M&Aにおいては手続きや税務の確認とともに、合併や譲渡後に社員の扱いをどのようにするかについても、事前に決めておくことが大切です。本記事では、M&Aの労務のうち、特に有給休暇の処遇や退職金の扱いなど、雇用において重要なポイントについてわかりやすく解説します。人事制度や労働契約の統一についても扱います。

原則として、労務の取扱いはどのM&Aの手法を用いるかによって異なります。労務の取扱いを行う必要がある手法は、譲渡企業の権利・義務が包括的に承継される「合併(新設合併・吸収合併)・会社分割(新設分割・吸収分割)」と、権利・義務が包括的には承継されない「事業譲渡」の2つに分けられます。これ以外の株式譲渡や第三者割当増資などの手法は、雇用が譲受企業へ移動しないため、労務の取扱いは不要となります。

実際にM&Aを検討する際には弁護士やM&Aアドバイザーなどの専門家のアドバイスを受けて手続きを進めることを推奨いたします。

M&Aが行われた後の有給休暇はどうなるのか

はじめに、M&Aが行われた場合の有給休暇の取り扱いについて解説します。

有給休暇の扱いは手法によって変わる

有給休暇は労働基準法によって定められています。具体的には6ヶ月間継続勤務し全労働日のうち8割以上を勤務することにより、労働者に対して10日間の年次有給休暇が、週所定労働日数が4日以下かつ週所定労働時間が30時間未満のパートタイム労働者の場合には週の労働日数に応じて決まった日数が与えられます。それ以降は、勤続年数に応じて付与日数が増加する決まりです。そのため、有給休暇の扱いに関しては「M&Aを実施した後に、各従業員の勤続年数が引継がれるかどうか」が論点となってきます。

合併・会社分割の場合

合併・会社分割の場合には、譲受企業へ労働契約が承継されるため、勤続年数もそのまま承継されます。そのため、有給休暇の取得可能日数も引継がれます。

▷関連記事:合併において契約は承継される?契約関係の注意点を解説

事業譲渡の場合

事業譲渡の場合、譲受企業と労働契約を再度結び直す必要があります。そのため、原則として勤続年数が承継されず、有給休暇の取得可能日数はリセットされることになります。しかし、実務上は従業員からの不満を生まないために、引継ぐ判断をとることもあります。もし有給休暇を消滅させる場合には、従業員から不満が出ないためにも予め合意を得る必要があります。各従業員から個別に同意を得るのが理想的ですが、規模が大きい会社には難しいため、労働組合がある場合には協議しながら労働契約を調整し決定しましょう。

注意すべき点として、事業譲渡の実施が決定した時点から施行されるまでの期間が短いことが挙げられます。通常、事業譲渡に関わらずM&Aを行う場合、譲渡企業側では混乱を避けるため、実施直前まで社員に対して情報公開をしません。期間を伸ばすことは可能ですが、短い期間で協議・実行する必要があることを留意しておきましょう。

▷関連記事:事業譲渡による従業員の影響とは?退職金や転籍時の注意点を徹底解説

有給休暇の買い取りが認められるケースについて

M&Aを行う場合に限らず、原則として法定の有給休暇を会社が買い取ることは法的に認められていません。雇用形態に関わらず、有給休暇の付与は労働者に対して、定められた日数の休暇を取得させ、心身の回復やゆとりある生活の実現が目的であり、権利として与えられているため買い取りが認められていないのです。ただし、以下に挙げる3つのケースでは、例外的に有給休暇の買い取りが認められる場合もあります。

1.有給休暇が、労働基準法で定められた日数を超えて付与されている場合

労働基準法では、雇用形態によって有給休暇の規定は異なりますが、一定日数の有給休暇が付与されるよう定められています。その後、法定有給休暇は勤続年数に応じて追加で付与されます。この定められた日数を超えて会社が有給休暇が付与している場合には、法定以上の日数分について買い取りが認められます。

2.有給休暇が「時効」によって消滅している場合

有給休暇の権利は、時効により2年で消滅します。この間に行使されることなく、時効によって消滅する有給休暇があれば、その日数分の買い取りが認められます。

3.社員が退職する際、退職日に未消化の有給休暇が残っている場合

退職する予定の社員が、使い切れずに残っている有給休暇がある場合、これも買い取りの対象となります。

なお、これらの例外的な買い取りは上記のケースに当てはまる場合には問題ありませんが、「会社が買い取らなくてはならない」という義務ではないことを注意しましょう。

M&Aしたときの退職金の扱い

多くの企業で設けられている退職金に関しては就業規則で定められ、多くの場合勤続年数に応じて金額が決定します。そのため、退職金の扱いに関しても有給休暇と同様に「勤続年数が引継がれるかどうか」が論点となります。

退職金も手法によって扱いが異なる

合併・会社分割の場合

合併・会社分割の場合には勤続年数を引継ぐことができますが、退職金が満額支給されるケースとされないケースに分かれます。承継前の労働契約をそのまま継続している場合には、契約通りに満額受け取ることができます。一方で、退職金を減額もしくは廃止する形で労働契約を統一した場合には、満額を受け取ることができません。ただし、減額するように統一する場合には「不利益変更」に当たります。

従業員にとって不利益になるような変更を行う際には、各従業員から個別の同意を得る必要があります。しかし、規模が大きい企業は個別の同意を得るのが難しいため、変更後の就業規則を労働者に周知した上で、以下の条件に照らし合わせて合理性があると判断されれば不利益変更が認められます(労働契約法9条ただし書、10条)。

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • その他の就業規則の変更に係る事情

また、就業規則の不利益変更に関する事例として、第四銀行事件(最高裁H9.2.28判決)があります。この事例においては以下の条件を基に検討され、結果として変更が「有効」と判断されました。

  • 労働者が受ける不利益の程度に問題がないか(合理的期待に沿わない場合も含む)
  • 使用者側の変更の必要性の内容・程度(退職金や賃金など、労働者にとって特に重要な条件の不利益変更は「高度の必要性」がないと合理性が認められにくい)
  • 変更後の内容自体に相当性があるか(社会一般の水準が重視される)
  • 代償措置、その他関連する労働条件の改善状況(実際には変更内容と直接関係のないか以前でも考慮される例が多い)
  • 労働組合等との交渉の状況
  • 他の労働組合または他の従業員の対応(多数は組合との合意の有無など)
  • 同種時効に関する我が国における一般的状況

労働組合がある場合には、組合と話し合いながら労働契約を変更するようにしましょう。

事業譲渡の場合

事業譲渡の場合には、勤続年数を引継ぐことはできません。一般的には、累積した退職金をそのまま持ち越して以降は転籍先の会社規定に従って累積させていくか、もしくは一度退職金を清算してそれ以降は転籍先の会社規定に従うかのどちらかを選びます(企業によって別の方法を取る場合もあります)。

このとき、先述の通り勤続年数がリセットされるため、勤続年数に応じて退職金支給率を上げる計算方式の場合、そのまま引継ぐと退職金が減額してしまう点に注意が必要です。そのため、譲渡企業における勤務期間が長い従業員の方は、一度退職金を精算する方が得策になることもあります。

退職所得が税負担の軽減となるケース

M&Aにおいて最もよく活用される株式譲渡の際には、退職金を税金対策として活用できるケースがあります。対価として、役員の退職金と株式譲渡の代金を組み合わせて支払われる場合です。対価に退職所得を組み合わせることで、場合によっては税負担を軽くできる場合があります。役員退職金の税率は株式譲渡の対価に対する税率とあまり変わらず、損金に算入できるという特徴があります。

▷関連記事:株式譲渡にかかる税金って何があるの?その種類や計算方法を徹底解説

その他に注意すべき労務は?人事制度策定の重要性

最後に、M&Aで注意するべきその他の労務、人事制度について解説します。

M&A後には人事制度や労働契約の統一・策定が急務

M&Aを行った際には、人事制度や労働契約といったその他労務関係について運用を円滑に行うために統合する、もしくは全く新しい人事制度を策定する必要があります。有給休暇や退職金の扱いと同様に、人事制度や労働契約の扱いは手法によって変わってきます。

合併・会社分割の場合

人事制度と労働契約はそのまま譲受企業へ引継がれます。先述の通り、統一もしくは新しい制度を規定する必要があります。新しい人事制度を策定する場合、従業員からの不満を生まないためにも、全従業員にとって有利になるような条件にすることが理想的ですが、人件費を引き上げることになるため難しいのが実情です。そのため、労働契約を決める上では、いわゆる「労働契約の不利益変更」に直面する可能性があります。先述した条件と照らし合わせて決定しましょう。

事業譲渡の場合

譲渡企業と譲受企業の間での合意および従業員からの同意があれば、労働契約を譲渡企業から譲受企業へ移すことが可能です。このとき、合併・会社分割の場合と同様に労働契約を統合する必要があります。「不利益変更」に抵触しないように決定しましょう。

まとめ

有給休暇や退職金、人事制度はM&Aの手法によって扱いが変わります。一般的に合併および会社分割は権利義務が包括的に承継され、事業譲渡は承継できません。合併・会社分割後に、人事制度を統合する場合、「不利益変更」に当たらないようしっかり条件を確認した上で行いましょう。
労務の取扱いについて不明点がある場合は、M&Aアドバイザーや弁護士などの専門家に相談することで、よりスムーズに進めることができるでしょう。