、さらに成長される未来をとても楽しみにしております。