
日本が抱える社会問題の1つに少子高齢化があります。少子高齢化の影響によって労働人口は年々減少しており、後継者不足を理由に多くの中小企業や個人店が廃業しています。この問題は飲食店も例外ではありません。特に個人経営の飲食店などは「後継者の不在」や「店主の高齢化」による後継者問題に直面しています。そんな状況を解決するため、昨今M&Aで経営形態の転換を行う飲食店が増加しています。本記事では、飲食業界のM&A動向やメリット・デメリット、事例を紹介します。
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安田 亮
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飲食業界の動向
飲食業界の売上は、2020年頃からの新型コロナウイルス流行の影響により一時低迷していましたが、現在は全体的に回復傾向を見せています。一般社団法人日本フードサービス協会の「外食産業市場動向調査 令和6年(2024年)年間結果報告」によると、2024年度の外食産業売上は前年比108.4%で、新型コロナウイルス流行前の2019年度を上回り、過去最高を記録しています。
飲食業界の売り上げ好調の要因の1つとして、インバウンド需要の増加も大きな影響を及ぼしていると考えられます。特にファストフード系はテイクアウトやデリバリーの定着によって売り上げが堅調に推移しています。
しかし、飲食業界全体が安泰というわけではありません。帝国データバンクの「全国企業倒産集計 2024年報」によると、倒産件数が増加している小売業の中でも、飲食業は894件と最も倒産件数が多く、2000年以降でも最多の倒産数となっています。昨今は、米の価格をはじめ原材料費の高騰で値上げを強いられる状況が続いており、経営存続が困難な事業者が多いのが実情です。
飲食店が直面している課題
昨今、飲食店が直面する課題は大きく2つあります。
・労働人口の減少に伴う、働き手の不足
・低価格化競争と原価の高騰によるコストの増加
今後はさらに日本の労働人口が減少するため、従業員不足は一層深刻な問題になることが予想されます。
飲食店の課題解消に向けたM&Aの取り組み
飲食店の課題解消に向け、店舗レベルでも様々な取り組みが行われています。例えば、人手不足の課題を解消するため、会計ソフトやシフト管理サービス、インターネットでの予約、電子決済などを使い、少ない人数でも運営できる仕組みづくりなどを行っています。
また、M&Aを行い、同業と協力しあう関係を作り出す動きも増えています。例えば、原料を調達する会社との資本提携や、異業界・異業種店舗の運営をする企業を子会社化することで、原価コストの削減や顧客ニーズに対応し、より幅広い層の顧客獲得に取り組む企業もあります。
飲食店がM&Aを実施するメリット・デメリット
飲食店が抱える問題の解決方法として注目されるM&Aですが、M&Aにはメリットとデメリットが存在します。
ここでは、M&Aを実施するメリットとデメリットを譲渡企業(売り手)側・譲受企業(買い手)側それぞれの立場から解説します。
譲渡企業(売り手)がM&Aを実施するメリット・デメリット
譲渡企業にとっての代表的なメリットとデメリットは以下のとおりです。
譲渡企業のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
・後継者問題を解決できる ・従業員の雇用を守れる ・高額で売却できる可能性がある | ・M&Aの実施には費用と手間がかかる ・適正な企業価値評価がされるとは限らない |
それぞれ詳しく解説します。
メリット|譲渡企業(売り手)
譲渡企業の主なメリットは3つあります。
1つ目は後継者問題の解決です。後継者が不在の場合、M&Aを行うことで売却先が経営を引き継いでくれるため、会社を廃業せずに後継者問題を解決できます。後継者がいない、人材はいるけれども経営スキルのある人物がいないときは、ぜひM&Aを検討してみましょう。
次に2つ目のメリットとして、従業員の雇用を守れることが挙げられます。従業員もそのまま引き継ぐことを前提として売却すれば、雇用条件が変わる可能性はあるものの、従業員の失業という事態を回避できます。
そして3つ目が高額で売却できる可能性があるという点です。評判が良い人気店を譲渡する場合、高価格で売却できる可能性もあり、却益を別事業に挑戦する資金や老後資金として活用できるかもしれません。
デメリット|譲渡企業(売り手)
一方、M&Aを行う際、譲渡企業にとってデメリットになってしまうこともあります。
まず、費用に関する点です。M&Aの実施には多額の費用と手間がかかります。企業価値算定費用や仲介会社への仲介手数料など、中小企業のM&Aには一般的に数百万~数千万単位の費用がかかるといわれており、現在赤字経営の企業などは費用捻出が難しい場合があります。
また、企業価値を見極めるのが難しい点もデメリットといえます。予想したよりも安値で評価されてしまう場合もあり、納得できる取引を実現できるとは限りません。
譲受企業(買い手)がM&Aを実施するメリット・デメリット
次に、飲食店を購入する側にとっての代表的なメリットとデメリットは以下のとおりです。
譲受企業のメリット・デメリット
メリット | デメリット |
・設備や同意を得た従業員を引き継げるため、すぐに営業を開始できる ・良い評判も引き継げる ・好立地の店舗を確保できる ・店舗拡大や多角化を図れる ・既存事業とのシナジー効果を期待できる | ・譲渡企業について、M&A前の評判を維持できるとは限らない ・譲渡企業の既存従業員と折り合いがつかず、離職してしまう恐れがある |
それぞれについて詳しく解説します。
メリット|譲受企業(買い手)
譲受企業の主なメリットは5つあります。
1つ目はコストや手間の削減による創業メリットです。
飲食店を新規に開業するにはそれなりの費用と時間がかかります。しかし、M&Aによってすでに開業している店舗を購入すれば、契約内容によっては設備や従業員をそのまま引き継ぐことができ、すぐに経営を開始できます。
また、飲食店が良い評判を築くためには相応の時間を要しますが、すでに高く評価されている飲食店を買収できれば、評判アップのために割くお金や時間を大幅に削減できます。
さらに、好立地を確保できる可能性が高い点もメリットの1つです。駅前や商店街など、飲食店にとって良い場所にはすでに店舗が建っていたりテナントとして入居していたりすることが多いため、立地にこだわった出店を検討している際も、M&Aは有効的な手段となり得ます。
そして、すでに飲食店を経営している同業者間でM&Aを行う場合は、店舗拡大や多角化ができる点もメリットです。買収先をチェーン店や系列店として取り込むことで、スケールメリットを活かした効率経営を実現できるでしょう。
最後に、既存事業とのシナジー効果を期待できる点もメリットとして挙げられます。例えば、生鮮食品や生活雑貨・日用品の小売店などを営業している場合、販売する商品と、飲食店で提供するメニュー・インテリアなどとリンクさせることで、ブランド力を強化できるなどのシナジー効果が生まれる可能性があります。
デメリット|譲受企業(買い手)
一方、譲受企業にとってデメリットになるM&Aの影響は、オーナーの交代による評判の低下が挙げられます。オーナーが代わったことで味が変わった」「サービスが悪くなった」などの評判が立ち、期待する売上を得られないケースがあります。
また、従業員を引き継ぐ場合にもデメリットが想定されます。オーナーや経営方針が変わったことで従業員が不信感を募らせたり、やる気を失ってしまったりして、サービスや料理の質が低下してしまう可能性もあります。また、引継ぎ先の従業員と折り合えず、短期間で多くの人材が離職する恐れもあるでしょう。
M&Aによる飲食店の課題の解決事例9選

1.【すき家】株式会社ゼンショーホールディングス
株式会社ゼンショーホールディングス(以下、ゼンショーHD)は、「世界中の人々に安全でおいしい食を手頃な価格で提供する」という理念のもと、大手牛丼店の「すき家」を展開しリーズナブルな価格帯でファストフードを提供しています。そんなゼンショーHDが、「すき家」とは異なる客層の獲得のために株式会社ココスジャパン、株式会社ビックボーイ、株式会社なか卯などのM&Aを行いました。この勢いは飲食店だけに留まりません。
ゼンショーHDは強みである商品の調達・流通・販売のマーチャンダイジング機能をより強化するため、スーパーマーケットの買収にも乗り出します。2016年10月には、群馬県を中心にスーパーマーケットを運営している株式会社フジタコーポレーション(現:株式会社フレッシュコーポレーション)を買収しました。
ゼンショーHDは今後も外食産業だけに留まらず、小売業界なども視野に入れ、調達・流通・販売を一体化していくことを狙いとしています。
2.【吉野家】株式会社吉野家ホールディングス
2016年6月に株式会社吉野家ホールディングス(以下、吉野家HD)は、牛丼以外の業態の拡大を目指し、人気ラーメン店「せたが屋」「ひるがお」を運営会社する株式会社せたが屋との資本提携を行いました。
牛丼チェーンの「吉野家」を運営している会社として有名な吉野家HDですが、麺業態の飲食店のM&Aは今回がはじめてではありません。2006年5月には「はなまるうどん」を運営している株式会社はなまるを完全子会社化しています。
せたが屋との資本提携の背景には、吉野家HDの掲げる「競争から共創へ」という業種、業界を超えた価値提供を目指すビジョンと、せたが屋を成長させて従業員を守るという方向性が一致したうえでの経営判断だったようです。今回のせたが屋との資本提携では、飲食店の経営者が知名度のある企業の子会社になることで、ガバナンスの強化やグローバル展開を見据えて行ったM&Aであるという点に注目が集まりました。
3.【ほっともっと】株式会社プレナス
福岡に本社を構え「ほっともっと」や「やよい軒」を運営している株式会社プレナスは、2016年12月に宮島醤油フレーバー株式会社の発行済株式を55%取得し、子会社化しました。
宮島醤油フレーバーは、和・洋・中の調味料の製造販売に加え、冷凍・冷蔵食品やレトルトなどのインスタント食品の製造販売も行っており、食に関する領域で幅広く生活者を支えています。
プレナスは利益拡大のために生産・物流・マーケティング・販売のサプライチェーンの強化を目指しており、このM&Aによりプレナス社の課題である生産コストの削減が期待されての買収でした。宮島醤油フレーバーは独自の調味料の開発技術を有しており、プレナス社の運営店舗である「ほっともっと」や「やよい軒」の店舗で使用する調味料にも活かすことを発表しました。
4.【スシロー】株式会社スシローグローバルホールディングス
「スシロー」を運営している株式会社スシローグローバルホールディングス(以下SGH社)は、「元気寿司」や「魚べい」を運営している株式会社元気寿司と親会社である株式会社神明(現 株式会社神明ホールディングス)と、2017年9月に資本業務提携しました。
元気寿司社との提携により、SGH社は回転寿司レストラン「スシロー」のサービス提供に加え、回転レーンのないフルオーダーによる安価な寿司の提供も可能となり、より顧客の求めるサービスに対応できる体制となりました。
上記3社は、統合に向け約1年半にわたり協議を重ねていましたが、国内市場での将来的なブランド戦略の違いや海外市場における店舗展開方式の違いが明確となり、それぞれの戦略を独自に柔軟性を持って推し進めることが両社の企業価値向上に最適であるという結論に達し、現在は資本提携を解消しています。
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5.【KFC】日本KFCホールディングス株式会社
2018年2月に日本KFCホールディングス株式会社は、和食居酒屋「えん」を運営しているビー・ワイ・オー株式会社と資本業務提携を結びました。
同社は「KFC」を運営する日本ケンタッキー・フライド・チキン株式会社を含む、国内外で多くの子会社を持つ大企業ですが、収益の柱としては「KFC」に依存しているのが現状です。そこで同社の強みである「KFC事業」を活かした異なる店舗業態の拡大を考え、M&Aによるビー・ワイ・オー社との提携を行いました。
ビー・ワイ・オー社は居酒屋「えん」が主軸となっており、国内だけで約110店舗、海外にも複数店舗を展開しており、和食業態での店舗の運営ノウハウを有しています。
ビー・ワイ・オー社の「えん」の店舗運営で培った知見と、日本KFCホールディングス社のフランチャイズ店舗の運営ノウハウを組み合わせ、和食のフランチャイズの店舗を増やしていくと考えられます。
6.【土間土間】株式会社コロワイド
2016年12月に株式会社コロワイドは、「フレッシュネスバーガー」を運営している株式会社フレッシュネスを完全子会社化しました。
コロワイドは、原料の調達・物流・製造・商品開発の一連のマーチャンダイジング機能を保有しており、店舗事業のみで行なっている同業他社に比べコストが少ないこと、商品開発から販売までのスピードが速いことが強みです。また店舗の出店戦略においては、商業施設などにまとめてグループ会社の複数の業態店を集結させる「他業態ドミナント戦略」を推進しています。
この戦略により物流コストを削減できるだけでなく、1つの施設内で多様な顧客のニーズに応えられるようになり、2012年から2018年の6年間で年間売上が2倍以上になっています。コロワイドの強みを活かす事で、フレッシュネスバーガーは店舗の運営ノウハウだけでなく、原材料の調達といった面でもマーチャンダイジング機能の恩恵を受けることができます。それによって原価コストを削減でき、販売している商品の値上がりを抑えることができるとみています。
7.【わらやき屋】株式会社ダイヤモンドダイニング
株式会社ダイヤモンドダイニングは、2017年6月に株式会社商業芸藝を完全子会社化しました。
ダイヤモンドダイニング社は2018年10月時点で41ブランド、約350店舗(子会社の店舗も含む)と多様なコンセプトを持った飲食店を展開しています。商業藝術は1993年に創業し、飲食事業やブライダル事業など、ライフスタイルに関する事業を行っています。カフェ業態の「chano-ma」をはじめ、京都おばんざいを中心に扱った和食店「茶茶」など、全国に18店舗(2018年10月時点)を展開しています。
ダイヤモンドダイニングは、国内の経営戦略において個店の強みやチェーンの強みを活かしたハイブリッド経営をする」という考えがあり、広島と岡山に25店舗を保有している商業芸藝社を子会社化することは、経営戦略に沿った判断だといえます。
ダイヤモンドダイニングは都内への出店投資や外部とのアライアンスを方針として公表しており、2020年東京オリンピックでの外国人観光客の獲得を見据え、店舗の拡大を進めていくと見られています。
8.【磯丸水産】株式会社クリエイト・レストランツ・ホールディングス
2013年4月に、株式会社クリエイト・レストランツ・ホールディングスはSFPダイニング株式会社の株式76.4%を取得し、子会社化しました。
クリエイト・レストランツ・ホールディングス社は、出店戦略として個々の立地の特徴に合わせた店舗展開を自社で進めていました。しかし、飲食市場の伸び悩みや顧客のニーズの変化に対応するために業態の拡大を考え、SFPダイニング社の子会社化に至ったと予想されます。
SFPダイニング社は「磯丸水産」や「鳥良」のブランド店舗を保有しており、今回の資本提携でクリエイト・レストランツ・ホールディングス社に約90店舗が加わりました。その後、2014年2月期には連結での売上げが前年比約70%増の約520億円を見込んでおり、子会社化によって一定の成果をあげたといえます。
今後も既存店舗の営業力強化に加え、継続的にM&Aによる店舗数の拡大をしていくものと考えられます。
9.【小僧寿し】株式会社小僧寿し
株式会社小僧寿しは、2016年5月に株式会社スパイシークリエイトと親会社の株式会社阪神茶月を子会社化しました。(2017年8月には、スパイシークリエイトと阪神茶月を統合し、現在はスパイシークリエイトとして統一されています。)
小僧寿しは、関東の約170店舗に比べると関西では大阪に1店舗、兵庫に16店舗の17店舗と関西では店舗数を展開できていません。(2018年10月時点)
他方、スパイシークリエイトは関西での店舗展開に強みを持ち、同じ寿司業態の「茶月」を含め、複数ブランドを展開しています。西日本で「小僧寿し」のフランチャイズによる店舗展開を行う際に、スパイシークリエイトを西日本エリアの本社機能を据え、管理体制を確立するとのことです。
「カレーハウススパイシー」をはじめとした異業態に関しても、引き続き小僧寿しのフランチャイズ店舗の運営ノウハウを活かして店舗拡大に務める他、「宅配事業」や「介護関連事業」にも事業を拡大していくようです。
まとめ
本記事では、少子高齢化による労働人口の減少や低価格化競争と原価高騰、変わりゆく顧客のニーズに適応していくために、M&Aを実施する会社の事例を紹介しました。
外食産業の抱える課題を解消する手段はM&A以外にも存在しますが、M&Aは中小企業の飲食店に適した1つの課題解決手法であるため、ぜひ1度検討することをおすすめします。M&Aを検討する場合は、中長期での戦略と専門的な知識が必要となります。不明な点があればM&A専門のアドバイザーに一度相談してみてはいかがでしょうか。