製薬業界 医薬品業界 M&A

近年、製薬会社・医薬品業界では巨額のM&Aが積極的に行われています。世界的にみても、売上規模の大きい企業同士がM&Aをすることによって業界再編が起きており、日本企業も同様に巨額の資金を投じる大型のM&Aも盛んです。

本記事では製薬業界の定義や現状、製薬業界で行われるM&Aの動向や特徴について述べた後に、実際に製薬業界で行われたM&A事例について解説していきます。

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目次

なぜ買収・売却が盛んに行われる?製薬会社・医薬品業界のM&A動向

製薬会社・医薬品業界の特色と市場の変化

製薬業とは新薬の開発、効果の検証、薬の管理、販売などに関わる事業のことを指します。アメリカの調査会社IQVIAが2019年1月に発表したデータによると、2018年の日本の医薬品業界の市場規模は864億ドルでした。過去5年間の市場成長率では1.0%となり、先進10ヶ国中最低の数字でした。

この背景には、政府が推し進める社会保障関係費抑制のための薬価の値下げがあります。特に2018年4月に行われた薬価改定は、薬剤費ベースで7.48%の値下げと過去20年間で2番目に大きな引き下げ幅となりました。

また、先発医薬品よりも価格の低いジェネリック医薬品の普及にも力を入れています。2020年9月までにジェネリック医薬品の使用割合を80%とする目標を立て、使用促進のための施策に取り組んでいます。

ジェネリック医薬品メーカーにとっては芳しい状況とはいえ、競合との争いや更なる薬価の引き下げが見込まれている中、大手メーカーは更なる新薬の開発のための投資を積極的に行っています。

なぜ買収・売却が盛んに行われる?製薬会社・医薬品業界のM&A動向

製薬会社・医薬品業界のM&A動向

製薬業界では、巨額のM&Aが積極的に行われています。その最たる理由が創薬にかかるコストの高さです。日本の大手10社で考えると、開発にかかる期間だけで10年以上、成功確率は25,000分の1となり1社あたりの研究開発費は1,400億円を超えます。

この研究開発費は、製薬会社の規模を表すひとつの指標になります。世界トップのスイスのF. Hoffmann-La Roche, Ltd.の研究開発費は、2018年では1兆3,000億円を超えています。巨額のM&Aを行い資本を増やすことは、製薬会社にとって研究開発のための設備や人的資源の確保だけにはとどまらない大きなメリットがあるといえるでしょう

また、資金調達のために世界各国の巨大製薬会社は大衆用医薬品事業の切り離しを図り、医療用医薬品に特化する動きも起きています。このように製薬業界では事業の選択と集中のためのM&Aが積極的に行われています。

最新の医薬品業界M&Aまとめ

1.Bristol-Myers SquibbによるCelgene Corporationの子会社化

Bristol-Myers SquibbによるCelgene Corporationの子会社化引用元:https://www.bms.com/jp

2019年11月、アメリカのBristol-Myers Squibb(以下、BMS)は同国のCelgene Corporationの株式を取得し完全子会社化しました。

BMS社は主にがんや免疫系疾患、心血管疾患、線維症といった重点疾患領域の治療薬を研究開発しているバイオファーマ企業です。現在は商標登録をライオン株式会社に売却していますが、日本でも広く浸透している「バファリン」を研究、開発した会社でもあります。

セルジーン社は薬物治療と細胞治療の研究開発基盤を持ち、がんと炎症、免疫性疾患の治療薬を開発しているバイオ医薬品企業です。日本法人では、医療ニーズが高く、患者数の少ない血液疾患領域治療薬と、新たな治療薬が待ち望まれている炎症、免疫性疾患領域に注力しています。

今回の買収は、両社の相互補完性が高い製品ポートフォリオである、がんや免疫系疾患領域において更なる事業の強化が可能となることや、年間売上10億ドルを超える9製品を擁することになり、より一層の成長に期待できるといった目的で行われました。

また、財務的な面においてもM&A後、最初の3年間で450億ドルを超えるフリーキャッシュフローが見込まれており、大胆な投資が可能となることが挙げられます。日本円にして5兆円規模の投資によって、がんや免疫系疾患などの分野で業界での主導的地位を確立する狙いです。

武田薬品工業株式会社によるShire plcの子会社化

武田薬品工業株式会社によるShire plcの子会社化引用元:https://www.takeda.com/ja-jp/

2019年1月、武田薬品工業株式会社は、アイルランドのShire plcの全株式を取得し子会社化しました。

武田薬品は製薬の研究開発、製造、販売、輸出入を行っているグローバルな医薬品メーカーです。主にがん、消化器系疾患、希少疾患、およびニューロサイエンス(神経精神疾患)の4つの疾患領域と、血漿分画製剤およびワクチンへの投資に注力しています。

また、日本では大衆用医薬品のひとつである「アリナミン」を開発、製造、販売したことでも有名な企業です。

シャイアー社は、アイルランドに本社を置く希少疾患に関する医薬品の開発、製造を行う企業です。1986年にたった4人の起業家によって作られたバイオベンチャーで、90年代、2000年代とM&Aを繰り返し成長しました。

このM&Aは日本国内でも大きな話題をよびました。最終的な買収額である6億2,000万円は日本企業が行ったM&Aの中で過去最大のものになったためです。巨額の資金が動いてM&Aが行われた背景は、シャイアー社が持つパイプラインと製薬業界の動向にあります。

製薬業界におけるパイプラインとは、医療用医薬品候補化合物、つまり新薬候補のことを指します。この新薬候補は研究や非臨床試験、臨床試験、申請、承認のいずれかの段階で表されます。

その際、申請前のヒトに対して行う臨床試験をフェーズ1~3に分類します。フェーズ1はごく少人数の健康な人を対象に少量の投与を行なって作用と安全性を確認、フェーズ2は少数の患者を対象に安全性の確認と適切な容量設定を行うための試験を行います。

最後にフェーズ3で多数の患者を対象に有効性、安全性の確認を行い、これをクリアすることで新薬の誕生となります。

このパイプラインをいくつ保有しているかが、製薬会社の価値を決める重要な要素になります。同時に、武田製薬が申請手前のフェーズ3の段階の開発薬が3品目しかないのに対し、シャイアー社は15品目を保有していました。そのため、このM&Aによって武田製薬は当分の間のパイプラインの補強が可能となりました。

また、製薬業界の動向として、希少薬市場の伸びが期待されていて、シャイアー社がその希少疾患のバイオ薬で世界トップの企業であることが挙げられます。

こうした観点から、武田製薬は6兆2,000億円という巨額な資金を投じてまでも、それだけの価値があると判断してシャイアー社の買収を行いました。

製薬会社・医薬品業界のM&Aの相場と事例、成功のコツ

製薬業界のM&Aの相場は、他の業界と大きく異なります。それは、企業価値評価(バリュエーション)の仕方が大きく異なることです。理由として、新薬の開発に、長い年月と大きなリスクを伴うことが挙げられます。特に最後の段階であるフェーズ3を乗り越えるには、多額の資金がかかり通過率は非常に低いです。

そのため、ほとんどのバイオベンチャーは研究資金の調達のために上場しますが、そのほとんどは上場の段階では赤字です。しかし、バイオベンチャーの企業価値を算出する際は、パイプラインなどから判断する将来性が大きな基準になります。

また成功のコツとして、まず売り手側(譲渡企業)の場合、行っている研究がどれだけ社会の将来にとってどれだけ有用なのかをアピールすることが必要です。例えば、研究領域の重要さや患者数、単価やライバル企業との差など、現在の価値というよりも将来どれくらい価値が上がるのかが重要です。

買い手側の場合、どれだけ売り手が有用なものを作っているかを見極められるかが大切です。製薬業界の場合、財務の指標などのみでの評価が困難であることや、短期的な利益ではなく、長期的な利益を考慮すべきことを念頭に置いたうえで評価しましょう。

また、近年ではヘルスケア事業のひとつである健康食品の研究開発、製造、販売を行っている会社を買収するケースがあります。製薬会社が持っているリソースと食品会社が持っているリソースを上手く組み合わせて、シナジー効果を狙ってのM&Aになります。

以上のことを踏まえて、製薬業界のM&A事例をみてみましょう。

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M&A事例

大塚製薬株式会社によるVisterra Inc.の子会社化

大塚製薬株式会社によるVisterra Inc.の子会社化引用元:https://www.otsuka.co.jp/

2018年8月、大塚製薬株式会社は、アメリカのバイオベンチャー企業Visterra Inc.の全株式を大塚製薬の100%子会社である大塚アメリカインクを通じて取得し、完全子会社化しました。

大塚製薬は医薬品や医療機器、食料品、化粧品などの製造、販売、輸出入を行っている会社です。食料品の分野では「オロナミンC」や「ポカリスエット」「カロリーメイト」が有名です。医薬品事業では、主に中枢神経やがん、循環器、消化器、感染症、眼科など多種多様な領域で事業を展開しています。

ビステラ社は、コンピューター上でシュミレーションを行い抗体医薬を設計する独自のプラットフォームを有するアメリカのバイオベンチャー企業です。2007年にマサチューセッツ工科大学よりスピンアウトして設立されました。

今回の子会社化は、大塚製薬が従来、持っている低分子創薬に加えて、この抗体プラットフォーム技術を用いることで、更なる医薬品の開発を行うことと、ビステラ社が持つ、腎疾患やがんなどの抗体医薬の豊富なパイプラインの獲得を目的として行われました。

小林製薬株式会社による株式会社梅丹本舗の子会社化

小林製薬株式会社による株式会社梅丹本舗の子会社化引用元:https://www.kobayashi.co.jp/

2019年5月、小林製薬株式会社は、株式会社梅丹本舗の全株式を取得し子会社化しました。

小林製薬は医薬品や医薬部外品、芳香剤などの製造、販売を行っている企業です。「アイボン」や「熱さまシート」など、コーポレートスローガンである「”あったらいいな”をカタチにする」といったように独自の路線で製品を製造、販売している会社です。

梅丹本舗は、梅肉エキスを使用した健康食品の製造、販売を行っている企業です。2007年にプロサイクルロードレースチームのスポンサーになってからは、2009年にスーパーアスリート事業部を創設するなど、スポーツ関連の事業に力を入れています。その中で、「メイタン・サイクルチャージ」などの栄養補給食品などの開発も行っています。

今回の子会社化は、小林製薬が重点領域と位置づけているヘルスケア領域における強化を狙ったものです。具体的には、小林製薬のもつ販売力や研究開発力を、梅丹本舗のように90年以上もの間、梅一筋でブランド展開していたブランド力と組み合わせて更なる成長を目指すことを目的として行われました。

まとめ

製薬業界では、資本の多さが研究開発力に直結することから、資本獲得を目指して巨額のM&Aが頻繁に行われています。新薬の開発においては、日本は海外に比べて遅れをとっていることもあり、大手各社がM&Aに積極的です。

将来的には、少子化による日本の市場縮小は避けられないため、より一層競争が激化していくと共に、M&Aが積極的にこれからも行われていく業界とも考えられるでしょう。

ただ、企業価値の算出が難しい業界でもあるため、M&Aの相手やタイミングについては、M&Aアドバイザーなどの専門家を交えて検討することをお勧めします。